第16話 リウム視点のロー

 リウムの専用ドローンはスイのものとも、ローのものともかけ離れていた。

 部屋を半分にして左右対称のベッドと机と椅子がある。片方は黒をベースにした家具たちであり、殺風景とまで言えるほど何もない。

 問題はもう片方だ。茶色ベースがリウム仕様なのはノクスにも理解できる。

 だが、写真立てやポスター、あろうことかグッズなどが沢山並べられていた。どんなイケメンか、と全て確認するが、その全てがローが元のものである。

「リウムさんはロー少佐の狂信者なのですか?」

「キョウシンシャ? よくわからないけど、ローくんのことは世界で一番好きだよ。見ての通りね!」

 あんな化け物のことが好きだと言ってのけるリウムに、ノクスは少し引いていた。自信満々に言われるものだから疑いはない。

 でも、好きになるような人物なのかとノクスはどうしても思ってしまう。四回も殺されているのだから当然だが。

 それよりも疑問に思ったのはローをくん呼びしているところだった。

「ローくん?」

「あ〜。いつもの癖でね。ローくんとは幼馴染なんだ。ツヴァイナイトメア、通称:アンハッピーバースデイ。ノッチンは聞いたことあるかな? とりあえず、これの生き残りが私で助けてくれたのがローくんなんだ。それがお互いに七歳の頃だから……そろそろ七年になるのかな?」

 ローの人間味にノクスは解釈違いを起こす。ノクスにとってローは殺戮者だ。

 他のどこかでどんな善行の限りを尽くそうとそこは変えられないし、変えたくすらない。それが故に、ローは悪であって欲しかった。悪だから殺しにくるのだと思いたかった。

「この事件はししょー、もうとにかく凄くて! うじゃうじゃいる怪物の中を私を守りながら助けてくれてね! ………………(中略)」

 興奮しながら捲し立てるように早口でリウムは、当時のローの活躍ぶりを語る。

 悪が故にローを敵対していると思い込みたかったが、ローは悪ではなかった。なんなら正義側の人間として存在している。

「ロー少佐はどんな人なのですか?」

 故にノクスはそんな質問をした。悪の方面があれば今までのことを説明できる気がしたのだ。

「(中略)………………それでね! ……ん? それって他の人視点? 私視点? どっち、ノッチン?」

 リウムはそこまで頭良くはない。しかしながら、勘の良さは侮れるものではなかった。それは第六感のおかげである。故にノクスのローへの恐怖心は勘づいていた。

 それはリウムには理解し難い感情であるが、そのためか、リウムの好奇心が刺激された。

「どっちも欲しいです」

「じゃあ、他の人目線からね。これは簡単。畏敬すべき存在! 最強とはローくんのために存在しているって私の部下が言ってた。業務量も勲章量も凄い量。だからこそ、怖がられるだけじゃなくて、尊敬されるんだよね!」

 リウムは声高らかに宣言する。それはマルクト市民がローのことを英雄視している現実だった。

「私は、ローくんのことを敬愛しているんだ! 敬ってるから『ししょー』って普段は言ってるし、愛しているから唯一『ローくん』呼びが許されているの。何より大切な人たちのために無限に頑張る姿がかっこいい!!」

「愛していたら呼び捨てが許されるの?」

 ノクス自身も驚くほど非常に冷たい声色が出た。

「ん? ああ、言い方が悪かったね。私もローくんに愛されてるの。本人はまだ認めてないけど。約束もしてもらったし、秘密も教えてもらったし、なんと家の鍵も持ってるんだ!」

 ノクスは思わず大きなため息を溢す。ローはちゃんと人間で、なんなら褒められるべき人間で、悪なんかではなかった。

 何よりも、スイと初めて会った時、スイからローに送っていた感情がまさに『畏敬』だった。

 思い違いをしていたのは自分で、本当の悪は殺されるだけのことをした自分なのか。その様に錯覚するほどのローの善良性に打ちひしがれていた。

「怖い夢を見たんだよね。確かに目つきの悪さと言葉足らずなところが数少ないししょーの欠点だからね。誤解することはあるかもしれない。でもね、ししょーは頑張っている人が好きだから、何かに頑張り続けているノッチンのことも好きなんじゃないかな? 私も口下手でごめんね。簡単にいうと、ローくんはノッチンの味方だよってこと!」

 ノクスは頑張っていたのも分かられたことに少し気恥ずかしくなった。だけれど、一番は「ローのことを味方だと理解しなければいけない」と感じてしまった自分にびっくりした。

 それは、リウムが純粋にも純然たる完全なローの現実を語っていたからだ。リウムには一欠片も魂の揺らぎがなかった。どんなに気持ちが追いついていなくても、どこにも否定できる材料がなかったのだ。そこまでされたのなら信じざるを得ない。

「そろそろ着くね。大丈夫! 元帥は私よりも凄く頭良くていい感じのアドバイスしてくれる人だから安心して! 私はここら辺で待ってるからね!」

 酷く落ち込んでたノクスにリウムは背中を叩く。大きな声で明るい表情で眩しい笑顔がノクスを送る。事実全てがノクスの心を貫いたが、自然と気持ちは軽くなっていた。

 ――でも、何を聞けばいいんだろう?

 一番謎な「何度目か分からない人生を送っていること」を正直に聞いていいはずがない。ジェネス教はどうなっているのか。本当に楽園は崩壊してしまったのか。大人の影が見えないのはなんでか。

 頭の中がグルグルとまとまらない感覚に浸された。

「大丈夫だよ! ノッチン」

 それをリウムが解除する。どれほどの時間を思考に費やしていたかはノクスにはわからない。

 振り返ると太陽のように光るリウムの笑顔が待っていた。スイを守るという使命がなければ、恋という色欲に犯されるほどの熱がノクスの心臓を波打っていた。

「リウムさん、ありがとうございます。気持ちが纏まりました」

 ノクスの目が据わり、リウムに笑顔を送る。

「良かった。私、頭良くないからさ。なんか良さそうで良かった! じゃあね、頑張ってね! ノッチン!」

 ――ローも好きになるのもわかるな。

 ノクスは自身の頬を叩いて、巨大な扉に手を触れる。それは、マルクト南部に構えられた複合施設、さらにその南端の軍部本部の扉だ。その中へと歩を進める。

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