悪夢は救済の夢を見るか アイの福音
みゃくじゃ@アイの福音
一章 始まりとマルクトの日常
第1話 楽園は崩壊せり
ジェネス教によると肉体が死に、精神が霧散すると、魂は強制的に輪廻転生させられる。この際、基本的に記憶の継承は起こらない。
だが、冷酷ながら、彼らには記憶の継承が起こってしまった。ある年代までの、数多の、それも他人のものを。
全ての終焉には、とある場所に至る。それは、ジェネス教の作り出した永遠なる理想郷。天空流転都市=セフィロト。ここは最後の審判で選ばれた者が救済される場所だ。
理想郷は万能物質であるアニマニウムによって、不自由が存在しなくなった世の中である。
そこで人類はあらゆる欲望を貪り、多くの謎を解き、発展の限りを尽くす。
多くの安寧があった。多くの幸福があった。多くの救済があった。
最低ながら、彼らはその記憶を継承しただけで終わってしまった。
――仲間はずれ……?
彼らは心の中で疑問に思うことしかできなかった。そして話し合い、知恵を絞り、結論を出す。
彼らの共通項に、それだけの理由で楽園を追放されたことに絶望する。
――たかが、自分から死ぬことを選んだだけで、楽園から追放された……というの……? 楽になりたかった。それはこの仕打ちを受けるようなことだった? だって。あんなの。どうしようもなかったじゃん……
彼らは自然の摂理に身を任せ、転生されることを選んだ。理想郷は永遠であろう。転生を重ねればいずれ、楽園への再入場も叶うはずだ。
そうして彼らは転生を果たした。流転暦四億七年の六月一日。天空流転都市、その一つ、マルクト。そこで七歳程度の人型の怪物として目を覚ます。
見慣れない白色の高層建物群。それらが無限かと思わせるほど網目上に連なっていた。その一つの頂上に彼らは存在している。
変わり果てた大地だが、座標は確かに理想郷のはずだ。しかしながら彼らに継承された記憶の中にあった、溢れんばかりの活気は漂白されている。
彼らは疑問は放置し、降りしきる黄昏の日の光に手を掲げる。
――こんな場所知らない。でもここは楽園だから、これで、今度こそ救われるんだ――
しかしながら、その掲げた手以外を踏み潰された。何者かによって、彼らはまたも楽園から追放された。
――駄目だった? まさか、僕たちは救われない?
そんな教えは知らない、と彼らは目を瞑り、次回の転生に託した。
幸運なことに彼らは、転生にて天空流転都市に舞い戻る。またも全て同じ形のビルが連なる空間が待ち構えていた。
今度は同じ場所であり、一日後。つまり同年の六月二日であった。
――何かくる!
彼らは身を捩り避けようとする。
しかし、蒼い閃光しか見えなかった。
……ああ、もう、救われないんだ? 変わらないんだね………………。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。
――僕たちだけ救われない? なら、壊そう。みんなが救われなければ平等だ!
因果なことに彼らは、三度目にも天空流転都市に呼び出される。あまりに多くの真っ白なビル群に迎えられた。
――やっぱり何か違う。ここじゃ救われない。楽園はもう無いの?
そして同じ場所だろう。今度も一日後である六月三日であった。
「じゃあ、壊そう!」
「今度は話せるんだな」
高らかな宣言は何者かに脅かされた。彼らは直感的に何度も殺してきた人物だと悟る。
「え? なんで、また」
振り向くと彼らより二回り程度は大きい少年がいた。軍服に身を纏い、銀髪を携え、蒼く輝く眼で彼らを凝視している。
「また、だと……? 死んでなかった方がありえるか」と少年は独白していた。
彼らは困惑の渦の中、直感に従って、少年を糾弾する。
「なんで邪魔した? ここは楽園。僕らくらい救ってくれてもいいはずだ!」
「楽園? 皮肉だな。――ここは地獄だぞ」
少年からは信じたくない言葉が綴られた。ため息まじりの少年の声のせいで、否が応でも信じざるを得なかった。
「……え? だってここは天空流転都市で、ずっと続く理想郷、のはず」
「天空流転都市なのは認める。残念ながら、理想郷は七年前に崩壊した」
「おかしいよ! だって少なくとも四億年は理想郷だったはずなんだ!」
「そうだな」と冷徹に少年は頷く。
「理想郷は永遠で、崇高で、完璧なんだよ。だって、そうだったんだもん!」
――否定しないでよ……?
「四億年は永遠と勘違いできる年月だな」
――もう、わかってるけど。
「崇高で完璧なら崩壊するはずないよな」
――否定しないでって。
彼らは絶対的な現実を前に崩れ落ちた。
「……もう、救済は訪れないってこと?」
「何教に属しているかによる。だがあえて、もう一度言おう。由緒正しきジェネス教の定めた理想郷は、この世から完全に消え失せた」
分かりきった事実は彼らに深く突き刺さる。
「じゃあもう無理じゃん。だって最後の審判は終わってるから、理想郷が無くなったら、救ってくれる場所がない」
「ああ、そうか、お前は――。そもそも、ジェネス教の唯一神【 】は人類の全員を救済すると言っていたか? 洗礼を受けるのに加え、最後の審判に選ばれた者だけだったはずだ。俺もお前も洗礼を受けれず、選ばれもしなかった。ジェネス教からするとそういうことになるだろう」
少年はどこか黄昏ている。現状に納得はせずとも、理由があってしまう現実を言の葉を紡いでいた。
「僕たちが救われない世界なんて間違ってる!」
「その意見はごもっともだな、怪物。だがどうあれ、お前は救われないだろう。魂なき者に人類である資格はない。嫌ならもってくることだな」
――僕たちは人間ですらなかった……? そんなことないよ、だって………………。ああ、否定できない。
彼らは慟哭のち、少年に牙を向く。腕を振り上げ、今にも少年を殺そうと急接近をする――。
「知能を持った怪物よ。敵対するのなら殺さざるを得ないな」
少年によって、彼らは血飛沫となった。白色の大地に鮮血が彩られ、少年は黄昏る。
救済を求める彼らは、四回目となる天空流転都市に生を受ける。
もはや原罪の真なる罰とは、この仕打ちことかと絶望していた。何度も怪物として殺される運命なのか、そんな疑問が彼らから絶えない。
――ああ、もう僕たちに救済は訪れない。ならせめて、みんなと共に。
そんな彼らにも救済を。
その言葉通りに、主による救済は開始される。彼らの様に救済の完遂を諦めた子供たちの魂を、一つの生命として再臨させる。数多の魂の鍵を吸収して、彼らは今度こそ人間として生きることを許された。
魂は溶け合い、混ざり合い、新しい形を創造する。
――なにこれ……? 頭の中に何か、入ってくる……⁉︎
そして、その子は誕生を果たした。
白い外套に身を包まれているせいで、自身の姿さえ確認できない。ただ確かに存在しているということを確信できていた。
そんな子の前に軍服を着た二人の少女が現れる。
その子はその二人の姿と共に、魂の形を見てしまった。
そのせいで頭の中で花火が爆発する。脳内のニューロン全てが焼け焦がされる感覚に犯される。思考がまとまらず、感情が溢れ出す。
その子は掠れた声で避難を促すが、遠すぎて伝わらない。
「逃げ、て。お姉ちゃん」
あまりにも集積されてしまった感情によって、彼にリアニマが起こる。
リアニマ。それは、超強力な感情によって引き起こされる、その人の魂の形の再定義。また起こした人をスプライサーと呼ぶ。
これらは科学で一定程度裏付けされている現象ではあるが、現実には超能力のようなものに変わりない。スプライサーはその人の魂の指向性によってある程度の超常現象を引き起こせる。
それが今回は暴走してしまった形だ。その子から溜まってしまった悪意が、自身の指向性に則って世界に溢れ出る――。
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