白鳥に憧れたカラス
クニ ヒロシ
第1話 白鳥に憧れたカラス
季節は冬。
その年もたくさんの渡り鳥がこの沼にやって来ていました。
おや、桟橋の一番おくの杭の上に、ほら、一羽のカラスが止まって、水の上をスイスイと楽しげに泳いでいる白鳥を眺めているよ。
「楽しそうだな~。僕もあんなふうに水の上を行ったり来たりしてみたいな~」
カラスは羽をバタバタさせています。
あっ!カラスが杭の上から水面を目がけて飛び立ちました。
スゥー、パタパタ。スゥー、パタパタ。
伸ばした足が水面に触れかけると、カラスは慌てて羽をバタつかせて杭の上へと戻って行きます。
「やっぱり、怖(こわ)いや。やっぱり、無理なのかな。でも、一度でも良いから、白鳥のように水面をスイスイと泳ぎたいよな・・・」
その様子を見ていた白鳥たちが、よりあってそのカラスの話をしています。
「また、来てるぜ、あのカラス」
「どういうつもりなんですかね。私たちのように水面を泳げるとでも思ってるんでしょうか?」
「長老、どうします。もし、あのカラスが本気で水面に飛び降りて溺(おぼ)れでもしたら?」
このグループの年老いた白鳥は、みんなから長老と呼ばれていました。
「おそらく、泳げんから、面倒だけどみんなで助けてやってくれないか」
すると、若い白鳥が、
「ごめんだね。あんな黒いちびっ子と関わるのは~」
「色が黒いとか白いとか、体がどうかとかで物事を決めつけてはいけないな。大切なのは心の有り様なんだよ。あのカラスだって無理なことだと薄々(うすうす)分って居ても、水面を泳ぐことに挑戦しようとしている。それはそれで凄いことだと思わないか?」
「あ~ぁ、また、長老の説教が始まった。もう、たくさんだ。おれはこのグループからおさらばさせてもらうぜ」
そう言い捨てて若い白鳥はみんなから離れて行きました。
「長老、いいんですか?」
そう声をかけたのはこのグループのリーダーです。
「きっと、戻って来るさ。アイツだって分ってるはずだ。一羽だけでどうやってシベリヤまで帰れるんだ」
グループのみんなは離れて行く若い白鳥を目で追っています。
すると、
「カァーカァー、助けてくれ!」
カラスの悲鳴が沼一面に響き渡りました。
このグループのみんながその声の方に身を乗り出します。
ついに、カラスは水面に飛び降りたのです。
泳げるはずがありません。必死に羽をバタつかせて助けを呼んでいます。
「クワォ、クワォ。みんな急げ!」
長老の掛け声に従って、みなが一斉に溺れかけているカラスの下へと向かいました。
白鳥たちはカラスを取り囲み、その体を支え岸まで運ぼうとしています。
ところが、カラスはパニック状態になり、死にもの狂いに羽をバタつかせて助けようとしている白鳥たちを困らせています。
見かねた長老がありったけの声を出して、
「クワォクワォ、溺れ死にしたく無ければ、じっとしてみんなに体を任せるんだ!」
その声が届いたのか、カラスは羽を落ち着かせ白鳥たちに体を預けました。
別のグループの白鳥たちもそれを遠くから眺めています。
あの若い白鳥もそれを見ていて、
「言わんこっちゃない。醜いアヒルの子は白鳥になれたけど、バカなカラスは見っともないたらありゃしない」
と、あざけ笑っています。
ようやく、白鳥たちとカラスは岸辺へと辿り着けました。
「カァーカァー、ありがとうございました。ホントに助かりました」
と、カラスが白鳥たちに礼を言うと、長老が目を細めて、
「ずいぶん派手なことをやらかしたな。気持ちは分らんでもないけど、誰しも得て不得手が有るもんだ。君にはワシらが楽々と泳いでいる様に見えるかもしれないが、水面の下では足の水かきで力いっぱい水を掻いているんだよ」
「そうなんだ。言われて見れば、僕の足には水かきがないもんな」
「これに懲りて、もうバカな真似はよすんだな」
「はい、分かりました」
それから幾日か過ぎました。
沼には白鳥たちの姿が見当たりません。
いました。沼から少し離れたところ。雪解けが始まった田んぼのあちこちで白鳥たちが渡りに備えて餌をついばんでいます。
例の若い白鳥は・・・、グループから遠く離れて一羽だけで餌をついばんでいます。
おやっ、若い白鳥のようすが可笑しい。
くちばしからビニールの様な物が見えていて、苦しそうにもがいています。
「クッ・クッ・クッ~。喉がつまって、苦しいよ~」
近くに白鳥たちはいません。
早く助けてあげないと~。
「カァー、カァー」
近くの木の枝にとまっていたあの漏れかけたカラスが心配そうに若い白鳥を見ています。
カラスは思い切って枝から飛び立ち、白鳥の下へと向かいました。
若い白鳥の近くに飛び降りたカラスは、
「カァー、カァー、大丈夫か?」
素直に助けてくれと言えば良いのに、若い白鳥はカラスを寄せ付けようとはしません。
『お前なんかに助けて貰いたくない』
とでも思っているのでしょうか?
困り果てたカラスは、自分を助けてくれた白鳥のグループを探しに飛び立ちました。
カラスの話を聞いた長老たちは一目散に若い白鳥の下へと向かいます。
「ほらっ、嘴を大きく開けて。ん~ん。何を勘違いしてこんな物を食べようとしたんだか~」
長老が若い白鳥の口からビニールを取り出しました。
「これで大丈夫だ」
「ありがとうございました」
「礼を言うなら、あのカラスにだ。わしらを呼びに来てくれたんだから」
辺りにカラスの姿はありません。きっと、若い白鳥が助かったのを見届けて去って行ったのでしょう。
「行ってしまったみたいですね」
「また、沼で会えるさ」
「長老、グループに戻っても良いですか?」
「それはリーダーが決めることだ」
「次の渡りの時は先頭を任せられるかな?」
「勿論です。ぜひ、やらせて下さい」
いよいよ白鳥たちが北のシベリヤに帰る時が来ました。
今日もあの溺れかけたカラスは桟橋の杭の上にいます。
さすがに泳ぐことは諦めたようです。
ただ、じっと水面を泳ぐ水鳥たちを眺めています。
あの若い白鳥がカラスに近づいて来ました。
「この前は、どうもな」
「別に、僕も君の仲間たちに助けられたんだから、お相子さ」
「もう、無茶はするなよ」
「うん。分かってる。行ってしまうんだね」
「冬が近づいて来たら、戻って来るさ。じゃあな」
「気を付けて行ってらっしゃい」
沼のあちこちで白鳥たちが飛び立ち始めました。
羽を一杯に広げてパタパタパタ~。
体が少し浮き上がると、足で水面を蹴り上げます。
一羽、二羽、三羽と空に舞い上がって行く姿は、さっそうとしています。
空へと舞い上がった白鳥たちは沼の周りを旋回しながら編隊を作り始めました。
V字型の態勢が次第に整って行きます。
先頭はリーダーの白鳥が。あの若い白鳥は四番目の位置にいます。
リーダーが若い白鳥に声をかけました。
「あのカラスが見送ってくれてるぞ」
「はい、見えています」
「どうだ、先頭になってみるか?」
「はい、お願いします」
ほら、ホーメーションが変わり始めました。
カラスもそれを見上げています。
「カァーカァー、かっこいいな」
先頭の三羽がスゥーと後ろに下がって行き、若い白鳥が先頭になります。
見事なチームワークです。
若い白鳥は時々沼を見下ろしながら誇らしげに羽ばたいています。
態勢が整うと白鳥たちは北の方角に向かい始めました。
長く厳しい渡りの始まりです。
「クワォクワォ、また来るぜ、黒いちびっ子さんよ」
すると、カラスも杭の上から飛び立ちました。
カラスは沼の上を行ったり来たりしながら、白鳥たちが見えなくなるまで見送っていました。
白鳥に憧れたカラス クニ ヒロシ @kuni7534
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