第22話 将校試験三回目開戦前 急
スイに想いを馳せながら、置いていってくれたバルーンで訓練を行っている。スイが隣にいる時よりもリアニマの熱量変換に乱れが生じていた。
ノクスには懸念があった。ローとの会話、そして将校試験二回目の出来事。二回目では勝手に試験会場が狂気に染まっていた。ノクスの悪夢のせいでは断じてない。
――シュナプスイデー。
リウムの言葉が引っかかった。副作用で吐くらしい。気持ち悪くなる理由の一つ、狂気に犯される。ただのこじつけだが、スイに不幸をもたらす可能性はなくはない。
邪念に囚われ続けること二時間強。ローが降って来る。
「今日はノクスの成長確認という建前で来た」
殺される時以外とは異なる威圧感がノクスを襲う。率直なところはいつも通りだが、ノクスは元帥と似たものを感じていた。
「よろしくお願いします」
「敬語はいいぞ。同じような年齢だろ?」
「え?」
「は?」
「なるほどな。異常にスイと親密な感じだから、どんな存在か理解してるものだと。……難儀な問題だ」
終始意味が分からなかった。考えるという段階までいかず、ノクスは茫然とする。
「どういうこと?」
「この段階では答えない。……方がいい気がする」
「なんで?」とノクスは条件反射で答えた。
「スイは何も知らないでナイトメアの核を育ててたのか? それはないか」
ローは右手を顔に覆い被せて熟考し、否定する。親指に指輪がはまっていた。少し嫌だった。
「んで、理由な。知らないで育てていたとしたら、あまりのことにスイがショック死しかねない。勘違い先が悪いとそうなる。ノクスのせいでスイが気づいてもらっても困るから、教えない」
魂の揺らぎがないためにノクスでは嘘で無いことしかわからない。スイのことに対して何か聞こうとした瞬間に、ローが喋る。
「教えられないって。というよりも、だ。最初に会った時になんか疑問を持ってただろ? それを聞くためにこの場を用意したまである」
――最初ってどっちなんだろう。六月一日なのか六月四日なのか、どっちでもありえる……。
「最初?」
「あーなるほど。計画がここまで狂うのは久しぶりだな。六月四日。ノクスがノクスと呼ばれるようになった日の方だ」
何が「なるほど」なんだろう、と思いながらノクスは思い出す。
――あのローの姿を見た時は、『あれ? なんで殺さないんだろう』って思ったけど。でも、それって使徒さん的に言って良いことなのかな?
「特にありま」
「嘘だな」
ローの勘違いとして処理しようとしていたら、ノクスは嘘を指摘される。言い終わっても無いのに指摘されて心臓が跳ねたかと思った。でもなんとか隠そうと、ノクスの心の内のみに収めた。
「動揺の魂の揺らぎ。図星か?」
それすらも当てられた。だが、一番は「魂の揺らぎ」という同じ言葉を使っている点にノクスの意識が奪われる。
「魂の揺らぎって、人の魂から滲み出るねじれのこと?」
魂の揺らぎ。それは、魂由来の時空のねじれ。それを両者は示し合わせずに同じ言葉を名づけていた。
「そうだ。ノクスも分かるのか。これは凄い。あと嘘の件だが、第六感が反応しなかった。お前にも人に言えないことの一つや二つあるだろう。無かったことにする。他に聞きたいこととか無いか? そのための時間だからな」
ノクスの聞きたいことは主に三つだ。初めに、スイが覚醒する理由と殺される理由。次に、シュナプスイデーのこと。最後に、第六感について。最後は単純に今疑問に思ったものだが。
「まず、スイがローに殺される可能性があるとしたらなんでですか?」
ローは目を見開いて思考を巡らせる。それは心象世界の具象化で靄を発生させるほどの熟考だ。少しの間、悩み抜いて、ローは首を振った。
「あり得るとするなら、スイが覚醒した時だな」
ローはノクスの納得のいってなさそうな表情を見て話を続ける。
「なにも、スイや覚醒そのものが悪いんじゃ無い。まずもって、覚醒っていうのはリアニマのステータスが上がるということ言う。そこには善悪は介在しない。問題はスイの覚醒後の存在。それが不完全な神なんだ」
「まず神って?」
「例えばマルクトの神はアドナイメレク。死にかかっている何の権能も持っていない神だ。これでさえまだマシだな。マルクトの維持だけはしているっぽいから」
「神の説明してなくない?」
「例え話な。他の神を指すと角が立つんだ。『しがらみ』長く生きるなら覚えとけ。んで、神の定義だが、個人的には『全能の存在』と言いたい。だが、そんなものは存在し得ない。だから、あえて言うなら信仰心を集める者。それ故に、何一つ科学的根拠がない。だから何も分からないんだ」
「ローでも分からないの?」
「それこそ俺を神とでも思っているのか? 知っていることは知っているし、知らないものは知らない」
「でも未来を見ている感じだよね?」
――だって、案外気が利くし、毎度殺しにくるし、スイも文句を言っていたし。
「第六感な。その時の俺は多分だが、害意・敵意・悪意に反応している。第六感はそれらに強く反応する人間の予測能力の範疇の代物だ」
今までの記憶がノクスを駆け巡る。何が何判定で殺しにきているかまでは分からなかったが、納得できるほどの疑問で終わった。
「じゃあ、シュナプスイデーって何?」
「もしかして、ノクスも第六感持ちなのか? お前が知りえる事柄じゃないはずだが」
ローの即座の疑問から、何も考えずに発言してしまった自分を少し恨んだ。
「スイが言っ」
「嘘。スイには伝えてないし、魂が揺れてる。まぁ良い」
そしてすぐにバレる。嘘は悪意で感知されるらしい。厄介すぎる、とノクスはため息をついた。
「シュナプスイデー、強制的に臨界深度を上げる薬。問題なのはこれが覚醒でないところ。何より、制作者・流通者・使用者に悪意がない」
ローの「悪意がない」という言葉が異常に重くなっていた。それにノクスは少し絶望する。なぜなら自分が世界に敵意を持った瞬間にローが現れるのだ。それがほんの少しの敵意。三度殺された理由。
(美しすぎてズルい)
ノクスが使徒に会ってからは自然と感じなくなっていたが、それですら認識して飛んでくる化け物が反応できないと言うのだ。
「ローでも分からないんだ」
「そう、防げもしない。俺の第六感は反応しない。そして犯罪は少なからず悪意が存在しなければ起こらないものだ。チョーカーによって、犯罪を起こしそうになった瞬間に警報が鳴らされるからな。基本未遂で終わる。でも、余剰次元〈10のマイナス35乗程度〉くらいの違和感がこの将校試験に集まっている。だから、俺が来た」
「余剰次元?」
「悪い。自分の成り立ちを知らないってことは精神年齢も下がるわけか。『殆どない』っていう比喩の言葉だ。知らないなら知らなくていい」
「第六感じゃないんだ」
「そうだ。単なる違和感。デジャブ的な何かだ。だがな、ノクス。悪い予感ほどよく当たる」
「うわやだ」
ローは深く頷いてノクスの肩を叩く。
「そうなんだよ。悪ければ悪いほど精度が上がるところもミソだ」
――その対象がローなんだけど。
口にしそうだったその単語をノクスは心のうちに仕舞い込む。しかしながら、ジト目となってローを睨んだ。
少し困惑したローだったが、気にせず話を進める。
「んで、今回はマルクトが地獄よりも最低な場所になる」
――それが、二回目のことかな。っていうことは当たってるのか。……違和感って凄いね。
ノクスは閃いてしまった。今回はこの場にスイがいない。将校試験の一度目はノクスの意識がなかったが、その後に二度目のようなことになっている可能性が高い。だとすると、事件はちゃんと起こり、そして今回はローが対処することになる。少しの被害は出るだろうが、スイにまでいかない。そういう結論を出す。
「ちょっと嬉しそうにするな」
とローに当然のように注意をされた。
「でも、スイは被害に遭わないんでしょ?」
ローは深くため息をついた後に、ノクスの頭を雑に撫でて諭す。
「いいか、ノクス。スイ以外を勘定に入れないのはいい。同じ穴の狢だ。文句は言わない。だが、物事は俯瞰的に見なければいけないんだ。これから第五次大規模侵攻が起こる。スイが戦場に出ないがために、人材を欲しているのが現在の軍部で、その現れが将校試験。つまり、これが失敗すること即ちスイが戦場に出るということだ」
「……成功させなきゃじゃん」
「そう言うことだ。それと、あと少し時間がある。他に聞きたいことはないか? 試験ではさっきの表目標とノクスの成長の裏目標が同時並行される。ちなみにノクスの能力自体はスイからのログで理解している。良い感じに受験者を当てていくから心しておけ。故に、だ。自然と聞きたいことについて聞く時間は無いほどの多忙を極めるだろう。残さず吐いておけよ」
――なんで優しいの、っていうのは、リウムさんの言う通りってことか。頑張る人の味方だね。
「強いて言うなら、どのくらい第六感って万能なの?」
「信仰するな。万能じゃない。まぁ、詳しくは言ってなかったか。害意・敵意・悪意に反応するだけ予測の能力だな。一部では未来予測と揶揄されているらしいが、ただ単に感じて向かうまでが速いだけだ。最短の対処療法と思っておけ」
「凄いのは判断の速さと対処の正確さってこと?」
「大正解だ。っと、そろそろ試験だな。あえて言ってなかったが、試験内容は少し変えた」
『ノクスを倒した受験者は問答無用で合格とする』
「これで試験の敵意はノクスに集約される。少なからず俺にもくるだろう。何かあるとしたらここだ。対処は任せておけ」
――リウムさん! この人本当に味方かな⁉︎
ローの満身の笑顔とノクスの無言の慟哭が黄昏の空に広がった。
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