第18話 将校試験二回目の顛末

 ノクスは苦節千kmほどを一時間程度かけて走った。己が体を燃やしてただただ速く走った。ひたすらにひたむきにわき目も振らずに走った。そして到着する。バリケードを抜けて入場し、さらに走る。

 そこに映っていた光景は狂気に溢れていた。嘆きながら、喘ぎながら、怒りながら虚な眼で痙攣する子供立ちがそこらで散らばっている。ノクスが声をかけても意味はなく、触ってみても反応はなく、しかし攻撃したらモノリス化した。

「スイがいない」

 ノクスの焦りに満ちた言葉が迸った。


 ノクスが中心についてしまう。そこには二体の化け物の死骸とロー、そしてスイがいた。スイの魂は溶けていて、狂気に犯されていた。ローはその魂ごとスイを貫いた。

 どこか幸せそうに死にゆくスイに対し、ローは悲しげな顔で葬送する。

 ノクスはその光景を傍観した。届かないのはわかっていても、走り出せなかった。あまりにもスイの状態が酷く、殺された方がマシかに思えてしまったからだ。だけど、それでも、スイはノクスの生きる意味なのだ。

「ロー!」

 ノクスは慟哭する。スイが殺されてからやっと足が動き出した。

 下唇を噛み締めて睨んでくるローの顔が見えた瞬間に動きが止まる。四肢が痛い。

 具現化された狼の頭蓋たちがそれぞれノクスの四肢に噛みついて離さない。

「どうしてだ」

 呟くような言葉がローから放たれた。

「お前がいながら、何でこんなことに。こんな未来、視ていない」

「何でまた! お前が殺すんだ!」

 ノクスの怒号に、堕ちて白く染められた瞳孔の眼のローが虚なまま返答する。

「俺が殺したくてそうしていると思うか?」

「そんなことは関係ない!」

 だが、ノクスの声はローには届かない。

「お前を見た時に視えたんだ。幸せそうなスイの姿が。だから一緒にいさせたっていうのに。何で、何でこうなった⁉︎ なぁノクス。この顔が同胞を殺したい奴の顔に見えるか? なあ!」

 ノクスが発言しようとするが、狼の頭蓋を具現化させてノクスの喉を締める。

「俺のせいか? どこを間違えた? ない。そんなもの。努力は欠かさなかった。ないんだ。俺は間違っていなんかないはずなんだ」

 ローの眼には白い狂気が内包している。辺り一帯の狂気を収集しているようにも見える。ローの狂気に満ちた言霊がこだました。

 ――全員が狂気に犯されている、の?

 ノクスの考えの通り、ノクス到着前に試験会場にいる全ての子供たちは発狂していた。それはローも例外ではない。確かに彼の眼には白い狂気が棲んでいる。しかしながらそうは言っても、別にローに狂気に対する耐性が特別にあるわけではない。人間からどれだけ卓逸していても、ローの耐性は人間の範疇までしか逸脱しない。

 ノクスの首が噛みちぎられていく。ローは顔を右手で覆って呟いている。この場で変化するのはノクスの生死だけとなった。

 己が首の砕けていく音が聞こえる。己が血管が破裂する感覚に浸される。己が意識が肉体から乖離していく。

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