第20話 将校試験三回目開戦前 序

 スイのベッドでノクスは起きる。今度は心軽やかに目が覚めた。白色の天井が白く光っている。桃色のベッドから幸せそうにノクスは出ていく。

「スイ! おはよ〜!」

「あら元気ね。まだそんなに寝ていないでしょ? 寝なさいな」

 ノクスは自身の眠気のなさに少し驚いた。

「なんか大丈夫っぽい? 今日は六月六日で合ってる?」

「何その疑問。まだ、出会ってから数十時間しか経ってないわよ」

 スイは何も知らないが故に、笑いながら返事を返した。ノクスはその文言に安心すら覚える。それは、スイが不幸に合っていないということだからだ。

「もうちょっと強くなりたくてね」

 スイはノクスの成長ぶりに少しだけ驚いた。異常な成長は何度か見ていたが、精神的なものは新しいなと少し微笑む。

「そういうこともあるのかしらね。眠くはないかしら? チョーカー、簡易検査」

『簡易検査……オールクリア。眠気ホルモンも正常範囲内です』

 チョーカーから気の利いた返事が返ってきた。二人の話の内容を聞いた結果の反応である。

「それなら行きましょう。六時に将校試験のことが通達されるから、それまでね。……ビルの上だから、落ちないでよ?」

「安心して。僕飛べるし。多分」

 ノクスは精神的に成長した。それは戦闘能力も上昇させる。それはリアニマが魂由来のものであり、生命の次元へとエネルギーを変換するためだ。

 そしてノクスは自身の由来であろう事件を受け入れた。未だにアインスかツヴァイか、はたまたドライかはわかっていないが、どれかではあるだろう。それならば自身の感情の半分くらいの理由が受け入れられた。異常なほどの憤怒の感情や愛されたいという強い色欲の感情、そして成長して何かになりたいという暴食の感情。これらの達成によって無念の中で諦めることしかできないと感じてしまった前世に報いれると純粋に思う。加えて、ローの魂から変換されるエネルギーの指向性を見れたのも功を奏していた。ほとんど正気を失っていたのにも関わらず、ローは高精度で心象世界の具現化をやってのけていた。それを会得できたのなら、と考えるだけで心が躍る。

「何より強くなりたいんだ!」

 このノクスの言葉は誰かを思わせる元気さがあった。

「ふふ、いいことね」

 二人は外へ出てビルの上に立つ。スイのドローンの停泊地は元スラム、フィーアナイトメアの跡地の近くだ。

「あそこの近くなんだ。なら飛んで行こうよ」

 ノクスは思い出す。自身の過去を。惨憺たる光景を。そこでしたかったリアニマを。

 ――飛びたかったんだよね。

 ノクスの肩の付け根から茶色の鋭利な突起が出現して伸長する。そこから黄色のはねが無数に生えていき、翼へと姿が変わる。自身の二倍以上はある翼を広げてノクスはそのまま羽ばたいて見せた。フィーアの時のようなおかしな挙動ではなく翼本来の用途で飛んでいる。

「植物の翼?」

 輪郭部分は根、翅を葉と見ればまさしく植物の翼である。問題なのは、少なくともスイの頭の中には存在しない伝承の存在ということだ。しかしながらスイの中でノクスはすでに例外の塊だ。すんなりと受け入れた。

 それどころか、ノクスの色香に惑わされていた。黄昏の日差しのせいか、髪も翼も金色に輝いている。神々しさと愛しさを感じざるを得なかった。

「スイ、行くよ」

 ただでさえ容姿は整っているのに幻想的な雰囲気まで手に入れるノクスをスイは誇らしく思う。

 ノクスは翼で、スイは風で飛行しながら降下する。

「そういえばさ、物質化と具現化の違いって何?」

 スイの不幸の原因を将校試験と捉えたノクスは、仮想敵であるグアとルフについて知ろうとする。特にルフについての質問だった。

「リアニマのステージからくる効果範囲の違いね。物質化は肉体から直接放出して指向性を制御するのが限度なの。心象世界の具現化の効果範囲は辺り一帯。空中で生成して射出、その後に地面に落ちたら吸収とか可能なのね。だから体力消費が少ないわ。加えて、肉体から射出する必要がないから空間から具現化できるし、落ちた後も効果範囲内なら指向性の付与が可能なのよね。他にも色々あるのだけれど、一言で言うと、格が違うわ」

 ――『剣』の人を倒した時のあれって知らず知らずに具現化してたってことなんだ。

 確かに格が違う。ステージが違うのだろう。それでもノクスは未だにグアとルフに対して、勝てると言い切れないでいた。

「格が違くても、僕は多分二人に勝てないよね?」

「それは練度の差ね。ここまで簡単ではないのだけれど、今回は掛け算と考えてみましょう。ステージは一つ違えば二桁異なるくらいの差。それで練度はノクスが一だとすると、二人は大体一万くらい。四桁の差。勝てないと思うのも無理ないわね」

 つまり二桁くらいは差があるのかとノクスは感じる。しかしながら、練度に関しては使徒のおかげでそこそこ上がっているはずとも思っていた。

「ステージは上げられないの?」

「ローがⅣだからⅣが最高なんじゃない?」

「なるほど」

 世界一わかりやすい説明だった。

「どうあれ練度が一番上げやすくて、分かりやすいわよ。リアニマは科学技術として、まだ完全に理屈立っているものではないから、限度とかは本当かわからないけれどね」

「なるほど?」

「例えば、どこから生み出される力かはわかっているの。でもね、なんで魂から生み出されるのか、は分からないのよ。脳構造で感情は未だに完全に理解されているわけではないところ、かもしれないわね、って」

 頑張って考えていたノクスの頭は熱くなり、知恵熱で沸騰しかかっていた。スイは着地と同時にノクスの金色の頭を撫でる。

「まぁ、使えれば変わらないわ。利用者に大事なのって、理屈よりも性能とか見た目とかだものね」

 スイに撫でられながらノクスは頷く。

「とりあえず、どのくらい成長してるか見せてみて。ノクスは突然成長するから、どのくらいできるのか私でさえよくわからないのよね」

 スイは小型ドローンによって100mほどの距離に、動くバルーンを配置する。

 ――六月五日の練度じゃ無理だね。でも、

 ノクスは集中する。思い出すはローの変換方法。ノクスは臨界深度:肆の「悪夢」を利用しようとしている。ノクスの悪夢はどうあれ狼。あの獰猛さを、凶暴さを、そして圧倒的な暴力の姿として具現化させればいい。魂から湧き上がる感情に己が悪夢の指向性を与える。憤怒を抽出して世界を蝕む。

「これは……」

 ノクスの悪夢が具現化してゆく。噛みちぎることに特化した牙。狼のうねる毛並みは鋭い鱗へと変換。翼は己が植物の翼を転用。具現化したるは化け物の頂点。あらゆる生物の畏怖の象徴。「竜」。植物から動物まであらゆるリアニマの融合体であるノクスなりの竜を具現化させた。

 姿形は竜であるが、狼の悪夢から生まれ落ちた竜だ。ロー由来の■■■■■の要素を受け継いでいる。歯や鱗はどうあれ模倣品のため狼のものに過ぎない。しかしながら、暴力性はノクスの想像通りのものを持っている。

 バルーンはもたらされた熱波によって破裂。黒いドローンすら吹き飛ばして、白い街は赤熱する。超強固なアニマニウムの建造物たちにさえも被害を与えるほどだった。

 ――もう悪夢でスイを傷つけない。

 それほどの威力を以ってしても、具現化のため発動後は吸収。変換熱はそこまで出ない。なんなら先ほどの知恵熱の方が熱いまであった。

「ノクス、もう練度なんかいらないんじゃない? 火力で押し切れば大抵の困難は突破できるわよ」

 スイは憐憫の眼をノクスに向ける。おそらくノクスのリアニマの臨界深度は、弍は異形の翼の化け物で、参は水銀だ。故に、なぜかローの雰囲気を感じる暴力の化け物である先ほどの竜、これこそが肆の悪夢ということになる。リアニマとは魂の形を表象化させるものだ。肆をローで埋め尽くすほどの何かをノクスは受けていることになる。歳からして七年前のナイトメアたちとは関係ない、と邪推するスイだった。

「必要だよ」

 ノクスは薄々感じていた。おそらく失敗した時に自身の悪夢であるローが殺しにくるのだと。どれほどまでにローが善性の存在だとしてもそこは変わらないと確信していた。そのため、常に目標は最強のロー。打ち勝てなくても逃げ仰るほどは欲しかった。

「そうなのね。じゃあ頑張りましょうか」

 ノクスの数々の謎に困惑しながらも、育ての親となることに決めたスイはノクスを導いていく。

「とりあえず、変換効率を上げていきましょうか。具現化だから良かったものだけど、あれが物質化だったら体力尽きてたわ。要は変換効率が悪いのね。これは回数がものを言うからバルーン練習ね。基本は近距離のものを最低限の力で破裂させる感じで。それで難易度上げるために遠くにもたまにバルーンを生成させるから、その時だけ瞬間的に火力を上げてみなさいな」

「ありがとう」

 ――何も聞かないでくれて。

 ノクスは自身に起こっている時間遡行とも呼べる現象のことを異常とわかっていた。だからこそ、これがスイを危険を晒す可能性が高い。使徒も何が目的でそのような現象を起こしているかわからない。味方っぽい物言いだが、怪しさはその味方感すらをも塗り替えるほど高い。だから自分だけで頑張る他ない。ノクスはそう結論づけた。

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