第2話 四番目。それは始まりの数字故に。

 システム起動

 管理AI:サンダルフォンと接続……クリア

 各値計測……クリアランス:赤・スイ少佐

 臨界深度:肆

 ステージ:Ⅳ

 ホムンクルスを起動しますか? Stock error……(y / n)

 「yを選択」……了解です

 魂の鍵をセット……クリア

 精神系の接続……クリア

 視覚情報のプロテクト起動……クリア

 溶液の排出……クリア

 肉体を起動します

 あなたに【 】の祝福があらんことを


 カプセルの中から艶やかな銀髪が舞い上がる。次の瞬間には黒色のチョーカーから、軍服が体の表面に生成され、鍛え抜かれた魂によって作られた肉体は影に潜める。

 それでもなお、彼女の肉体は美しい。軍服越しながら、余分な脂肪は存在せずに、細身ながらも筋肉があることを薄らと視認できる。また、出るところは出ており、閉まるところはしっかりと閉まっている。このスタイルの良さはマルクトの中でも一番だろう。

 彼女は透き通る銀髪をかき分け、13にして、誰もが二度見してしまうような美人としか称せない顔が露わとなった。何よりリアニマントの象徴である赤いまなこが微かに光る。

 人工の仮の肉体であるホムンクルスに『魂の鍵』を差し込むと、魂に刻まれた肉体に形を変える。故にこの美しい体躯は彼女の努力の結晶と言える。

 また、チョーカーから軍服が生成されるように、アニマニウムは未来技術の粋である。演算能力・生成能力・結合能力……ただ挙げるだけでも無数に存在するが、要は異常に硬くて大体何でもできる万能物質である。

 チョーカーはアニマニウム製の筆頭である。先ほどのように裸体の状態から、軍服を生成させることもできる。他にも脳に直接繋がっているために、視界内にアプリなどを映像化できるため、古代のスマホの完全上位互換な性能を有する。

『スイ少佐、悪いな。休養中に』

 そして、ネットからくるロー少佐からの通話を聞きながら、スイは自室の窓を開けて飛び出した。

 外は夥しい数の白色のビルが網目上に存在している。その一つに着地してスイは目的地に向かって、何棟も飛ばしながら走っていた。

 ローとの通話内には戦闘音であろう雑音が鳴り響く。

 ローが地獄の上でルインダーという敵と戦闘中であることを感じざるを得ない。故に、スイはどうしても罪悪感が湧いてしまう。

「いいですよ。私は……」

 同じ階級のはずなのに、スイはロー少佐に敬語で通話を行ってしまった。

『理解している。そこは俺の請負でいい。スイはもう戦場に出なくてもいいんだ』

 スイは通信に乗らないようにため息をこぼす。ローの純真ながら皮肉となってしまっている言葉に、少しの苛立ちと諦めと失望が混じっていた。

 スイはロー少佐の言う通り休養中の身である。しかしながら、ローが身を置いている戦場から逃げたのは、誰がなんと言おうとスイなのだ。

 その代わりに新人研修やマルクトの警護を任されている状況である。

『北部エリアの多分中心から40度右にずれて6km程度のところだ。一応リウムはもう中にいる』

 ――なんでわかるのよ。

 ローは今なお地獄の中での戦闘の真っ最中なのにも関わらず、マルクト都市内の詳細を言い当てた。そんなローの第六感に、スイは心の中でツッコミを入れる。

 スイはビルを何棟も飛ばして勢いよく走り風を切る。長い銀髪が走ってきた軌跡をなぞる美しい光景が彩られていた。

 次にローが準備していた黒色の移動用ドローンに飛び乗る。

 アニマニウム製の物体は異常に重い。故に高速で飛び乗って来たスイの勢いに負けず、不自然なほど空中に留まっていた。

 スイが中に入ると、ドローンは直方体から形状変化をし、楕円体となって飛行に適した形となった。そして高速飛行を開始する。

「スイちゃん、久しぶり! 今日はよろしくね!」

 ローの言っていた通り、ドローンの内部にはリウムがいた。

 後ろ髪はくるりと丸まっており、ポニーテールが尻尾のように見える。また前髪はビーストイヤーズ(ケモ耳のカチューシャをつけているような髪型)の犬耳スタイルになっている。その容姿は「可愛い」に全振りされていた。

 大きく茶色に色づいた眼、小さく整った顔、何より魂から滲み出る親和性が心を惹きつける。楽園崩壊後でも元気いっぱいなのも活力を得られるポイントだろう。少し抜けているのも愛着があるというものだ。

 肉付きは筋肉も胸もリウムのほうがある。それすら余分だと切り捨てた肉体がスイであり、丸みなどから全人類に愛着を生成させる肉体がリウムである。

 スイはリウムに抱きつかれる。いつものことだが、時と場合を考えてほしいと感じていた。

『異常事態観測。北部で保管中である魂の鍵の大量消失を確認。事件名:コモレードアブソープション。フィーアナイトメアの開幕を宣言します』



「四番目の悪夢か」

 時を同じくして作戦総司令部、マルクトの軍事機関の中枢。ここでも同じ警報が鳴っていた。

 そこでセイジ元帥は頭を抱えている。ローからスイへと作戦命令が出していることは知っていた。だからこそローがこのフィーアナイトメアを予見していなかったことに疑問を持っていた。

「あるいはわざと、か」

 ローの第六感は異常だ。恐らくこのナイトメアを予見できている。それでいてスイを配属している可能性が高い。

「果たして、『スイしかできないこと』か、『スイのためのこと』か」

 ローも一応ちゃんと13歳である。加えて他人の限界を見極めることにも長けている。何なら未来では成長スピードが速いために14歳で成人なので、後者である可能性を信頼している。

「後者であることを祈っておるぞ。ロー」

 どうであれ元帥はそう願うことしかできなかった。



 スイたちはチョーカーからくる報告音によって気を引き締める。

「フィーアナイトメア、ね……今回はこれ以上犠牲者を出させないわよ」

「もちろん!」と元気の良すぎるリウム。

 ――わかっているのかしら。

 ナイトメア。それはフォースカタストロフィーから始まった子供たちにとっての悪夢である。

 その具現化された事象を、子供たちは「ナイトメア」と口を揃える。

 まず、一番目の悪夢であるアインスナイトメアと呼ばれているフォースカタストロフィーから始まった。そして、計三回も悲劇を産んできたマルクトの皮肉の具現化でもある。

 そしてその四番目、フィーアナイトメアがスイとリウムの前で開幕してしまった。

『思ったより展開が早い。送っておいた座標のビル上に、ナイトメアの核が佇んでいるはずだ。注意してかかってくれ』

 いつも通り、第六感の範疇を超えているような正確さを誇るローにため息と歓声が鳴る。

 ドローンのサイドのドアを開き、二人は飛び出した。

 そして、白い外套の子供と同じビルに着地する。

 子供は二人を見やり、絶望した面持ちで言葉を発する。その眼が赤・橙・黄・緑色の順番に眩く輝いた。

「逃げ、て。お姉ちゃん」

 遠くにいたせいで聞き取れずに二人が聞き返そうとした瞬間、超常現象が引き起こされる。

 その子供から洪水のように大量なトカゲが具現化され、二人は飲み込まれた。

 スプライサーが起こせる超常現象の一つ。それが今回の。溢れ出した感情を、トカゲという指向性で出力した結果である。

『ホムンクルス損傷甚大。魂の鍵を死守します』

 圧倒的物量に押し流されたリウムの肉体は、活動不可能になってしまった。その場合、が発動する。

 肉体の外枠であるホムンクルスは程度の損傷で活動不可能になる。この時にホムンクルスを構成していた物質をかき集めて、銀色の等身大の直方体――モノリスとなって魂の鍵を守護する。

 魂の鍵とは特殊なアニマニウムによって魂を抽出し、七重螺旋の棒状の状態として具現化させたもののことを言う。基本的にホムンクルスのみが外傷を負い、精神や魂までは干渉されない。これらのシステムによって、天空流転都市では肉体の死という概念がなくなった。

 一方スイはダメージを負うものの空中に飛翔し、難を逃れる。傷も自然と直されていった。

 スイもスプライサーだ。そしてスプライサーにはステージと臨界深度というステータスが存在する。ステージは超常現象などを起こす時に出せる火力などの指標であり、臨界深度は魂の指向性の段階分けだ。

 スイであれば、ステージはⅣであり、臨界深度:肆のシルフという指向性である。シルフとは所謂風の精霊であるため、上昇気流を生み出して空中に飛んだ状態だ。

 そして、空中にいるスイは血の気が引いていくのを感じる。アニマニウム製の建物群が破壊されていったのだ。

「まさか、ステージⅣってこと⁉︎」

 アニマニウムは確かに強固だが、一定以上の火力でそれは破られる。例えば、ステージⅣだ。

 その子供を中心にして、見渡す限りのビル群が濁流に押し流されるように蹂躙される。

 スイは一気に廃墟化していく都市に嫌な既視感を噛み締めた。規模こそ小さいもののフォースカタストロフィーの光景が目に浮かぶ。

 トカゲの洪水の波が収まり、スイは子供に向かって飛行する。その子供の挙動に違和感を抱きながら、スイはその近くに着地。そのまま徒歩で距離を詰める。

 子供はうずくまったまま何もしてこない。

 スイはナイトメアの核とわかっているが、子供は呻くばかりで逆に庇護欲に駆られていた。

 その呻き声は人とも獣とも精霊などとも異なる、理解不能な言葉の羅列群にも聞こえる。

 少し気味は悪いが、スイには苦しいのは痛いほど伝わってしまった。そのため、悩みながらではあるが、その子に近づいていく。

「大丈夫?」

 未だに呻いたままの子供に触ろうとした瞬間、その子供が

「へ??? ってことは、魂の形が複数ある……?」

 リアニマの本質は魂の形の再定義。それが複数など本来あり得ない。

 そんな世界の摂理を頭の中に構築しながら、スイは鏡のようになった水銀の水たまりを見る。

 自分の虚像が見える。長く美しい銀髪、赤く光る眼、整った顔。そして、似合わない軍服。

 ――ローの言う通り、私に軍服は似合わないわね。

 スイが少しの間自虐すると、辺りが霧に包まれていることを察知した。即座に体の表面に空気を生成し、その場しのぎが完了する。

「確か眼の色が四色に光っていたはずよね……」

 スプライサーには三つの性質が存在する。異常なほど頑丈な肉体や臨界深度に添った肉体の変容を可能とする『肉体変貌』、超常現象を引き起こせる圧倒的な『熱量変換』の権利、そして眼の虹彩が眩い色に変化する『虹彩輝成』だ。

 そしてスイが問題視しているのが、四回にわたる虹彩輝成である。順当に考えれば、リアニマを四回行ったことになるが、ことわり抜きに感覚的にもあり得ない。魂の形をいくら再定義しようが、似通ったものになる可能性はあれど、トカゲと水銀はあまりにも違いすぎる。

 そんなことを熟考していたスイは、不意に水銀の水たまりに目が止まった。

 そこには変わらず自分が映っている。だが、ぐにゃり、と水銀が動く。

 銀髪は短く、虹彩は黒く、顔は幼い。それはリア。今は亡きスイの妹の姿だ。

「んな⁉︎」

 悲嘆な声が漏れる。動悸が激しくなる。そしてこれが真実かと目を擦る。そうしたらその虚像は鏡ごと消え去っていた。

 代わりと言わんばかりに霧の範囲が肥大化していることにも、スイは気がついた。暴風を起こすも霧が晴れることは知らないらしい。

『位置情報ロスト……エラー』

 電波遮断を知らせる警告音がチョーカーから鳴らされた。

「どうしたものかしら」

 スイはため息まじりの声色と共に、とりあえず彷徨い歩くことを決定した。大災害後のように被災した都市に向かって歩を進める。

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