第24話 初戦と否定

 少し前、試験会場中心に疾走する二つの影があった。

「最初はリアニマ:剣の隊長だ。全体的に能力値が高く、特に近接戦闘能力に関しては目を見張るものがある。欠点があるとするのならば、ステージⅡなところ。出力が低いから物量で圧倒すれば容易く勝利できるが、今回は接近戦で勝ってもらう」

「どうして?」

「そりゃ、ノクスに近接戦闘能力が欠けているからな。あいつから学習しろ。最初に隊員を殲滅して近接戦をすれば、あいつの強さを捕食できる」

「それだけ?」

「それだけじゃない。今までやってこなかったことをやるんだ。やりながら指示してやるから頑張れ」

「わかったよ」

「まず、今のお前は第六感を使用可能だ。俺レベルじゃないだろうが、敵の攻撃を避けるだけなら十分なはず」

 瞬間、ノクスは攻撃を避ける。噛みつかれるような敵意が後方から放たれていた。

「感覚はそんな感じだ。敵の速さはこのくらい。次は……」

 その攻撃はローがやったことだった。避けた瞬間から薄々感じてはいたが、発された言葉と魂からは悪意が存在していない。

 ――狂ってる……!


 そうして、10分程度を第六感の特訓に費やしながら、最初の敵に遭遇するまで疾走する。

「これで避けるくらいはできるようになったな。さぁ、『剣』と戦ってこい」

 ――休む時間は当然のように無い感じなんだ。これは、キツいかも。

『水銀弾を発していいのは最初だけだ』

 ローから送られる通信の言われるがままに、ノクスは高所から水銀弾をばら撒く。三人はモノリス化するが、一人は剣捌きによって対処される。

「あの人だよね」

『そうだ。まずは突っ込め』

 白い施設を蹴って、音速を超えて少年に突っ込んだ。

『そしたら、切られる』

 ノクスは脳天から真っ二つに切られる。

『だけど、気にすることじゃない。ステージⅣの人間は簡単に死なない。すぐに直される』

 ノクスの、というよりもリアニマのステージⅣの不死性。スイがウェルから不死性について知らされた時、特に疑問に思わなかったのは、ステージⅣならば当然のことだからだ。その特性は強制的に発動される。ローの■■:■■■■でない限り、死ぬことはほぼあり得ない。

 ノクスの切られた二つの肉体から、植物の蔦ような無数の何かが絡み合いながら、自身の肉体を結合させてゆく。

 ――めちゃくちゃ痛い!! だけど……!

 第六感で察知していたノクスは上半身を翻して、腹に向かってくる剣撃を躱す。その間に体は直り少年と相対した。

「化け物め」

 剣の少年は悪態を吐きながら、片手剣二つを生成し握る。腰を落として、剣を構えて、ノクスを睨んだ。

『振り上げて右に95度と薙ぐように左に136度。次に……』

 無数の殺気が突き刺さる。ローの言葉通りの方向から攻撃がきた。

 ノクスは擦り傷を作りながら、無数の攻撃たちを躱していく。

 無駄に正確なローの指示に、ギリギリで躱せる現実に、眼前の少年の近接戦闘の練度に驚く。ローの助けがなかったらもうミンチにされているのに加えて、時間が経つのにつれてローはわざと攻撃との時間差を無くしていく。

 ローの指示と第六感が一致した時に、ノクスは何をしているか理解して震えた。

「もう大丈夫」

 少年から放たれる剣撃を躱す。躱す。躱す。

 ノクスは第六感とは最低な能力だと思った。磨き抜かれた努力と才能を以ってしても、近接戦では歯が立ちようにない。何故なら、敵意から攻撃がどのように来るのかわかってしまうのだから。リアニマの出力差があれば、体を加速させて避ければいい。最悪、当たる部位の結合強化さえすればダメージはなくなる。目が慣れれば掴むのだって容易い。

 振り下ろされた右腕を掴み、その腕を狙った左腕をも掴んだ。

「ごめんね」

 そして、ノクスは自身の右足で少年の体を粉砕した。

「ロー、酷いことさせるね」

 少年がモノリス化してくる中、ローがノクスの隣に着地した。

「ホムンクルスだ。人殺しじゃない」

 はぁ、やだやだ、とノクスはため息を放つ。ノクスとて最初から人殺しでは無いことくらいわかっている。

「そっちじゃなくて、第六感って努力を否定する能力じゃん。頑張ってきた人が報われないのは、なんかやだ」

「安心しろ。お前はそれだけ努力している。そういう魂の在り方だ。故に、そこまでの第六感を持っている」

「……実感ないから、気分は変わらないよ」

 悩むノクスの頭の上に、ローの手が乗っけられた。そして雑に撫でられて、諭される。

「無理もないな。俺だって、俺自身の異常な能力に納得いってない。だが、世界とはそういうものだ。いつだって気紛で、最低で、冷酷。自身の能力に疑問があるのなら、努力で世界に物申してみろ。ごく偶にだが、いいことがある」

 ローでさえ、自身の能力の異常を感じていることに少し驚く。それよりも、

「努力すれば、救われるの?」という疑問をノクスは口に出す。

「んな生やさしいもんじゃない。努力した方がまだマシな未来に変えられる。それだけだ」

「へぇ。意外とロマンチックなこと言うんだね。もっとリアリストかと思ってた」

「基本はな。だが、それだけだと世界の冷酷さに打ちのめされる」

 ノクスの髪がロー並みにボサボサになるほどにかき混ぜて、ローは彼方を見て語る。

「時の偶には甘美な夢を。心の狭間に安寧を。魂の終焉に救済を」

「よくわからないけど、信仰してない?」

「まぁ聞け。相対論のせいで全能の神は逆説的に存在し得なくなった。時間と空間は冷酷ながら同じもの。それは過去も現在も未来も生物の錯覚に過ぎないことを意味する。つまりは生物は苦しむ運命にあるということだ」

 ノクスには難しいことだったが、一つ疑問が生まれた。

「へぇ、それって時間を巻き戻したりできるってこと?」

「ああ。簡単にな。しかしながら、そこにエネルギーのやりとりは行われない」

「ん?」

「記憶の引き継ぎとかはできないから、過去改変とかは不可能ってことだ。それだけ覚えとけばいい」

「……え?」

 ノクスに起こっていることがローによって否定されている。それも、どうやら理論的らしい。

「ノクス、どうしたんだ?」

「いや、えっと、それは本当?」

 口を閉めれずに、目を見開いて、ノクスは驚きを隠せない。

「本当も何も、科学だからな。人類の軌跡がそれを証明しているとしか言えない」

「例外とかないの?」

「どこの例外だ? 物事には例外があるもの。ものによっては、」

「過去改変、だけど」

「それだけはあり得ないな。まず過去改変っていう考えから正さなきゃいけない。さっきも…………」

 理論的に説明された。科学的に証明された。■に■された。

「もう、いい。とりあえず、試験を続けようよ」

 ――使徒さんに聞いてみれば分かるよね? でも……。

 完全に理解はできないものの「不可能だ」ということくらい理解せざるを得ないんだ、と。でも、ノクスからすると、起きていることは起きていることなのだ。

「そうか。知りたがってたから、てっきりノクスも興味あるものだと。まぁいいか」

 ため息を漏らして椎茸目から光が失われるように、ローは少し残念そうだった。

 ――人間らしくあったり、化け物じみていたり、もうちょっと統一しておいてほしいな。

「じゃあ、いくぞ。今度はルフだ」

 二つの影は踵を返して、ルフの方角に走ってゆく。

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