第17話 元帥との対談。そして、

 チョーカーによって視界の中に行き先が示されて、ノクスはその通りに進んでいく。中は小型ドローンが行き来しているものの、独房のように並べられた部屋しかなく普通に刑務所に見えた。しかしながら人影はない。

 階段を登り、廊下を歩き、差し示された部屋に入る。そこは人二人分の大きさに椅子が一つしかなかった。しょうがなく、ノクスは備え付けられた椅子に座って待つ。

「待たせたね」

 元帥のその言葉と共に壁が熱量吸収して、元帥本人が姿を見せる。白色の髪と髭に厳格な顔立ちに似合わない笑顔、カリスマ性を感じさせるような存在感に安心させるほどの包容力。一挙手一投足が偉人だと物語っていた。それでいて、不思議と悩みを打ち明けやすい。そんな雰囲気を兼ね備えている。

「ほう、変わったね、ノクス。目的を持ったようだ。けれども足らないものが沢山あるだろう? ノクスのためになることなら、全て打ち明けるよ」

 熱量吸収のおかげで部屋が普通のサイズになる。お菓子とジュースの置いてある机を生成させて、ノクスの対面に元帥は座った。

「じゃあ、本当に素直に聞くのですけれど、ナイトメアってなんなんですか? 全て教えてください」

「とても気分が悪くなるぞ。その覚悟があるのであれば、」

「あります」

 ノクスの覇気に元帥も少し驚いた。この子ならば受け止められると経験が言っていた。

「そうさな。まず、アインスナイトメアはフォースカタストロフィーと呼ばれている。これはこのマルクトが子供の王国になった由来だ。それは七年前の七月七日に起こった四番目の大災害にて子供達の最悪の悪夢と言われる。なぜなら、ほぼ全ての子供達は兄や姉、何より親を失った。マルクトを六割を地獄に堕としたせいで都市内は蹂躙じゅうりんされて、逃げおおせたのは七歳未満の子供達だけ。そのため、残った子供たちが都市を動かさなきゃいけなくなった。

 ここで大変なのはルインダーという怪物たちだ。元々地獄の穴から出てきていた怪物ではあったが、普通の銃火器で対処できた。しかしながらアインス後は違った。再生能力、攻撃能力、排出総量全て指数関数的に増えていく。ロー以外誰も対処不可の代物に成り果てた。何せ、リアニマできるのがローだけだ。残った大人たちは守ろうと必死だったんだろうよ。ローの代替品がどうしても欲しかっただろうな」

 元帥の魂が揺れる。溢れ出す感情を発露させにようにと踏ん張っていた。

「故の人体実験。それがツヴァイナイトメアである事件、アンハッピーバースデイ。ローのリアニマ跡地から極限状態でリアニマすることを突き止めた。だから、子供達を騙して地獄に送った。結果は惨憺さんたんたるものだったよ。生き残ったのはリウムだけ。それも地獄でローがツヴァイが起こったことに気づいて、怪物の中から助けてくれたから生き残れた。それだけなんだ。……ノクス、この後を聞く覚悟はあるか? ここからが何よりも最低であり、スイが不幸に見舞われた原因だ」

 今の元帥はノクスに少し疲れた印象を与えた。事実燃えたぎるような怒りが魂に隠されている。子供達の不運に対して本気で怒っているのだ。この事実を知ってノクスは元帥を信じる。リウムから聞いた通り、いい人であった。

「もちろんです」

「では話そう。子供達と言ったが、それは一つだけ忌々しくも基準があったのだ。それは、兄弟がいることだ。なぜか」

 元帥はあからさまに目線を落とす。魂の揺らぎが分かるとはいえ、ノクスにはその理由までは分からなかった。

「それは、片方を戦場に送り、もう片方にその光景を見せるためだった」

「は?」

 ノクスの憤怒が吹き出した。眼の瞳孔が黒く染まって揺らめく。

「それは人間が行った行為か?」

 敬語なんて抜け落ちた。白黒の世界で侵蝕する。白い壁をさらに白く、お菓子やジュースも白く、元帥すらも白く染め上げ、輪郭線のみを黒色にする。

「そうだ。ローが拷問して聞き出した。だからね、ノクスがそこまで怒る必要はないんだよ」

 元帥はそう諭したが、ノクスの中で辻褄が合ってしまった。

「スイなんだろ? 生き残ったのがスイ一人で、ドライナイトメアが作られた。つまりはそいつらは僕の敵だ!」

 ノクスが化け物に近づいていく。眼の輝きは鮮やかになり、溢れ出す感情は可視化される。それでも元帥はただただ冷静に言葉を紡いでいく。

「勘がいいね、ノクス。そう、光景を見せられた会場で子供たちがなぜか発狂死する事件が起こった。これが三度目の悪夢、ドライナイトメアの事件名:インサニティヴィジター、。ローが助けに入った時には、多くの子どもが発狂死する中で、スイが何かに覚醒してしまっていた。スイ以外全員死んでいたらしい。ローですら何が何だか分からなかったんだ」

「僕が殺す。僕に、殺させて! どんなふうに死んでいったか教えてあげなきゃダメなんだ!!」

 無彩色の中で唯一ノクスの緑色の虹彩が世界を侵蝕していた。その虹彩は土星の輪のように廻っている。

「殺せないんだ、ノクス。もう、擬似的な死が与えられている」

 ノクスの憤慨振りに、スイ一人分の憤怒でなさすぎる強大な感情から、元帥はノクスの存在に近づく。

「だから、何? 擬似的な死ならまだ殺せるんでしょ? スイから聞いたんだ。ホムンクルスは死なずに魂の鍵になるって。つまりまだ殺せるはずでしょ。殺すべきだ!」

 ノクスは牙を剥き出しにして、唾を飛ばし、熱によって陽炎を生み出す。

「そうだね。多分、ノクスにはその権利があると言われるべき存在なのかもしれない」

「じゃあ!」

 獣のように吠えるノクスに覆い被せるように元帥は言い放つ。

「命を蹂躙した者と同じことをしても、現実も過去も変わらない。誠に残念だが、自身の憤怒の発散という未来には意味が存在し得ない」

 燃えるように怒っていたノクスに正論がぶつけられた。それだけならば暴力が行使されたかもしれない。しかしながら、

 ――なんでそんなに怒ってくれるんだよ。

 元帥はそれ以上と言わんばかりに怒りを露わにしていた。魂から悍ましいほどの憤怒の感情が見て取れてしまう。

 ノクスは理解してしまう。最高権力者である元帥ならばノクスのやろうとすることが可能であり、それを必死に我慢してきていることに。

 それでもなお、怒りは沸々と湧き上がり続ける。

 どうにかして鉾は納めた。だが納得する気にはならなかった。

「無礼をすみません。その人たちはその後どうなったんですか?」

「ありがとう、ノクス。その時のローは相当怒っていたがために、同じくらい悍ましいことを行った」

「具体的にお願いします」

 食い気味なノクスに躊躇いながらも元帥は詳細を語る。

「……そうさな。一人ずつ拷問をした。12人全員が完全に同じ供述をしたことを確認してから、爪・皮膚・血管を剥いで死ぬまで放置した。加えて、彼らの魂の鍵は冷凍保管中だ」

 元帥は怒りのままに話を続ける。怒りながらも、語彙には出ながらも、冷静に取り繕っていた。

「結局、だ。これらでわしとローは何も得られなかった。拷問した時点で事件の概要と動機は完全に把握できていた。本当にただ時間を浪費しただけだった。ローは大きなため息を吐き捨てて、『意味なんて無かった』と言い放った。わしらは未だ彼らへの憤怒は消えていない。現実では、その間に救えた命を取り逃がしたのだ。故に、憤怒の発散は意味がない。これで理解しろ、ノクス」

「……そうですか。ありがとうございます」

 ローも元帥も超人だと思っていた。そこは変わらずとも、二人とも人間であった。理由は不確定だが、ノクスは三つのナイトメアの事実を知って心が軽くなった。

 しかしながら、ドライナイトメアがスイが起点となっていて、理由が不明だということしかわからなかった。この施設に入ってくる前の結論はそうなった。

「それからというもの、わしらは人命の救済に尽力するようにした。都市を回すことは感情なき合理的なAIにさせるようにした。そして非人道的なことは徹底的に排除して、マルクトはなんとか回っている。これが三つのナイトメアの概要で今のマルクトになった経緯だ。これで足りたかの?」

「少しだけ足りないです。ドライはなんでスイなんですか?」

「結論は未だ出ておらぬ。しかしながら、こういう場合はそもそも理由なんて存在しないことがあるのだ。円周率が3.141592……のようにそういうものと考える他が無いことも、この世界には腐るほどある」

「そう、なんですね」

 ――理由なんか無く、スイは狙われている。

「なんで覚醒していたか、少しもわからないのですね?」

「そうだな。少なくとも七年前のローには理解できなかった。今なら可能性があるかもしれぬ。とは言っておこう」

「元帥、ありがとうございます」

 ローに聞くしか無いのであれば、と思い当たったノクスは立ち上がり、帰ろうとする。

「待ちたまえ。ノクスは、どうなりたい?」

「スイを守りたい」

「それは短期的な目標、『どうしたいか』にあたる。もっと長期的なことだ、ノクス。お主はどんな人間としてこの世界に在りたい?」

 ――世界。僕の世界に、スイ以外が必要……? 僕は、まず、世界自体がどうだって良くない?

 根本的な問題にノクスは頭を悩ませる。そんなノクスの頭に大きな手が添えられる。

「まぁ良い。じっくり悩むのだぞ。人間として大切なものだ」

「そうですか?」

「そうだ。無い者は欲しいもの、守りたいものを失う」

 偉人の重い言葉がノクスにのしかかる。

「そう、ですか?」

 ノクスは実感が湧かずに聞き返した。

「そうとも。人生の指向性が正確に鎮座していないと、進む方向すら分からなくなる」

「そうですか」

 生まれ直して数日のノクスには早すぎたのか、受け止めきれなかった。

「神妙になりすぎたね。長い人生だ。その大切さはいずれ分かる。でもね、ノクス。早いに越したことはない。14で成人だ。そろそろ人生の分かれ道になる故な」

「お言葉、ありがとうございます」

「では、良い旅路を」

 元帥との面談は終了した。行きとは違う道で施設から外に出ていく。その道の中でノクスは思考していた。

 今回は多くの知識がノクスを襲った。ナイトメアの歴史と残虐性、ローの人間性と不可解な挙動、元帥の道徳心と求心力の正体。その全てがノクスを悩ませる。

 ――過去って大切なのかな?

 多くの過去を知った。おそらく自分の成り立ちとも言える事実があった。それでもなお、ノクスは過去に興味がわかなかった。正確にいうと、過去が大切と言ってしまったら、今この現実を蔑ろにしている感覚に脅かされるから嫌だった。「だって、今頑張ればいいじゃないか」と考えているから。それはノクス自身、自分の前世が嫌いだったためだ。

 複雑な気分に苛まれたまま施設を出ると、リウムの声がする。

「長かったね! ノッチン」

「元帥は凄くいい人でした。スイのためにあんなにも怒ってくれるなんて」

 どこか虚なまま思いの程を打ち明けたノクスに対して、リウムは納得したかのようにさらなる事実を覆い被せる。

「ナイトメアについて聞いたんだ。まぁ、元帥も怒るよね。だって、自分の孫たちが実験体にされているんだもん。スイのためもあるかもだけど、やっぱりそこらへん引きずってるんじゃないかな?」

 その事実に対してノクスは当然の如く困惑した。

「何で? だって元帥は元帥じゃないの? 最高権力者じゃないの?」

「それはここ七年の話だよ。どこまで聞いたか知らないけど、七年前くらいの軍の人間はモノリス化しているか、ローくんに殺されているか、元帥かなはずだから……つまり、とにかく! 七年前は元帥もちょっと凄いただの軍医だった、ってローくんが言ってた」

 ノクスはより納得した。思ったよりも元帥も人間で、凄さの格はそのままに尊敬と信用が積み重ねられる。

「そうなんですね」

「うん! 信用できる人だったでしょ!」

「はい」

 ノクスの本音だった。七年で巨大な都市のトップに立ち、悪を制して、都市を回している。姿から醸し出される雰囲気も洗練されてきた精神も魂から出される感情の年季も何もかも信じさせるだけの高尚さがあった。

「これで私も帰らなきゃ。ノッチンはどうする?」

「リウムさんは何かあるのですか?」

って知ってる? これ」

 そう言ってリウムは注射器を出した。何の変哲もない普通の白色の注射器に赤紫色の液体が入っている。

「これを自分に注射することでパワーアップするらしいんだけど、一時的だし、フクサヨウで吐いちゃったりするらしいから禁止されてるんだよね。それがカミのマナコの監視外で蔓延しているらしいから、それの制圧が任務! 場所と時間はローくんがあらかじめ言ってくれているから、そろそろ出発しないと。じゃあね!」

 リウムは嵐のように来て嵐のように帰っていった。第六感の範疇を超えているだろという心を押さえながらノクスは試験会場である北側のスラムへと目をやった。

「これで何もないといいけど」

 そんなノクスの声に呼応するかのように、ノクスでも目視できるほどの超巨大な物体が具現化する。黄色のカーテンが頂点からうねるように見える。そう形容すべき何かが試験会場に鎮座していた。

「どうして……」

 そして空中より化け物が飛翔していく。ノクスは圧倒的威圧感からすぐにローだと勘づいてしまう。

「スイ」

 溢れるように言葉が出る。そして、ノクスは走る。嫌な予感を払拭するために。忌々しい光景を見ないために。過去を現実にしないように。

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