第26話 ルフ戦と肯定
「会敵まで一万。千。百、GO!」
ローのカウントダウンから速度を落とす。建物群の瓦礫を超えていく間隙が開いていく。薄い水面に大量の水飛沫を発生させて着地。そこは丁度よく開けた場所であった。
瞬間、第六感がノクスの全身に突き刺さる。水面すら敵意を示していた。それは逃げ場が無いことを示している。
ノクスは回避を諦めて、植物の翼を肩から生やし、飛翔。攻撃を受ける瞬間に翼で身を隠す。翼の結合エネルギーを強化して攻撃を受ける。
翼に包まったノクスに破裂音、衝突音、爆音が襲った。だが、ノクスには第六感の濃淡をそこまで理解しているわけではない。よって、ノクスは薄く広く守っている。
だからこそ、一点集中のルフの水の槍は易々とノクスの体を貫いた。
――ッ痛いけど、物質化は効果範囲が狭いんだよね。
ルフは水面の上で光学迷彩にて姿を隠していた。初撃で仕留めきれなかった以上、距離を取ろうとする。
だが、空中に存在する翅の隙間にあるノクスの緑色の眼が合う。
「強くなってますねぇ。ウザいです」
ルフは隊員に援護を指示して、設置しておいた水たちを自身の周辺に集合させながらノクスとの距離を置く。
「ルフさん、勝たせてもらうよ」
「生意気でぇす」
両者走りながらの戦闘を開始した。ノクスにはルフの隊の援護射撃が行われるため、翼は維持しながら走る。
ルフから豪雨のごとく発射される水弾は水銀弾で相殺して、ノクスは距離を詰めようとする。
「出力は格上ですかぁ、はぁ。ウザ」
ルフは手を銃状にして、特殊な水弾を三発打ち込んだ。
ノクスは水銀をベール状に具現化し、結合強化。予備動作から、ノクスは弾道変化などに手広く守る形を取ったが、これが裏目に出る。
水弾はベールを抜けて、ノクスに風穴を開けた。方法は至ってシンプルなものだ。先端を尖らせた。ただ、尖らせる精度が異常だった。
それは、水分子一つ。面積の最狭化によって圧力を極限まで上げたのだ。しかしながら、これは奇襲の類である。単純に防御の厚さを上げられるとただの弾に成り下がるのだ。加えて、超精密なエネルギーの指向性制御が必須なため、連打は困難である。
「スイ先輩と同じステージですねぇ。最悪」
ノクスの体の修正を見て、ルフは相手がステージⅣであることを確認した。それと共に、隊員には撤退を指示。自身は殿となることを決断した。
ルフの優位点は指向性操作の精密性と手数の多さだ。何より、ノクスに勝たなくても良い。倒せば試験は確定で合格であるが、倒さなくとも試験に合格する可能性は十分ある。
大体ステージⅣの敵だ。その担当はローであり、そこまで時間を稼ぐのがその他の軍人の仕事なのだ。
ルフは散らしておいた水を完全に吸い寄せて、自身を水球の中に包み込んで保護する。ノクスの方向を見ながら、わざと避けやすい弾を放ち、ノクスの軌道を隊員と異なる方角にする。最狭弾を数発打つが、分厚い翼に遮られた。
ノクスの水銀弾は威力も数も凄まじいが、ルフの水球内の対流の操作によって当たらないように調節される。
絶え間も隙間も無いがそこは練度の差か。その全ては当たらない。
両者の距離が縮まってゆく。水弾と水銀弾の嵐。そして、
倒れたのはノクスだった。足を落とされて、直されるまで少し距離を離される。
ルフの操作可能範囲内に入った瞬間に、最狭弾の要領で水圧の刃がノクスを襲ったのだ。
面積が狭いとは何も攻撃性に特化しているだけでない。それが刃ならば、薄すぎて見えないのだ。殺気で最狭刃がどこから来るのかが完全にわかっていればガード可能だろう。
しかしながら、そこまでの練度の第六感など、ローでなければ不可能だ。全身ガードでいくにも消費体力も集中力も高水準で留めておく必要がある。最狭刃は練度より編み出された最高の攻撃と言えよう。
『ルフを攻略しろ』
そこまでの攻撃を見せておいて、ローはノクスにそう伝えた。そして、「倒せ」ではなく「攻略しろ」である。最狭刃を超えろという意味であるということはノクスでも理解した。
そのためにも最挟刃を受けに行く。ルフの指向性の制御範囲内ということは、すでにノクスの具現化の範囲内だ。ルフの水球のすぐそばの球状に水銀弾を展開し、射出。
ルフは自身に当たる弾だけ撃ち落とすが、全方位の水銀弾には流石に疲弊を見せる。逃げることを諦めて、腰を落とし、迎え撃つ構えを取る。
ノクスは距離を詰め、翼を広げ、翼と自身の三つの対照から水銀刃を放つ。
ルフは好機と見て、ノクス本体と翼に最挟刃をそれぞれ放った。
結果は、ルフはモノリス化し、ノクスは二分割された。
「敗北だな」
真横に着地してくるローの言う通り、ノクスの敗北だった。ノクスは翼を広げることによって、その部位を分かりやすく狙わせた。そしてその部分の接合強化によって、最挟刃をガード。そこまでは良かった。
しかしながら、空いてしまった腹に四本目の最挟刃を受けることとなった。
「だが、思ったより善戦したな。最挟刃を枯らすのが関の山だと思っていたが、良い策だった」
ルフは相手をステージⅣと見て殿となった。その地点で自分の生き死によりも隊員を逃すことを優先している。故にルフは元より敗北前提の動きだった。
撃破はされたものの、試験評価ならば優だろう。試験終了までノクスを足止めできれば秀であったが、それは無理難題だ。
「僕の練度も結構上げられたと思ったけど、ルフもなかなか強いね」
隊員を逃し、ルフに時間を奪われて、あまつさえ一般人換算で三回も殺されたノクスは、ルフを賞賛した。
それと同時に、ローに勝つことが不可能であると改めて確信した。ローはルフの最挟刃のことを知っていた。ローのリアニマが狼である都合上、最挟刃自体の真似はできなくとも、最挟弾の要領で狼の牙を揃えていてもおかしくない。
何よりあくまでも、ルフはスイにとって格下であり、スイはローにとって格下なのだ。つまり、ノクスの戦闘力は格下の格下に敗北というレベルである。
そのことをひしひしと理解したノクスはため息を漏らす。結局のところ、ローの説明通りならばノクスの殺害方法はローによるものしかありえない。ならば、ノクスが目指すべきはローなのだ。
「さっきも言ったが、十二分だ、ノクス」
少し落ち込んだノクスを心配するようにローは声をかける。
「勝てないじゃん。ローには、絶対にさ」
「これもさっき言ったことだが、俺だって俺の強さを説明できない。説明できるのはスイのレベルまでだ。だからな、ノクス、俺を越えようと目標立てるまではいいが、現実問題それは難しいということを理解しておくんだぞ」
「……うん」
「ノクスを幸せにするのは、俺では難しいようだな。幼体といえど、三度も殺していればそうなるか」
「え?」と目を見開くノクス。
「どうした?」
「なんでそれを」と恐る恐る聞くノクス。
「そりゃ、『魂でも持ってこい』って言ってその通りにしてきたんだ。そいつの世話くらいするものだろ?」
「それは知ってるんだね」
絶望した声がノクスから零れ落ちた。
「殺した奴のこと忘れられるほど、俺は残酷じゃない」
ローの暗い堕ちた眼を見てノクスは、憤怒を発露させる。
「そうか! じゃあ!《規制済み》」スイを殺したことは覚えていないくせに!
重要なところは時空が歪んだ。そのせいでローには謎の不協和音にしか聞こえなかった。
だが、それが現実的に考えておかしいということは事実である。
「……今、断片を理解した。相対論をした時からおかしいと思っていたんだ。なるほど。リウムを知っていた理由。過去改変か。どちらかというと記憶の引き継ぎの有した時間遡行? どうあれ、それは言えない状況下にある。俺みたいに誰かが気づいてやらなければ、誰にも気付かれない」
そんな少しの情報からローは真相に近づいっていったのだ。
「《規制済み》」僕は何度も!
ノクスの声は届かない。それは許されていない。
けれども、これは希望の声色であった。理解不能の涙がポロポロと落ちる。
――いつも殺しにくるくせに、そんなやつなのに……今度は味方になってくれる、の? ここまで味方強いなんて、ずるい、かも。
ノクスは確固たる価値観が崩れ落ちて困惑しながらも、あまりに大きい味方ができたことが突出して嬉しかった。死神の価値観のせいで笑いながら泣くという不自然な感情の発露となるが、嬉しいことに変わりはない。
「まあ。落ち着け。大事なことは聞こえない。だが、魂の揺らぎから見て概ね正しいだろう。だから、これで会話を行おう。完全に俺の推測だけになるが、ノクスの希望になればそれで良い」
――味方、なんだ。初めての、理解者なんだ。
「まず、お前のことだ。ノクス自身が勘定に入っていない。とするとお前が頑張っている理由は、質然スイだろう」
「《規制済み》」スイは何度も!
おそらく使徒により《規制済み》の部分はローにさえ聞こえていないと悟っている。だが、聞こえていないという情報は手に入る。
「スイ関連か。つまり、ナイトメア関連の痼がまだあるとみた。じゃあ、これは言っておこう。三番目のドライと四番目のフィーアのナイトメア。つまり、スイとノクスの悪夢は継続中だ。今現在は一時的に起きている状態だが、まだ完全には醒めていない。どちらもまだ醒めない方が良いと判断している」
「僕も?」
ここは時空が歪まずに伝えられて、ローは少し驚いた。
「そこは規制されていないのか。時間遡行はナイトメア関連ではない、ということとなるのか?」
「多分、《規制済み》」使徒だよ。
「なるほど、原因の自覚はある。しかしながらそれは、ナイトメアではないのか。では、分からないな」
「因みに悪夢から醒めちゃうとどうなるの?」
「完全に殺さなければいけなくなる」
「どうして?」
「理論的には説明できない。ただ言えることは、今この現状では、二人とも覚醒の器として不十分ってことだ。覚醒はステータスの上がる行為。それ自体に害悪性は無い。多分だが、その覚醒先である不完全な神が害悪なんだ。何かが変わらない限り、俺は覚醒後の二人を殺さなければいけない。次のナイトメアになる可能性があるからな。時間遡行は信条的に認めたくないが、俺はそれが理由にお前たちを殺してきたはずだ」
確かに、とローの行動に一貫性があるように感じて、ノクスは安心する。
「それってもしかして五番目の、フュンフナイトメアってこと?」
「その可能性が一番高い」
色々な事柄の結論は出た。しかしながら、大事なことは分からず仕舞いだった。結局スイの助け方とローへの対処はそこまで変わらない。
スイは覚醒してはいけないなことが分かり、ローはノクスかスイが覚醒するという条件を満たしたら殺しにくるということがわかっただけである。
根本的な解決になっていないのだ。しかしながら、希望は眼前に存在する。
「とりあえず、試験再開しようよ、ロー!」
――今回はスイが覚醒しようがないんだ。
「そうだな。時間遡行とナイトメアの結論は今は出ない。試験の違和感に対処するのが良いだろう。何より嬉しそうでよかった」
ローの慈愛に満ちた眼がノクスを見つめていた。
「本当は優しいんだね」
「本当も何も、俺は最初から変わってないがな。ともかくだ。そろそろグアが来る。勝利しろよ」
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