第7話 また、来週


 最後に訪れたのは、身の回りの細々したものを扱う雑貨屋だった。


(わぁ、これ可愛い……!) 


 たくさん並べられている髪飾りのうち、乳白色のバレッタを手に取った。つるりとした素材は、きっと貝だろう。エメリアが布製品以外に惹かれるのはかなり珍しい。長方形の台に、細かな花柄の彫刻がされている。


(こんな堅い貝に、刻印をいれるなんて……間違いなく職人の技ね。今までこんなの見たことがなかった。王都って凄いなぁ)


 このバレッタに限らず、やはりエメリアが育った地方都市とは違い、王都には様々な凝った品物がある。オスカーに誘われるまで、こうして王都のお店を見て回ったことがないエメリアは素直に感動していた。


(これ、めっちゃくちゃ可愛いから、今日の思い出に欲しいけど……わっ、高すぎる)


 ちらりと値札を見下ろして、内心苦笑した。

 頑張れば買えないこともないが、しかしエメリアの一か月の給料半分くらいの値段だ。彼女は丁寧な手つきでそのバレッタを元に戻す。


(さすがの値段だったわ。でも造りからしたら納得。今日の思い出は、心の中にあるから、品物はいらないわね)


 そんな彼女の横顔をオスカーがじっと見つめていることに、気づいていなかった。そのお店を出ると、午後遅めの時間になっていた。そろそろ夕闇も迫ってきている。


「ありがとうございました、すごく楽しかったです」


 大満足のエメリアは笑顔でオスカーにお礼を言った。


「何も買わなかったけど、よかったのか?」

「はい。見ているだけで、とーっても楽しかったです!」


 わざとらしくちょっとだけ節をつければ、オスカーもふっと口元を緩めてくれた。


「風が冷たくなってきたな。よかったら、帰る前に温かい珈琲でも飲まないか」

「はい、ぜひ!」


 歩き疲れていたし、喉も乾いていた。オスカーが貴族たち御用達の店に連れて行くとも思わないから、頷く。

 オスカーに連れられて行ったのは、最近王都で流行り始めているというスタンド形式のお店だった。使い捨ての容器に珈琲を淹れてくれ、誰でも気軽に楽しむことができる。

 エメリアはカフェオレを、オスカーはブラックコーヒーを頼んだ。


「はい、どうぞ」

「あ、お金……っ」


 戸惑うエメリアに、彼が首を横に振った。


「これくらい奢らせてくれよ。さ、温かいうちにどうぞ」

「……ありがとうございます」


 感謝してから、渡されたカフェオレを一口含む。


「わ、おいし……っ」


 思わず喜びの声が出た。

 ミルクたっぷりのカフェオレは、苦みと甘みのバランスがとても良く、彼女好みの味だった。


「気に入ってくれたようでよかった」

 

 そんなエメリアを、オスカーがにこにこしながら見下ろす。二人はスタンドから少し離れたベンチに腰を下ろしていたが、さりげなく彼が風よけになってくれていることに気づいた。


(こういうとこ、だよなぁ……っ。すごくスマート……やっぱり、今までデートとか……たくさんされてるんだろうな)


 胸がちくりと痛んだ。


「オスカー様、いろいろなお店をよくご存知なんですね」


 ぽろっとそんな言葉がこぼれてしまう。

 けれど、オスカーは軽く肩をすくめた。


「確かに仕事柄、街を回っているから、道とか店には詳しい方だと思うね。だが俺も実際に客として行ったのは今日が初めてだ。雑貨屋はもちろんだが」


 彼はコーヒーのカップを軽く振ってみせた。


「このコーヒーも初めて飲んだよ。いつも人が並んでるから興味があったんだよな。だから君と一緒に来れて、すごく嬉しい」

「!」


 驚きで目を見開くと、オスカーが苦笑する。


「その顔は……、どんなことを考えたのかすぐに分かってしまうぞ? だが、嘘ではない。今まで誰かとデートしたことなんてない」

「え……?」

「俺は君としか付き合いたいと思ったことがない」


 真剣な表情でオスカーがそんなことを言うけれど、エメリアは答えることができない。


(で……でも、私と付き合っているのも嘘告……だから、でしょ? そう、嘘告……)


 ずきんと胸が痛む。

 嘘告だって分かっている。勘違いだってしていない。

 であれば、この胸の痛みはなんだろう。

  

「すぐには信じられないよな。でも追々君には分かってもらうから、覚悟しておいて」


 静かにオスカーが続け、エメリアは曖昧に微笑んだ。珈琲を飲み終わると、エメリアをアパートまでオスカーが送ってくれた。


 そしてこれは意外だったが、今日はキーナンとマイケルの姿は見当たらなかった。オスカーは、デートについて話さなかったのだろうか。賭けがうまくいっていると証明できる絶好のチャンスなのに。


(私に見つからないように、どこかに隠れてるのかな……?)


 考えても仕方がないので、それ以上気にするのは止めにすることにした。週末ではあるが、騎士である彼らは出勤しているのかもしれない。


 アパートの前に到着すると、オスカーが爽やかに微笑む。


「今日は俺に付き合ってくれてありがとう。また、来週。朝、迎えに行くよ」


 ――また、来週。


(またオスカー様に会える……!)


 考える前にエメリアは、頷いた。


「はい、また来週です、オスカー様」


 嬉しそうに笑ったオスカーを、エメリアは見送った。

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