第7話 旅路の始まり
ノクスの検査の全てが一時間程度で終わった。
ウェル曰く最初の検査だけが異常があり、他全ては異常なし。つまり、健康体であるという証明をしていた。「かったりー」とのこと。
カプセルに空気が注入され、対して液体らしき物質は吸引されていく。空気が中身を占めれば占めるほど、ノクスは嬉しそうであった。
しかしながら、スイは疑問を持った。「ノクスがあまりにも人間らし過ぎる」と。先ほどは言われるがままにカプセルに入っていた。そこにはノクスの意志が無いようにすら見えた。しかしながら、今のノクスの顔は豊かであり、人間らし過ぎる。
しかし、スイはあまり問題だとは考えていなかった。ノクスの成長は急なことがあるという事にあっていたためである。
そして、カプセルの扉が開く。ノクスは扉が開くなり、スイの胸に飛び込んだ。そこまでは良かったのだ。
次にノクスはスイの胸の中で泣き出した。それは子供が泣きじゃくる様な感じではなかった。
ノクスは達成を喜んでいる感じだ。スイはそこまで感じられているわけではなかったが、軽く心配する程度の違和感は抱く。
(無事でいてくれて、良かった)
ノクスはスイに聞こえない程度でそう囁いた。
――努力しなきゃ。僕がこの魂を賭けて、スイを守る。
スイの胸の中でノクスの緑色の眼が光る。中心の瞳孔は黒く光り、何もかもを吸い込まんとするほどの漆黒だ。
「とりあえず大丈夫そうで良かったわ」
そんな事は露知らず。甘えて来るノクスをスイは優しく包み込む。
「カプセルは怖かったかしら?」
「……うん」
ノクスは少し嘘を混ぜた。怖かったのは事実である。しかしながら、その対象はカプセルではない。重縮した世界線によってもたらされた感情たちが、これから起こる不幸を指し示した事による恐怖である。しかしながら、その時の記憶はない。この世界線はまだ不幸は起こっていないが故に。
故にこそ、ノクスはこの世界の現状を知り、考え、突破する必要がある。
ノクスはスイやウェルを観察する。スイには差し当たっての危機が迫っている様には感じられず、ウェルには悪意や敵意、害意などの脅威たり得る可能性を持っていないとしか言えなかった。
「何だ? まじまじと見て。何か俺についていたか?」
ノクスの事情の知らないウェルからすれば、不審な動きをする子供だ。当然疑問が送られてくる。
「僕の親は誰なんだろう、かなって」
ノクスはふと頭に浮かんだ言葉を形にした。特別にこれといった考えがあったわけではない。この状況で普通の子供ならどういう発言をするのが自然か、それを無意識下で考えていた結果だ。
「くはは。百歩譲ってスイが母親なのはいい。だが俺は腐っても女。父親カウントはやめてくれよ、ノクス。やるなら、ローだな。気味もいい」
しかしながら答えは帰ってきた。ノクスは複雑な気持ちになる。スイは母親なのか。スイへと送る感情はそれを否定したかった。母親と呼べる関係なのか、と。そして、ローが父親なのか。ローには三度も殺されている。あの化け物が父親などと考えたくもなかった。
ノクスが複雑な気持ちの中、ウェルはことを進める。
「お前はリアニマが複数回、それもするごとにステージも臨界深度も上昇する特性を持っている。この現象に心当たりはあるか?」
「答えなくてもいいのよ」スイの優しい言葉が聞こえる。でも、
「なくはないです」とノクスは正直に答えた。
ノクス自身ですら、自身の成り立ちからくる現象か、使徒と名乗った青年によってもたらされた現象なのかわからなかった。何故、ノクス自身はこの世に生まれて一日も経っていない。
不敵な笑みを浮かべるウェルにスイは殺気を放った。
「ノクスを実験対象とする気なら私を倒してから考えて」
冷たい風が吹く。スイからすればウェルもローも狂っている。どちらも血も涙もなく実験材料としてこき使う想像が容易にできるのだ。ウェルとは一応友達のため、ある程度は信頼している。付き合いも長いため信じたいとさえ思いたい。しかしながら付き合いが長いからこそ、やりかねないと思えてしまっていた。
「落ち着けよ、スイ。解析は済んである。これ以上ノクスをどうこうするつもりはないさ。さっきのは単なる好奇心の現れだ」
「大丈夫だよ。ウェルさんには悪意がない」とノクスは間髪入れずスイに言った。
「ほう、ローみたいなことを言う。くはは。案外父親は本当にローなのかもな。相手の敵意などを観測する力『第六感』。戦闘向きの良い能力だな」
スイはその言葉を聞いて少し落ち込んだ。ノクスが戦場に出る気が無いならばスイも戦闘訓練をノクスに教え込まなくて良い。スイは晴れて戦場とは無関係になれる。そう思っていた。
そして、ノクスはスイの魂の揺らぎから本心を読み取った。
――スイは僕に戦ってほしくない。多分、スイ自身も戦場に行きたくもないのかな。
「僕、記憶が無くなっているので、マルクトの事情を知るのが先かと」
「くはは。笑わせてくれる。その眼は戦う覚悟の決まった眼だ」
ウェルは別に第六感を持っているわけではない。ノクスが明らかに10歳とは思えない据わった目でウェルを捉えていたからだ。
ノクス自身も戦う覚悟はとうに決まっていた。それは、怠惰という大罪こそがスイを、ノクス自身を不幸に追いやる元凶。この解釈が使徒と名乗る青年が言っていたというのがノクスの解釈だからだ。
「狂気が感染るわ。帰りましょう、ノクス。……さよなら、ウェル」
暖かな風が吹く。心地いい温もりの感触を確かに感じながら、ノクスはスイの手を握る。
「うん……ウェルさんありがとうございます」
二人はまたエレベーターに乗って帰っていく。スイの美しい手からは安堵の感情が伝わってきた。
――狂気が怖いのはわかる。でもね、スイ。君のためなら僕は狂気に堕ちても構わない、と思ってるよ。
ノクスの瞳孔が白く染まってゆく。スイには見えないように眼は逸らして。しかし、白い大罰は蠢動する。未来を変えるために。
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