第8話 スプライサーとしてのステータス

 夜も老けてきたというのに、あいも変わらず空は黄昏の刻を示している。研究所から出る頃に二人は黒いドローンに向かい入れられた。

「さぁ入りましょう。ここが私のドローンよ」

 スイが呼んでおいた専用のドローンは、ローのものより遥かに色々なものがあった。一つの部屋といってもいい。

 化粧台にベッドや机と椅子、加えてそれらにはキャラクターのグッズが綺麗に並べられていた。所謂、女子の部屋と呼べるものだった。

 戦場に出ていると高位の軍人は自身の家よりも専用ドローンの方が滞在時間が長くなる。それは広大なマルクトを守護するにあたって、東へ西へと移動してルインダーを狩るためだ。そのため、ロー専用のドローンに殆ど何も改造が行われていないことの方が異常なのだ。

 軍人にとって専用ドローンはステータスで、中身を見せつけて自身の承認欲求を満たす場でもあるのだから。

「凄い! 可愛い! おしゃれ!」

 ふふん、と満足げな鼻息を鳴らすスイと、興奮によって椎茸目になってはしゃぐノクスだった。

 ノクスも外見だけは美少女である。あどけない二人の交流は百合色で世界を彩っていた。

 両性具有だと男と女どちらに趣味が寄るのだろう、なんて考えているスイに質問が返ってくる。

「結局僕はどうだったの?」

 研究組織に行って、結果が返ってきているのだ。今まで雑談でノクスの興味をひけていたことが凄い。

 残念ながらノクスには能力がある。スイにはノクスと使徒との関係は知らない。

 しかしながら、それ抜きにしてもスプライサーしてのステータスが高すぎる。聞けば確実に戦場に出ることになるだろう。力あるものには戦う義務があり、ノクスはその中でも選りすぐりの星なのだから。

 故にスイは教えたくなかった。「愛しい」そう思った存在を、言葉そのままの地獄になんて行かせたくなかったのは至って普通の感情だ。

「そうね。ノクスはさ、どんな人間になりたいの?」

 ノクスにはスイの答えてほしい言葉がわかっている。要は「隠居しよう」でスイの望みは叶えられる。そう、このひと時だけならば。

 別の世界状態のノクスはことごとくスイを失い、そしてまた絶望して殺される。その感情を使徒に与えられた。

 ――無知な僕はスイの愛を受けて、そして失ってきたんだと思う。だから、今はスイを不安させてでも。

「スイのことを守れるくらいに美しくて格好いい人だよ」

 ノクスも当然戦うことは怖い。それでも、ノクスは覚悟を決めてある。ウェルが言っていたように、ノクスはその魂で初めて戦うことを覚悟したのである。

「……そうね。そうよね」

 スイは自身の頬を叩いた。愛しいと思うのであれば、仮に自分がいなくなってもちゃんと生きれるように、ノクスに道を示すべきだと思った。そこに自分の嫌だという気持ちは関係ない。スイ自身も立ち止まった足を動かすことを決めた。

「じゃあまず知識から入れていきましょう。最初に、スプライサーもしての強さというものは二つのステータスによって決まるの」

 スイのノクス教育活動が始まる。迷いながらも進むことを決意した。

「それは、『ステージ』・『臨界深度りんかいしんど』。私たちはステージⅣで臨界深度は。どちらも四段階目ということね」

「四段階目ってどのくらい強いの?」と当然の質問をするノクス。

「当然の質問ね。最高レベルよ。ステージがⅣなのは三人のみ。ロー、ノクスそして私だけなの。臨界深度が肆なのは私とノクスだけよ」

 ノクスは当然の如く困惑した。この言葉振りでは、見ただけで化け物と確信したローが臨界深度ではスイに劣っているということになる。

「ローの臨界深度は肆未満ってこと?」

「そうなるわね。あいつ、弍だけど最強なの。つまりローは例外。それでいうとノクスも例外なのよね。正確には、壱・弍・参・肆なの」

「ふぬ?」と疑問が深まるノクス。

 言いづらそうに頭をかきながらスイは話を続ける。

「臨界深度というのは魂の形の種類分けの側面が強いのかしらね。基本は一つなのだけれど、ノクスは複数持っているわ。ちょうどいいしノクスで説明すると、壱の名称は単純強化系。そのままね。力が強くなるわ。弍の名称は動物共鳴系。ノクスはトカゲね」(トカゲにしては少し怖かったけど)

 少しの空事ののちに教育は続けられた。

「参の名称は物質共鳴系よ。ノクスの場合は水銀。そして肆の名称は下級幻想系。ノクスは……」

 スイは少し伝えていいものか悩んだ。いや、悩んでいた。なぜなら、それがあまりにも最低だからだ。

「『悪夢』よ」

 その言葉にノクスは色々と腑に落ちた。魂の形が複数あるのも、最後が悪夢なことも自分らしいとさえ思っている。

「……驚かないのね」

「だって、強そうじゃん」

 ノクスのこの言葉は本心だった。これから未来を変えていくにあたって、自分に与えられたものが強ければその方が良い方がいいに決まっている。それがどんなに皮肉じみたものであっても、それを乗り越えてゆくだけの覚悟があった。

「ノクスが気にしないなら、気にしないのが一番だわ。その人のみの特徴だもの」

 ――特徴。そんなに綺麗なものではないけどね。

 ノクスは理解している。自分が子供たちの悪夢の権化ごんげだと。故に自分こそ相応しいとすら思っている。

 しかし、スイはそうも言えない。魂の形が悪夢ということは、今までの人生がそうなるまでのことであるはずなのだ。ノクスは誕生経緯から間違っていないのだが、スイは否が応でも気を使う。

「次にステージね。これはどのくらいの火力が出せるのかの指標。だからこっちの方が強さの指標と言ってもいいわ」

 ノクスはまた不思議に思った。自分・スイ・ロー、これが同じ強さの指標だと言っているのがおかしい。自分は弱い。これはいい。しかしながら、スイは強い。そして、ローは格が違う。

「僕とスイとローが同じなの?」

「そうね。これも当然の質問よね。まずローについてだけど、あれは最強という概念とすら思っていた方がいいわ。私もなんでローがあそこまで強いのかはわからないの」

 ノクスはただローとは敵対しないでくれと願った。明らかに強さが測定不能。敵対したら死。最初に会った時からそう確信していた。しかしながら、四回目のローに敵意は無かった。そのため、現状は大丈夫であると安心する。

「ノクスと私は簡単。ステージの中でノクスは最下位レベルで、私は中くらいかしらね」(それでローが最高位だとしても計算は合わないんだけど)とスイの小言。

「因みにⅢの最上位とⅣの最下位はどっちが強いの?」

「Ⅳね。ステージの1の差は大きいから」

「ふーん。じゃあ僕、三番目に強いのかな?」

「理論上はね。でも、ステージの仮想敵はあくまでもルインダーだから、そんなに気にする必要はないわ。明日からはどうやって効率よく熱量変換権を使っていくか、同じく勉強中の私の生徒たちと一緒に学ぶことになるけど、いいかしら?」

 スイはノクスに血の気が多いと勘付いていた。男の子として闘争を求めるのか、なんて邪推してみる。ノクス視点はスイを守るために強くなるということに加えて、会った人が少ないだろう。そうなれば必然に相手はローになるという結論を出して、一人で納得した。

「ルインダーって、あの黒い怪物?」

 ノクスにルインダーという言葉は記憶には無かったが感情には残っていた。言葉にすれば自ずと感情が記憶を想起させてくる。

「そう、地獄の穴から来る黒い怪物のことよ」

 この言葉のスイの魂の揺らぎが嬉しそうすぎて、ノクスは首を傾ける。

「大丈夫。まず熱量変換権の使い方から学ぶから、相対するのは相当先になるはずよ」

 次の言葉には安心させようとする揺らぎ方だったために、ノクスは先ほどの違和感を勘違いだと思うことにした。

 色々と安心したらノクスは眠くなってきていた。

 振り子時計のように揺れる頭をスイは抱く。

「今日はお疲れ様。そうよね。急に色々なことが起こったら疲れちゃうわよね。おやすみ、ノクス」

 スイは自分のベッドにノクスを入れて就寝させた。

「おやすみ、スイ」

 ホムンクルスのスイの肉体は寝る必要がない。普通の使い方ならば、月一のメンテナンスが必要なくらいだ。

 ノクスが無事就寝したところでスイは、ノクスの寝顔を見て疑問符を浮かべた。

「なんでこんなに心が惹かれるのかしら。誕生経緯の齟齬や秘密があるのかしらね」

 ノクスのスイへの愛は別の世界状態からもたらされたものだ。

 では逆。スイのノクスへの愛はどこからもたらされるのか。それはスイ自身にもわからない。

 でも、守ってあげたい、助けてあげたい、幸せになってほしい、この感情は間違っていないと確信した。

「でもなんでわざわざ不死性を強調したのかしら。特別なの?」

 眠ったノクスにスイは疑問を投げかけた。当然返事はない。

 スイはドローンの窓を開けて黄昏の空を見る。そして黄昏る。

「この先何も起きなければいいのだけれど」

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