第30話 ローと地獄。そして、スイ

 スイのベッドから勢いよく出て、必要事項を確認する。

 スイは椅子に座って驚愕しながらも、ノクスを見ている。チョーカーの日付は六月六日。そして、自身に外傷は見られない。

「急にどうしたの⁉︎」

 ――ああ、そりゃ、驚かれるよね。

「夢? 第六感? で危険なことがわかったから、ローと通話したくて!」

 ウェルの「ノクスの父親はロー説」を信じたくなるほど、スイ視点はノクスが電波なことを言っていた。逼迫していそうだったし、嘘っぽくなかったので、「ダメもとよ」とノクスに言って、スイ経由でローとノクスの通信を申請してみた。

「魂の終焉に救済を、って言って!」

「ローは無神論者よ?」

「大丈夫」

 ノクスの言われるがままに、申請の文章に「魂の終焉に救済を」を付け加えてスイは提出した。

 一秒も経たずにローからノクスへの通信が開始される。

『とりあえず、外出ろ』

 ――怖っ、でも、言葉足らずだよね? リウムさん。

「二人っきりで話したいってさ」

 ノクスは慣れないチョーカーからの直接通信に集中しながら、ドローンの外へ出る。

(なんかの隠語だったりする? さっきの聞こえのいい言葉。それにしても、ノクスって急成長するわよね。また身長伸びてる?し)

 スイの小言はノクスとローには聞こえなかった。

『どこで聞いた?』

 後ろで戦っているであろう轟音と共に、ローの声が聞こえる。

「多分、世界線?の違う?ローかな?」

『三つも疑問符を入れるな。まず、何がわからない? 言っておくと、こっちはそんなに余裕ないぞ』

「シュナプスイデーのことも話すから。まず世界線って何?」

『交渉上手め。シュナプスイデーか。最近の懸念事項。数人しか知らないはずなのに、知ってるってことは、相当重大な情報だと期待しておくぞ。んで世界線な。まず、電子を例に挙げると存在は『可能性』で一定時空に広がっているんだ。観測した時に確定する。これを時空にも適応させたものが世界線。誰がどうするのかという可能性を確定させたものが『世界線』……って言ってわからないよな?』

「うん。何とな〜くしかわからない。でも、多分『世界線の違うロー』が大事だと思う」とローが科学的なことになると嬉々として話し出してきて、ちゃんとローを感じて安心するノクス。

「世界線が違うって錯覚しているということは、おそらく多世界解釈に基づいている感じだろう。また電子の話になるが、電子の取りうる状態は完全ランダムで無限なのに、一回の観測では当然一つの状態しか観測できない。その他の無限にある状態は、取り得ないと考える方が間違っているはずだ。故に、観測した状態は、無限にある選択肢の中の一つだったと考える」

「世界に置き換えて、簡単に説明して」と安心し切って不躾な態度をとるノクス。

「図々しいな、ノクス。前口上は必要なんだ。世界の取り得る可能性は完全ランダムで無限だから、その中の一つの世界線にいると考えた方が理論的だ。世界線は無限にあるって事を覚えておけ。電子を世界、状態を可能性に置き換えている。因みに、この時の観測者は人で、その人が観測した世界線に、世界ごと移動させるという解釈になる」

「因みに、まだ全然何言ってるかわかんない」と少しローの声真似をするノクス。

「了解。まぁいい。頭の片隅に置いておけ。ということで、世界線とは言っているものの『線』ではない。泡立った三次元構造に近いと考えられている。世界線の三次元構造の距離が近いと同じような現象が起きる。簡単にいうと世界線は無限に存在して、同じようなことが起こる別の世界線も存在している」

「まだ分からない」と流石に不貞腐れてくるノクス。

「安心しろ。ここからが答え。まず、世界線に違うとかない。ただあるだけ。違うって錯覚したいなら、因果律を破らなければいけない。例えば、とかな」

「それ!!! 世界線の違うローも言ってた!」

 難しい理論展開の幾星霜、知っている言葉がやっと出てきた。嬉しくなってしまい、ノクスは飛び上がり、金色の髪が揺れ動く。

「は? 時間遡行してきたっていうのか?」

「同じような感じ?」

「クエスチョンをつけんな。重要な部分だ」

「じゃあ、《規制済み》」そう

 またも同じ様に時空は歪んだ。記憶の引き継ぎのある時間遡行は規制されるとノクスは確信した。

「電波障害か? まさか……いや、それはありえない。もう一度言え」

「《規制済み》」時間遡行してきたんだ

 規制されると分かっていてもノクスは言葉を発しようとする。それはローならば気づいてくれるだろうという期待だ。

『今から会いに来い。ここからじゃ、流石にどうなってんのか分かりにくい。加えて手が離せない。ドローンは出した。スイの許可をもらってこい』

 ――信じてもらえなかった?

「分かったよ」

 ――多分、違う。

 ローとの通話が終了する。終始戦闘音が聞こえていたのに、ノクスでは到底理解できない理論もスルスルと出ていた。やっぱり、化け物。ノクスは褒め言葉でそう思った。

 ドローンのドアを開けてもらい、中に入る。少し不安そうに机に突っ伏しているスイも美しかった。

「ローに会ってくるよ。ドローンも来るみた」

「地獄に行くの?」

 普段落ち着いているスイが、ノクスの言葉を遮ってまで聞き返してきた。突っ伏していた状態から立ち上がって、ノクスの肩を掴み顔を合わせる。

「うん。多分ね」

 ノクスが肯定した瞬間から、スイの顔から血が霧散してゆく。

「でも僕、ある程度強いから、大丈夫だ、よ?」

 ノクスが言葉を詰まらせるほど、スイは調子がおかしい。

「どうしたの?」

「地獄なのよ? 比喩とかじゃない本物の地獄。そこに、行っちゃうの?」

 顔は青白くなってしまったが、それでもまだ美しい少女、スイ。

 恐怖に支配されて、ノクスの肩を掴む力は増していって、魂の揺らぎが異常に大きい。行って欲しくないのなんて、見なくてもわかる。

 でも、スイを守るためには必要な行動である。

 ノクスはそれらが建前と思えるほど、庇護欲に駆られた。

 ローのせいで感覚が狂うが、子どもたちの年齢は最大でも13。地獄に行くのなんて死んでも御免な歳だ。スイの反応は少し過敏だが、間違ってなんかいない。

「スイのためなんだ。僕は大丈夫。お姉ちゃんはお姉ちゃんのことを考えて」

 彫像のように美しいまま涙を流すスイを尻目に、ノクスは地獄行きのドローンに乗る。

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