第9話 風と共にやってきたのは
エメリアが黙りこむと、セオドラが顔を歪めながら続けた。
「どうしてかマイズナーさんも貴女のことを気遣ってたけど……、ほんっとそうやって男性に取り入るところだけは上手なのね、汚らわしい」
汚らわしいと言い放った瞬間、放り投げられるように腕を離される。
「貴女、そうやって浮ついていられるんだから、よっぽど暇なんでしょう? 暇な貴女には相応の仕事、してもらわなくっちゃ。ちょうどよかった、今日はマイズナーさんが有給でいないんですって」
そこでナディナがエメリアの机に、信じられないくらいの量の書類をどさどさっと置く。
「これ、明日までに片付けておいて」
「えっ……!?」
一目しただけでも、尋常な量ではない。しかもエメリアにはもともと今日するべき仕事が別にある。
「あったりまえでしょ。シュワルツ様に取り入る暇があるなら、同僚の私達にも時間を使いなさいよ?」
「言っておくけど、誰かに告げ口したら許さないから」
「平民の貴女が何か言っても、無駄だけどね。どうせ誰も相手にしないわ」
二人はそう言い捨てると、顔を見合わせる。
「さ、朝ご飯やさんにでも行きましょ。こんなしょうもないことのせいで、早起きさせられて……お腹空いちゃった」
「そうね。焼き立てのクロワッサンが美味しい店を知ってるの」
「クロワッサン好きだから是非行きたいわ!」
「その後、久しぶりに街にショッピングでもいかない?」
「いいわねぇ! 朝から気分悪いし、今日はパーッと遊んじゃいましょ? 有給申請しなきゃ」
エメリアはいないものとして扱われ、姦しく騒ぎながら、二人は去っていった。
(……は……?)
よろよろと自分の席に向かったエメリアは、置かれた書類を改める。
それはここしばらくの経費に関する書類だった。それも第一騎士団から第三騎士団全部の、である。
(なにこれ……、これ、随分前にあの人たちに割り当てられたものじゃないの……!! もしかして……サボってたの、ずっと……!?)
椅子に座り込んだエメリアは頭を抱えた。
どうやらエメリアに残業をおしつけなくなった辺りから、適当な仕事をしていたようだ。リカーの目をどうやってくぐり抜けているのだろうか。
(信じられない……、しかも全部、中途半端な仕事して……、なんでこんなひどい
ことができるの……!)
おそらく彼女たちはどうにかエメリアに仕事を押しつけたかったのに違いない。今日はリカーが有給ということで、オスカー云々と言いがかりをつけて、望みを果たしたのか。
(明日までって……!)
どう考えても一人で片付けられる量ではないし、書類の内容がどんなものか分からず安易に自宅に持ち帰ることもできない。
(どうするべきだろうか……)
普通ならば、手をつけないでそのままにして、明日リカーに判断を委ねるのが一番正しい判断だろう。
だが。
明日申し出たとして、エメリア以上の仕事を抱えるリカーが一人で裁ける量では決してない。しかも同時に彼女たちの怠慢がバレるので、上司に告げ口をしたと言いがかりをつけられ、エメリアに対する言葉の暴力が増すだけだろう。
(ああ、これもこれも……もっと前に処理をして騎士団長様の判をもらっておかなくてはならないものばかり……これ、困るのは、あの人たちじゃなくて……)
ふうっとエメリアは息をついた。
◇◇◇
猛烈な勢いで仕事をしていたエメリアは、顔をあげた。
(あっ、もう夜……っ)
窓の外を眺めれば、すっかり暗闇が押し寄せていた。
やはりあの二人は戻ってこず、エメリアは食事を取るのも忘れて仕事に没頭していた。まずは今日こなすべき自分の仕事を終わらせ、次に彼女たちが置いていった書類を、優先順位の高い順に分類し、必要があれば読み込み、適宜修正をいれた。
長い時間、根をつめすぎたからか、気づけば微かに頭痛がしている。
エメリアはこめかみをもみこんだ。
(まだ……半分くらいしか終わってない)
判明したのは、セオドラとナディナはとても巧妙に仕事をサボっているということだった。細かく丁寧な確認が必要だったり、過去の例などを慎重に照らし合わせたり、また複雑な計算を求められる書類は手つかずで残され、単純な確認で済む書類だけが記入済だった。
仕事をしていないわけではない――ただ、手抜きなだけ。
これでは自分も相当の仕事を抱えているリカーに、彼女たちの怠慢に気づけと言ってもなかなか難しいだろう。
(私が来る前はどうやってこなしていたのかしら……、マイズナーさんがほとんど仕事を担っておられたのかな……今も、そんな感じするもの)
リカーは大人しい性格で、黙々と仕事をするタイプだ。エメリアにも最初から親切に仕事を教えてくれたし、人柄は悪くない。
リカーがセオドラとナディナに厳しい指摘をしたり、はっきりと物申したりすることは考えにくいし、実際見たこともない。
(……ちょっと言ったら、何倍にもなって返ってきそうだものね……)
それならば自分でした方が早い、と判断しているとしたら、リカーの気持ちは分からなくもない。
セオドラとナディナがもともと経理部を希望していたかはわからないが、しかし
この仕事ぶりを見る限り、誇りを持って仕事に取り組んでいる、とは言えないだろう。
(なんでこんなことが出来るんだろう。私がもし貴族だったら……、地元に戻って結婚する必要がなかったら――……)
ため息をついたその瞬間。
経理部の扉が大きな音を立てて開けられた。
風と共に飛び込んできたのは、ダークグレイの髪を持つ騎士だった。
「エメリア……! なんでまだ帰っていないんだ……?」
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