第21話 将校試験三回目開戦前 破
スイの献身もあり、ノクスの熱量変換の練度は上がっていく。ステージと練度だけで計算すれば、グアやルフとのスペックだけでも勝っているとも言えるレベルまで来ていた。
実戦はそうもいかないのが戦いというものなのだが。ともあれ練度は付け焼き刃とはいえ現段階最高のところまで上り詰めた。
一番得意な水銀弾を強化。強力な悪夢の竜の具現化も上々。スイの苦手とする近接戦闘戦以外は実戦レベルだ。
そしてスイのチョーカーに将校試験の通達が来る。視界に映るメールボックスを開いて、通達を流し見る。
「これで上げられるだけは上げたわね。どの隊に入っても賞賛ものよ。基本普通に隊の指揮官の命令を聞いていればいいだけだからって……へ⁉︎」
スイは自身の視覚を疑って目を擦るが、視界内の文字は変わらない。
『試験官はロー・ノクス両名を指定』
(ローは何を考えているの?)とスイは疑問に思いながら、冷や汗をかいていた。
「どうしたの? スイ」
汗を腕で拭きながら金色に輝く毛玉が近づいてくる。
「いや、おかしいのよ。だってノクスが試験官側なんだもの」
「おかしいの?」
ノクスはスイとの一度目で試験官側になっている。ノクスからすれば今のところ確定で試験官側だ。疑問はない。
「ノクス、あなたまだ軍部入って一日程度なの。部下役でさえ狡い行為なのに、これは狙われるわよ」
「なんで?」
「ロー、なんだかんだ人気高いから、嫉妬は確実ね。それに弱いノクスを狙うのは必須だわ」
「あんなに褒めてくれたのに!」と少し反発するノクス。
「いやまぁそれは、年齢?からすると超強いわよ。でもね、ローと比較すると、流石に分が悪いわ」
「……なるほど。しょうがないね」
ノクスを納得させた頃合いに見計らったかのように、地獄で敵殲滅中のローからスイへ通信が入る。
『俺が今から戦場のルインダーどもを蹴散らし切る。少なくとも試験中に、外壁周辺に入り込むことはない。故に、士気上昇のためにお前には外壁にて軽く指揮をとってもらう。いいな?』
ロー付近から聞こえるルインダーを屠る音が聞こえるたびに、スイの顔が曇っていく。それがノクス視点からもあからさまに分かる。
「……はい」
スイは深呼吸をしてから、ローの返事をした。青ざめる顔をノクスに見えないように背中を向ける。
『安心しろ。第六感が反応していない。可能性は虚数の彼方だ』
ローすらも気を使うが、スイの動悸は速まってゆく。
「……大丈夫です」
『立っているだけでいい。それだけで子供たちの力になる。じゃあな』
回線が切れて、スイは取り繕うように手を叩く。訓練再開の合図はノクスに覆い被せられる。
「ローに何か言われたの?」
調子の悪いスイに、瞳孔を漆黒に染めたノクスが立ち塞がった。そんな燃え上がる憤怒の感情をスイが消化する。
「安心して、ノクス。ローは悪くはないの」
スイは少し屈んで作り笑顔をノクスに送る。それはどこかローに負い目を感じているような感じであった。
「悪いのは私の方なんだ。だって、壊れた兵隊なんだもの、私って」
そして、スイは自虐的に笑う。今度は飾られていない笑顔だ。しかしながら、いたく悲しい。
「怒ってくれてありがとう。でも、そこまで親身になってくれなくて良いのよ。だって、ノクスは会って二日目」
「僕は!」
ノクスは打ち明けようとした。時間遡行をして何度もこの時間を繰り返していることを。記憶すら出来ていない時ですら、スイのことを守りたかったことを。魂の核が■■だということを。それら全て吐き出してしまいたかったのに、この後の言葉が紡がれない。
辺りを見渡すと、時間が止まって動かない。自分も固まって何も出来ない。意識だけが動いていた。
「言ってなかったね。君のその記憶はあくまで君の悪夢、っていう体でないと困るんだ」
そんな中で怠惰な使徒の声が響いた。
「他の使徒にも気付かれたくないんだよね。だって今行っている行為って、ただの冒涜だから」
好奇心の権化は、軽々しく語る。
「まぁ隠れられているおかげで僕は主の証明ができる。ノクスはスイを助けることができる。Win-Winの関係って奴だ。僕は秘匿には全力を尽くす。どうあれ共犯者になるしか無い。諦めて隠し通してくれると助かる。因みに、時間は止まっているわけじゃなくて、亜光速で情報伝達しているから時間を長く感じてるだけ。空間の方がついてこれてないってことだ。ん〜、理論的な話はいらないかな? 要は、僕の声が聞こえなくなったら、動いているように感じるから、くれぐれもスイに悟られないようにしてくれよ、ってこと。じゃあね〜」
使徒の声が薄くなってゆく。空間がゆっくりと動きを取り戻してゆく。強制的にノクスの口は開かれる。
「僕は、ただスイに悲観的になって欲しくない」
そのノクスの言葉は真実だ。しかしながら、出したくて出したわけじゃない。本当は、分かち合って欲しかったのに。
それは許されなかった。
「ふふふ。ありがと。そうね、ノクスのためにもう少しだけ頑張るわ」
嘘のない魂からの言葉がノクスを苦しめた。
――スイは、
あり得てしまう可能性をノクスは心の中からも取り除きたい。
スイは、優しくて、美しくて、そして強いのだ。そうであって欲しいとノクスは切実に願う。
「ローのこと、嫌いかもしれないけれどね。言われたことは守るのよ、ノクス。良い子に頑張ってね」
――もしかしたら、自分のことが、
「うん」
少し涙目のノクスが地面に押し付けるように返事をする。
「スイも頑張ってね!」
ノクスはいつものように空元気に言った。今回はスイに降りかかる不幸の可能性が低い。
ノクス自身のリアニマ:悪夢の影響は受けない。将校試験は不参加。城壁も行ったことがある場所だ。
「頑張ってくるわ。じゃあね、ノクス」
美しい銀髪が五月雨て、燃えていたはずの赤い眼が黄昏の日差しに焼かれる。
ドローンの扉は閉まって、飛んで行った。
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