第2話 四番目、それは、始まり

 システム起動

 管理AI:サンダルフォンと接続……クリア

 各値計測……クリアランス:赤・スイ少佐

 臨界深度:肆

 ステージ:Ⅳ

 ホムンクルスを起動しますか? Stock7……(y / n)

 「yを選択」……了解です

 魂の鍵をセット……クリア

 精神系の接続……クリア

 視覚情報のプロテクト起動……クリア

 溶液の排出……クリア

 肉体を起動します

 あなたに【 】の祝福があらんことを


 カプセルの中から艶やかな銀髪が舞い上がる。次の瞬間にはチョーカーから軍服が体の表面に生成され、鍛え抜かれた魂によって作られた肉体は影に潜める。しかしながら、手と足下の純白の肌が露出した。

 ホムンクルスに魂の鍵を差し込むと、魂に刻まれた肉体に形を変える。故にこの美しい体躯は彼女の努力の結晶と言える。

 彼女は透き通る銀髪をかき分け、13にして、誰もが二度見してしまうような美人としか称せない顔が露わとなった。何よりリアニマの象徴の赤いまなこが微かに光る。

『スイ少佐、悪いな。休養中に』

 電子の海というインターネットのロー少佐からの通話を聞きながら、スイは自室の窓を開けて飛び出した。

 外は夥しい数の白色のビルが網目上に存在している。その一つに着地してスイは目的地に向かって走っている。

 また、通話内には戦闘音が鳴り響いており、ローが地獄の中で戦闘中であることをひしひしと感じていた。どうしても罪悪感が湧いてしまう。

「いいですよ。私は……」

 同じ階級のはずなのにスイは、ロー少佐に敬語で通話を行ってしまう。

『理解している。そこは俺の請負でいい。スイはやっぱりそこが似合っている』

 スイは通信に乗らないようにため息をこぼした。ローの純真ながら皮肉となってしまっている言葉に少しの苛立ちと、しょうがないという諦めと失望が混じっていた。

 スイはロー少佐の言う通り休養中の身である。しかしながら、自分よりも異常なほど業務の多いローに対して少し及び腰になっている。何より、ローが身を置いている戦場から逃げたのは、誰がなんと言おうとスイなのだ。

 その代わりに新人研修を任されている状況である。

 ――地獄で戦わないのなら。なんとかなるわ……多分だけど。

『北側のスラム、多分中心から40度右にずれて6km程度のところだ』

 ――なんでわかるのよ。

 おそらく今地獄の中での戦闘の真っ最中のくせしてマルクト都市内の詳細を言い当てるローの第六感に、スイは心の中でツッコミを入れる。

 スイはビルを何棟も飛ばして勢いよく走り風を切る。長い銀髪が走ってきた軌跡をなぞる美しい光景が彩られていた。

 次にローが準備していた黒色の移動用ドローンの手すりに飛び乗る。アニマニウム製の物体は異常に重い。故に高速で飛び乗って来たサナの勢いに負けず、不自然なほど空中に留まっていた。スイが中に入ると、上昇しながらドローンはローの示した場所へと連れて行く。


 音を置き去りにしながらドローンは数分後に目標地点へ着いた。

 ――準備の隙もないわね。

 発展されすぎた技術に文句を垂れながら、スイは目標地点に飛び込んだ。空中で風に乗りながら辺りを探す。

 ――人が居ない。

 マルクトの地獄と居住地域を隔てる北側のエリアはスラム街となっている。しかしながら人がいないわけではない。ホムンクルスのメンテナンスすら行えない子供達がそこそこ存在しているはずである。

 ホムンクルスはほぼ永久的に動作可能である。食事や排泄などを必要としない。生きるための争いが生じないためにスラムといっても、子供たちの少し荒っぽい喧嘩が見られる程度なはずなのだ。

 ――まるっきり居ないわね。

 サナはそのまま風に乗りながらゆっくりと着地する。瞬間、慣れてしまった、心臓が閉まる感覚に襲われた。

 先に着地した右足で地面を蹴り、後退。目には人らしきナニカが高速で通過する。

「止まりなさい。私はスイ少佐。別にスラムを潰しに来たわけじゃないの」

 現地人と認識したスイは会話を試みた。だが、ソレは返答しない。程度の子供の体躯をゆらゆらと揺らしながら、頭と腕を下ろしている。純白の外套を羽織ったソレは金色の長髪で、病的に白い肌であることだけを告げていた。

 ――ルインダーではないわね。でも、本当に人?

 ルインダーは地獄の穴からしか来ない。それでもスイが違和感を抱くほどにはソレが怪物の類と感じていた。

 だが、答えは出される。ソレが頭を上げた時に見えた眼が、赤色に光っていたのだ。眼の輝きは、リアニマを起こした人間の証である。

 ――人でいいのよね。まぁ「はぐれもの」かしら? チョーカーも無いわね。言葉すら通じないのかしら。何より、敵ね。

 人ならば七歳の時に行われる魂の鍵システムとの契約時に一緒にチョーカーもつける。それがされていないという事は、この都市の「逸れもの」である証拠だ。教育すらも行われていないなら保護対象である。リアニマを起こしているのなら戦力になるため、軍に入れるように英才教育されるのだから、皮肉ながら運のいい子である。

 ――とりあえず拘束しなきゃよね。

 スイは、。彼女のリアニマの臨界深度りんかいしんどであり、銘はシルフ。所謂いわゆる、風の精霊といったところだ。

 故に何も無いところから指向性のある風を生み出せる。今は拘束させるためにも液体窒素レベルの凍てつく息吹がソレに向かう。

 その空間異常を察してか、ソレは顔を勢いよく上げ、赤い眼を橙色に眩く輝かせた。眼が変色するにつれて肩甲骨は変形しだし、奇形の翼が生えて空中に飛翔する。

「はあ⁉︎」

 スイは出したことのない驚嘆の声が出てしまう。しかしスイが驚くのも正常だ。ソレはありえないはずの二度目のリアニマを起こして見せたのだから。

 基本的に魂の形は一つ。故に魂を表象化させるのは一度きりなはずなのだ。

「ロー⁉︎ なんか二回目のリアニマしだしたんだけど!」

 スイはすぐさまローに報告する。ローの知識量は膨大だ。何か知っている可能性があるため解決策をくれることに賭けた。困惑からくる苛立ちをぶつけたかったのを包み隠して。

『すご。良い研究対象じゃん。生きて連れてこいよ』

「こいつ……!」(わかってたけど、とことん狂ってるわ……)

 冷静沈着を売りにしているスイも心の声が漏れてしまう。一番言ってはいけないところは隠せたが、明らかに「こいつ」は乗ってしまったことに内心焦る。

『ほう。やり手か。ますます興味が湧く』

 ローは戦闘中の言葉が通信に乗ったと判断したようだった。その発言にもツッコミをしたくてたまらなくなるスイだったが、事態は良い方に進んでいたためグッと堪える。

『まあ、終わったら会いに行く』

 そう言って通信は切れた。元々サナの身勝手な理由でかけた通話だ。色々と言いたかったスイだったが、しょうがないと納得した。

 ――それにしてもステージはⅡ、臨界深度もおそらく弍。つまり動物共鳴系……かしら?

 どうしようもない悶々とした感情を抑えながらもソレを視界の中に収める。未だ翼をうまく使えないようであり、空中をゆらゆらと浮遊していた。

 スイは拘束しようと弾丸のように氷の息吹を放つ。おそらく悲しい過去のある子供だろう。「なるべく痛くないように」と思っての行動だ。

 しかし、ソレは事前に狙われていた箇所がわかるかのように全て避けた。

 スイは手練れだ。散弾銃のように息吹をばら撒いて、避けられそうな位置にも息吹の弾丸を打ち込んだ。しかしながら、ソレは空中で翼を使ったとは思えない不自然な挙動で全て回避する。

 次は広範囲で絶対に回避できない息吹を発生させる。空中の水が氷になっていく。ダイヤモンドダストを発生させる風がソレに当たる瞬間、また異変が起こる。

 ソレの眼が今度は黄色に光って、自らを水銀へと変える。重力以上の速度で地面と接着して銀色の液体がぶちまけられた。

 ――臨界深度も参⁉︎ ステージも上がってる。こんな短時間でそんなのあり⁉︎ 順々で臨界深度とステージが上がっていくの?

 臨界深度とはリアニマによって表象化された魂の形の種別である。いちは単純強化系。は動物共鳴系。さんは物質共鳴系。がサナの下級幻想系だ。

 ――でも、動かなくなったわね。

 スイは世界の摂理を頭の中に構築しながら、水銀の水たまりに近づく。彼女は間違えていない。リアニマは基本一回のみであり、一日に何度もリアニマのステータスが上昇することはありえないはずである。しかし目の前で起こっている。

 スイは鏡となった水銀の塊を覗く。自分の虚像が見える。長く美しい銀髪、赤く光る眼、整った顔。そして、似合わない軍服。

 ――ローの言う通り、私には軍服は似合わないわね。

 嫌味ったらしく自分の姿に自嘲し、踵を返そうとする。しかしながら、スイは靄に包まれていた。

 ――え、霧? ということは毒ガスかしら。

 相手のリアニマを水銀と予想したスイはすぐに気化した水銀と判断する。基本的に周りに毒ガスが立ち込める絶望的盤面だ。しかし、運よく相性は良い。スイは空気も生み出すことが可能だ。自分の周りに空気を生成して困難を突破する。

 ――ってもしかしなくても、心象世界の具象化ってわけ?

 。それはリアニマした人から溢れ出す心象世界の残滓ざんし。それが現実に白いもやを現出させた。水銀のリアニマだ。吸入すれば猛毒の可能性が高い。

 違和感を覚えたので、後ろを振り向いてスイは水銀を見つめる。そこには変わらず自分が映っている。

 だが、ぐにゃり、と水銀が動く。銀髪は短く、眼は黒く、顔は幼い。それは。今は亡きスイの妹の姿だ。

「んな⁉︎」

 声が漏れる。動悸が激しくなる。そして目を擦る。そしたら虚像はその鏡ごと消え去っている。

 代わりと言わんばかりに周りだけだった靄が、スイのあたり一帯を囲んでいた。暴風を起こすも、靄は晴れることを知らない。

『位置情報ロスト……エラー』

 ついでと言わんばかりに電波遮断の通知がチョーカーから行われた。

 驚き疲れたので一呼吸するスイ。そして周りを見やり、白い靄の世界で頭に手を着いた。

「フィーアナイトメア、かしらね」サナの諦観の言葉が綴られる。

 。それはフォースカタストロフィーから始まった子供たちにとっての悪夢、その具現化された事象を子供たちはナイトメアと口を揃える。

 一番目の悪夢であるアインスナイトメアと呼ばれているフォースカタストロフィーから始まり、多くの悲劇を産んできたマルクトの皮肉の具現化でもある。そしてその、フィーアナイトメアがサナの目の前で起こっていた。

 ――どうしたものかしら。

 オリジナルと呼ばれる本物の肉体である子供たちはおそらく全て即死。ホムンクルスならモノリス化しているだろう。故に、スイでなければ生きて進むことはできない。

 ローならもしかしたら毒が効かない可能性もあるが。なんて想像しながら、スイは歩き出す。自分の眼の光が反射するほどの靄の濃さであり、触覚だけがあたりの状況を教えてくれる。

 歩いても歩いても、見つかるのは建設途中で放置された建物だけである。死体もモノリスも存在していなかった。

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