第10話 俺に話してくれないか
まさかのオスカーの登場に、動揺したエメリアはさっと立ち上がった。
「オ、オスカー様、どうして……っ?」
「どうしてもこうしても、 ないだろ。戻ってきて、経理部の前を通りかかったら明かりが漏れてる。まさかと思ったが……そのまさかじゃないか」
彼はそう言いながらエメリアの机の近くに近寄ってきて、遠慮なく顔をしかめた。
「なんだこの書類の山は……? 君にだけこんなに振り分けられているのか?」
「あっ……」
あまりにも驚いていて隠すのを忘れていた。あたふたしたエメリアには「あいつら、またこんなことをしてるのか……?」という唸るようなオスカーの独り言は届いていなかった。
「ち、違いますっ……、そ、その……わ、私が仕事ができないだけなんですっ、要領が悪くて……っ」
オスカーが腕を組んで、エメリアを見下ろす。
「数年前、経理部にすごく仕事が出来る子が入ってきたと話題になった、と話したのは覚えている?」
予想外の角度からだったので、エメリアは呆気に取られた。
「な、なんでした、っけ?」
「覚えていない? 経理部に新しく入ってきた女の子はいつだって感じよく応対してくれるって噂になって――かと思ったら仕事は早いし、指示は的確、って話題の的だったよ――君のことだ、エメリア」
「えっ……?」
絶句した。
確かに入団当初、憧れの王都セントラル騎士団の一員として名を連ねることが出来たことが光栄で、めちゃくちゃ張り切っていたのは確かだ。でも彼女にとっては特別なことは何もしておらず、ただただ真面目に仕事に取り組んでいただけだ。
「仕事ができるだけじゃなくて可愛いときたら、きっとデートに誘われたんじゃないか?」
「いえ、ま、まさか、私なんて……っ」
ふう、とオスカーがため息をつく。
「第一騎士団のハリソン、同じく第一騎士団のバーンナウト、それから第二騎士団のマッケンロー」
突然オスカーが騎士たちの名前をあげたので、エメリアは瞬く。
「全員知ってるよな?」
「は、はい、それは……、存じ上げております」
「ハリソンは雑費の書類をわざわざ細かく分けて何度も君に提出しにいく。それからバーンナウトは必要ないのに日に何度も経理部の近くを通っている。マッケンローはどれだけ忙しい日でも、わざわざ中庭でランチを取っている。君が中庭でランチをすることが多いからだ」
「え?」
エメリアは混乱した。
ハリソン、バーンナウト、マッケンロー?
確かにハリソンは、小まめに書類を届けてくれるが、それは彼が生真面目だからだと思っている。バーンナウトもマッケンローも書類を提出するときに世間話をしてくれるので親しみを持ってはいる。
「彼らから食事に誘われたことは?」
「そ、それは……、あります。あの、でも、断りましたから一度もご一緒したことはありません」
しかも三人全員だ。
全員独身で、文官の女性たちからも人気があり――貴族階級出身だったから、エメリアはからかわれているのだと思って、丁寧に断った。
それを聞いたオスカーの眉間に皺が寄る。
「そうだろう? 君は人気なんだ」
「い、いえ、そんなわけは、ないです……っ、きっと皆さん、私が物珍しかっただけなんだと思います」
「物珍しいだけで、あいつらが食事に誘うわけないだろう」
オスカーは、君が気づいていなくて良かった、と続けた。
「すまない、横道に逸れた……あいつらの話は綺麗さっぱり忘れてくれ――今は俺と付き合っているのだから」
オスカーの勢いに押されて、エメリアはこくりと頷く。
「とにかくマイズナーは君が入団してくれて感謝していたはずだ。それまでは一人でなんとか回しているようなものだったから」
分かるだろ、と言わんばかりにオスカーが右眉をあげた。
(やっぱりマイズナーさん、一人で頑張ってらしたんだ……)
自分の推測通りだったとエメリアは密かに納得した。
「――にしてもだ、もうすぐ深夜だぞ。俺は手伝いたくても、部外者だから手伝えないし……、そもそもマイズナーはどうして先に帰ったんだ?」
「あ、マイズナーさんは、今日は有給で……。とりあえず急を要する書類は全部確認しました。続きは明日しますから、大丈夫です」
セオドラたちは明日までに終わらせろ、と言っていたが、時間は指定されていない。明日だけでは終わらないとは思うが、とりあえず山は超えた。
「明日マイズナーに言うべきだと思うが」
エメリアは片付けをし始めていた手を一瞬止めたが、すぐに何事もなかったかのように続ける。
「ご忠告に感謝します」
そう言えばオスカーがぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回す。
「〜〜っ、君がそう言うってことは、そうするつもりはないってことだ。もう分かるんだからな、俺は」
彼の指摘は、正しい。
正しいが、エメリアには何も言えずに口をつぐむしかない。けれど、オスカーが続けた言葉に、目を見開く。
「すまない、先走ってしまった。君には君の考えがあるのだろうから、それを聞かせてくれないか」
「え……?」
オスカーを見上げると、彼が頷いた。
「部外者の俺の立場ではわからないことがあるだろう? だからそれを聞かせてほしい」
真剣な瞳で乞われれば……今はもう、オスカーのことを信頼し始めている彼女が断ることは難しかった。
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