第24話 初戦と否定
少し前、試験会場中心に疾走する二つの影があった。
「最初はリアニマ:『剣』の隊長だ。全体的に能力値が高く、特に近接戦闘能力に関しては目を見張るものがある。欠点があるとするのならば、ステージⅡなところ。出力が低いから物量で圧倒すれば容易く勝利できるが、今回は接近戦で勝ってもらう」
「どうして?」と首を傾げるノクス。
「そりゃ、ノクスに近接戦闘能力が欠けているからな。あいつから学習しろ。最初に隊員を殲滅して近接戦をすれば、あいつの強さを捕食できる」
「それだけ?」と呆気なく捉えるノクス。
「それだけ?じゃない。スイとはやらなかっただろ。今までやってこなかったことをやるんだ。そこそこ難しい筈だ。やりながら指示してやるから頑張れ」
「わかった」と少し不安なノクス。
「まず、今のお前は第六感を使用可能だ。俺レベルじゃないだろうが、敵の攻撃を避けるだけなら十分なはず」
瞬間、ノクスは攻撃を避ける。噛みつかれるような敵意が後方から放たれていた。
「感覚はそんな感じだ。敵の速さはこのくらい。次は……」
その攻撃はローがやったことだった。狼が具現化され、軍服の端を喰らっていた。
ノクスは避けた瞬間から薄々感じてはいたが、発された言葉と魂からは悪意が存在していない。
――狂ってる……!
その様に、10分程度を第六感の特訓に費やしながら、最初の敵に遭遇するまで疾走する。
「これで避けるくらいはできるようになったな。さぁ、『剣』と戦ってこい」
――休む時間は当然のように無い感じなんだ。効率厨がすぎるんじゃないかな?
『水銀弾を発していいのは最初だけだ』と通信に切り替えるロー。
ローから送られる通信の言われるがままに、ノクスは高所から水銀弾をばら撒く。三人はモノリス化するが、一人は剣捌きによって対処される。
「あの人だよね」
『そうだ。まずは突っ込め』
白い施設を蹴って、音速を超えて少年に突っ込んだ。
『そしたら、切られる』
ノクスは脳天から真っ二つに切られる。
『だけど、気にすることじゃない。ステージⅣのスプライサーは簡単に死なない。すぐに直される』
ノクスの、というよりもステージⅣの不死性。
スイがウェルから不死性について知らされた時、すぐに疑問に思わなかったのは、ステージⅣならば当然のことだからだ。その特性は強制的に発動される。
ローの■■:■■■■でない限り、死ぬことはほぼあり得ない。
ノクスの切られた二つの肉体から、植物の蔦ような無数の何かが絡み合いながら、自身の肉体を結合させてゆく。
――めちゃくちゃ痛い!! だけど……!
第六感で察知していたノクスは上半身を翻して、腹に向かってくる剣撃を躱す。その間に体は完全に直り少年と相対した。
「化け物め」
剣の少年は悪態を吐きながら、片手剣二つを生成し握る。腰を落として、剣を構えて、ノクスを睨んだ。
『振り上げて右に95度と薙ぐように左に136度。次に……』
無数の殺気が突き刺さる。ローの言葉通りの方向から攻撃がきた。
ノクスは擦り傷を作りながら、無数の攻撃たちを躱していく。
無駄に正確なローの指示に、ギリギリで躱せる現実に、眼前の少年の近接戦闘の練度に驚く。
ローの助けがなかったらもうミンチにされているのに加えて、時間が経つのにつれてローはわざと攻撃との時間差を無くしていく。
ローの指示と第六感が一致した時に、ノクスは何をしているか理解して震えた。
「もう大丈夫」
少年から放たれる剣撃を躱す。躱す。躱す。
ノクスは第六感とは最低な能力だと思った。
磨き抜かれた努力と才能を以ってしても、近接戦では歯が立ちようにない。
何故なら、敵意から攻撃がどのように来るのかわかってしまうのだから。リアニマの出力差があれば、体を加速させて避ければいい。最悪、当たる部位の結合強化さえすればダメージはなくなる。目が慣れれば掴むのだって容易い。
振り下ろされた少年の右腕を掴み、その腕を狙った左腕をも掴んだ。
「ごめんね」
そして、ノクスは自身の右足で少年の体を粉砕した。
「ロー、酷いことさせるね」
少年がモノリス化してくる中、ローがノクスの隣に着地した。
「ホムンクルスだ。人殺しじゃない」
価値観の違いにノクスは深いため息を放つ。ノクスとて最初から人殺しでは無いことくらいわかっている。
「そっちじゃなくて、第六感って努力を否定する能力じゃん。頑張ってきた人が報われないのは、なんかやだ」
よく見れば笑顔と受け取れるローが肩を掴み、その形相のままノクスを見る。
「安心しろ。お前はそれだけ努力している。そういう魂の在り方だ。だからか、そこまでの第六感を持っている」
「……実感ないから、気分は変わらないよ」
悩むノクスの頭の上に、ローの手が乗っけられた。そして雑に撫でられて、諭される。
「無理もないな。俺だって、俺自身の異常な能力に納得いってない。だが、世界とはそういうものだ。いつだって気紛で、最低で、冷酷。自身の能力に疑問があるのなら、努力で世界に物申してみろ。ごく偶にだが、いいことがある」
ローでさえ、自身の能力の異常を感じていることに少し驚く。それよりも、
「努力すれば、救われるの?」という疑問をノクスは口に出す。
「んな生やさしいもんじゃない。努力した方がまだマシな未来に変えられる。それだけだ」
――シュド教に似てる……?
「へぇ。意外とロマンチックなこと言うんだね。もっとリアリストかと思ってた」
「基本はな。だが、それだけだと世界の冷酷さに打ちのめされる」
ノクスの髪がロー並みにボサボサになるほどにかき混ぜて、ローは彼方を見て語る。
「時の偶には甘美な夢を。心の狭間に安寧を。魂の終焉に救済を」
「よくわからないけど、信仰してない?」
「まぁ聞け。相対論のせいで全能の神は逆説的に存在し得なくなった。時間と空間は冷酷ながら同じもの。それは過去も現在も未来も生物の錯覚に過ぎないことを意味する。つまりは生物は苦しむ運命にあるということだ」
ノクスには難しいことだったが、一つ疑問が生まれた。
「へぇ、それって時間を巻き戻したりできるってこと?」
「ああ。簡単にな。しかしながら、そこにエネルギーのやりとりは行われない」
「ん?」と疑問を呈するノクス。
「記憶の引き継ぎとかはできないから、過去改変とかは不可能ってことだ。それだけ覚えとけばいい」
「……え?」
ノクスに起こっていることがローによって否定されている。それも、どうやら理論的らしい。
「ノクス、どうしたんだ?」
「いや、えっと、それは本当?」
口を閉めれずに、目を見開いて、ノクスは驚きを隠せない。
「本当も何も、科学だからな。人類の軌跡がそれを証明しているとしか言えない」
「例外とかないの?」
「どこの例外だ? 物事には例外があるもの。ものによっては、」
「過去改変、だけど」と恐る恐る聞くノクス。
「それだけはあり得ないな。まず過去改変っていう考えから正さなきゃいけない。さっきも言ったが…………(中略)」
理論的に説明された。科学的に証明された。■に■された。
「もう、いい。とりあえず、試験を続けようよ」
――使徒さんに聞いてみれば分かるよね? でも……。
ノクスはローの話を完全に理解はできないものの「不可能だ」ということくらい理解せざるを得ないんだと感じた。
だとしてもノクスからすると、起きていることは起きていることなのだ。
「そうか。知りたがってたから、てっきりノクスも興味あるものだと。難しすぎたか? まぁいい。いくぞ。今度はルフだ」
二つの影は踵を返して、ルフの方角に走ってゆく。
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