第5話 ノクスという人間
二人が門をくぐり、中に入るとエレベーターの様な箱に迎えられた。その中に入り、命令通りに待つ。
どうやらこの研究機関は完全秘匿らしい。そのまま目的地まで運ばれていった。
最新の研究機関の内部を知れるという知識欲に駆られていたノクスにとっては残念な結果である。
「まぁこれから最新の技術に検査されるんだから、きっと面白いわよ」
スイの声によって目の曇っていたノクスは機嫌を取り戻す。
「そうだよね!」
エレベーターのドアが開き、白い光が二人を包む。ノクスは興奮しながらエレベーターから飛び出した。
そんな二人を迎えたのは大きな子供部屋程度の真っ白な空間だ。
光の中に飛び込んだら本当に光しかないなんて現象があるのかとすら思える。
それは、壁自体から発光しているために、輪郭線以外に色の違いが認識できないためだ。
「なんにもない?」
目を丸くしたノクスに対して、スイは微笑みしか与えられない。
直前のエレベーターの中ではスイの行っていた一般的な研究施設の話で盛り上がっていたのだ。
そこではカプセルが立ち並び、よくわからない複数の大きな機械で占有されていたものである。
スイですら初めての体験だった。こんなに埃一つも存在し得ないような空間だとは思ってもみなかった。
スイがノクスに対して言い訳を用意している頃に、左横の壁が熱量吸収と呼ばれる蒸発のような現象が起きて空間に奥行きが広がる。
熱量吸収はアニマニウムの生成能力の応用法の一つである。E=mc2の等式でアニマニウム内に吸収するというものだ。
その空いた空間には、スイの見知った顔があった。
「ローの奴、人間はそう簡単に準備周到だと思うなよ」
男まさりな発言に、ツンツンとした薄青髪のショートヘア、褐色の肌を包む白衣。SS地区で次期トップと囁かれている天才、ウェルである。一応少女ではあるが、声色や見た目だけだと少年と勘違いしてもおかしくない。胸の大きさを認識できないとしたらではあるのだが。
「思いのほか早かったな、スイ。そして、久しぶり」
「ウェル、随分と出世したみたいね」
「それはお互い様だろ? それで君が件の子か」
やっと最新技術を味わえられてあたりを見回していたノクスにウェルが近づく。少し屈んで超至近距離で眼と眼が合わさりそうになりそうになった時に、ウェルは立ち上がる。
「君は珍しい。赤紫って感じの色だ」
ノクスとその衣服には赤紫は存在していない。ノクスも自身を確認しながら話を聞いていた。
「ノクス気にしないで。ウェルは人を色で判断するおかしな人なの」
「ははは。占いみたいなものだ。気にしなくて良いぞ。まぁ来たまえ」
ノクスは少し不安げにスイを見て、スイの軍服の裾を掴む。対し、スイは微笑み返して言葉を紡ぐ。
「大丈夫よ。おかしな人は間違いじゃないけど、悪い人でもないわ」
ノクスはスタスタと音を立てて歩み寄り、ウェルの目の前に行ってお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
「応ともよ」
ウェルは横の壁が熱量吸収させ、カプセル分の空間を広げ、その中にあるカプセルにノクスを誘導する。
カプセルの中にノクスが入って扉が閉まると、内部に液体のような物質が充満する。ノクスの意識が肉体から離れて精神と魂に格納され、目が閉じられた。次いで軍服がチョーカーに熱量吸収されてノクスは裸となる。
「ノクスの正体、わかっているのか?」
ウェルは先んじてローからある程度のノクスの正体を聞いていた。スイの挙動からして、そのまま本当に親の気分でいるつもりでいるのならば、ウェルにも言いたいこともあった。
「なんとなく目星はついているわ。それでもね、彼女のことは人間だと扱っていくつもりよ。誰がどう言おうとね」
なんもわかってねー、と思いながらウェルは返す。
「ツッコミどころは多いが、お前がそれでいいなら俺がとやかく言うこともないか。……ああ、一つだけ。決めたなら、目だけは逸らすなよ」
ノクスがナイトメアの核であることくらいスイは重々承知である。
しかしながら、その存在に知性があるのであれば、人間だ。スイはそう思うことにしたのだ。
「逸らさないわ」
ウェルから見たスイの赤い眼の光は以前見た時より明らかに衰えている。どこか虚な感じかした。それはおそらくノクスについてではない。ノクスのことに関してはしっかり見据えている。ならば、などと考えているとシステムメッセージが発令される。
『スキャン完了。個体名:ノクス。種族名:人間?。年齢:???。性別:???。臨界深度:肆???。ステージ:Ⅳ。肉体・精神・魂の三要素:不確立?。魂の抽出不可。補遺:不死性を確認。魂の鍵システムへの移行不要と判断。加えて、魂の複雑性が観測不可』
「流石ロー。言ってたことがほとんど合ってた。どうだ? スイ。機械的には99.9%人間と言っている。しかし、それは近縁種と同じようなもんだ」
ローの推測の一致率とスイのしようとしていることに探究心がくすぐられたせいで、ウェルは笑みを浮かべた。ウェルのやっていることは思考実験のようなものだ。
「私が人間と決めた。それ以外にノクスを人間たらしめる物が必要かしら」
予感通りの発言にウェルから笑みが絶えない。対して、スイは旧友を蔑んでいた。ウェルの人間離れした探究心と倫理観は知っていた筈だったが、いざ目の前にすると癪に触るものだと知らしめされる。
「くはは。勿論、要らないとも。大体ノクスの権限全ては、スイに一任されている。故に、まずは認識の正常化だな」
スイの息を飲んだ音が静寂の白い世界に響いた。
「一つ、ノクスは普通の人間じゃない。亡き子供の魂の寄せ集めの具現化したような存在だ」
「やっぱり、保管中の魂の鍵が大量に喪失したのは」
「ノクスの誕生に使用されたと考えるのが妥当だな。それと、もう一つ」
ウェルはスイに近づいてチョーカーに、何かの機械を当てる。
『視覚情報のプロテクト解除』
機械音声の音声と共に、ノクスの全身の真の姿がスイにも晒される。
「ん? え? は???」
スイの目が点になった。予想だにしていなかった。視覚情報のプロテクトで胸と恥部が隠れていたのは分かる。
しかしながら、解除によって見えた恥部に突起物があることに疑問符が絶えない。
「くははははは。ノクスのことを彼女呼びしていた頃から、吹き出すのを我慢していた俺を褒めてくれ。そうとも。ノクスは両性具有だ」
ノクスの恥部をまじまじと見るスイの肩に腕を回して、ウェルは笑う。
「見ただけで分かりやがるローもウケるが、見ても理解できていないスイも良い見ものだ」
「えぇ…………? えぇえぇえええ……??」
両性具有は基本的に生まれ落ちない。双子が運悪く融合でもすればあり得なくはないが、あり得なくはないだけの机上の空論だ。それが確固たる個を持っている。
「驚きながら他の検査も見ておけ。これが見たかったがために最初にこれを見せたからな。くははは。ウケる」
ウェルの高らかな笑い声だけが3人がいる系にこだました。
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