第15話 死に戻り

 スイのベッドの上でノクスは目を開ける。徐に体を持ち上げて、頭・喉・腹を触るが穴は空いていない。そして、スイが何事ないかのようにタブレットを使用して、ノクスの教材を作っていた。ノクスの大事なものの全てが完全な状態で揃っているような気がする。

「スイ! 大丈夫だったの⁉︎ 僕も大丈夫そうなんだ」

 自分が生きている実感を得たノクスは、いの一番にスイの生存を喜んだ。しかしながら、スイの発言はノクスからするとおかしいものだった。

「急に飛び出してどうしたの? 悪夢でも見ていたのかしら、私は元から大丈夫よ」

「え? だって、ローに殺されて……」

 スイは正気だ。正気なのにノクスと話が噛み合わない。

「ふふ。残念ながら、今の私を殺す理由がないわ。ロー、外見も存在感もあだ名までも怖いものね」

 ノクスは現実の不可解性に混乱しながら涙を流す。そんなノクスをスイが優しく包みこんだ。

「大丈夫よ。それは多分悪夢。現実では私は生きていて、ローは敵じゃない。安心なさいな」

 「だって、だって、」と言いながらノクスは泣きじゃぐった。

 

 ひとしきり泣いたノクスも、チョーカーの機能によって現在時刻を認識する。

 ――……戻ってる?

「僕、将校試験受けたくない……スイ?」

 涙で腫れた上目遣いの美少女に気押される形で、スイはローに連絡する。

「そうよね。とりあえず、こういう時の専門家、元帥に会ってもらいましょう。私は流石に将校試験の試験官をしなきゃだと思うから……そうね、一応一番強い友達に護衛任せるからね。その子と元帥は安心できる人よ」

「うん」

 ノクスはスイの胸の中に収まった。安心した。スイは強くて、優しくて、そして美しい。それを再認識した。

 スイの温もりを感じること七分、嵐のように少女がやってくる。

「スイちゃーん。おっはよ〜!」

 軍服に身を包んだ茶髪の美少女が白いビルの上を走ってくるのが見える。なんなら声も聞こえる。手を振りながら走ってくるのが窓越しに分かった。

「すごい元気ね。あれがリウムよ」

 リウムは元気を溢れさせながら、ビルの上に降りていたドローンの扉を叩く。そしてドアを開けたことによって、スイが茶色の毛玉に包まれる。

 リウムのリアニマは犬であり、ケモ耳と尻尾のようなポニテがトレードマークである。

「スイちゃん最近元気なさげだったしさ、何より直接私に頼ってくれて嬉しくて、つい」

「そう、ね。感謝しているわ。今回はノクスをよろしくね」

 スイは褒めたつもりはなかったが、リウムは気恥ずかしそうに頭をかく。そのおかげでノクスはリウムから離れられた。抱きつかれていることには変わりがないが。

「それでノクスくんね。ん? ちゃん? まぁいいか。ノッチン、元帥に会いに行こう!」

 ノクスの一応ある胸の膨らみからくる違和感を抱きながら、リウムは手を繋いで出て行こうとした。

「せめて自己紹介くらいしてあげて。ノクスはまだ軍人になって間もないから」

 リウムのいつも通りの天真爛漫度合いに呆れ返るスイだった。

「私はリウム! ローの側近にしてマルクト第三位の実力者!」

(こら。ローに襲われる悪夢見てたんだから、そこ伏せなさいって言ったわよね!)

 気を利かせてたスイの行為を無為に帰すようなリウムにスイは小声で注意する。

 ――ローの側近! ……でも。

 ノクスはそんな様子を見て、彼女の魂の揺らぎから、リウムは天然な人だと確信した。悪意が存在し得ない。故に信用できる。

「リウムさん。よろしくお願いします」

 ――スイは僕のせいであんなことになったんだと思う。僕、大丈夫だったし。だから、離れておけば多分大丈夫。使徒がもう一度の権利をくれたんだ。頑張ろう。

 ノクスはスイのおかげで調子を取り戻し、リウムのおかげで元気をもらった。ノクス自身、今の悩みを元帥に打ち明けて良いのかわからなかったが、前向きに進めるようになった。

「じゃあ、ノッチン行こう!」

「うん!」

 リウムはノクスの手を引いてリウム専用ドローンに入る。スイは和かにノクスを見送った。

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