第66話 珍入者

「ゲルドォォォォッォォォォ!」


その女性の声は、何の前触れも無く。 イクルとゲルド。 そして、アキト達に聞こえた。


アキト達は、周囲を見渡したが。


巨大な謁見の間には、アキト達6人と。 イクルとゲルド以外の姿は確認できない。


だが。 次の瞬間には。


天井が崩れ、その空いた空間から人影が、ゲルドに向かって落ちていく。



しかし、ゲルドに向かって落下していくも。


ゲルドとイクルの周囲には、イクルの張り巡らせた結界が張ってある。


ズガンッ! っと衝撃音が響き。 魔王城が揺れた気がした。


「ゲルド! ゲルド! ゲルドッ! ゲルドォォオォォ!」


空から落ちてきた人影は、イクルの結界が邪魔だと言わんばかりにゲルドの名を呼び、長い紫の髪を振り乱しながら拳で結界を殴りつけていた。



「なによ。アレ・・・」


ひたすらに、ゲルドと叫びながら、結界を殴りつける女性を見て、ソニアが言葉を漏らす。


「解かりません。」


ソニアの言葉に、スタンが答える。


「怪我をしてる。」


言ったのはアキト。


女性の左腕は、肘の所から無くなっており。


胴体の部分は、左の脇腹当たりの個所がえぐられており。


左足首の下は無い。



「|追っかけ《ファン」が来てるぞ。」


ゲルドから視線は外さずに、イクルが言う。


イクルは理解していた。


彼女も神人かみびとだと。


「存外。 嬉しいと思うものだな。 降し損ねた獲物が、自ら追いかけてくると言うのは。」


ニヤリと口角を上げて、上の方で結界を殴り続けている女性を見て言う。


「済まぬが。 アレを入れてはくれぬか。」


「オーケー。」


そう言って、イクルは女性の居る場所の結界を、一瞬だけ開閉した。


「ゲルドォォォォォォ!」


結界の中に落ちてきながらも、その女性はゲルドに向かって拳をふるう。


ゲルドは敢えて避けようとはせずに、女性の拳を顔面で受け止めた。


ゴガンッ! と大きなハンマーで大木をを叩くような鈍い音が響く。


女性の拳の直撃を受けても、ゲルドは微動だにせずに佇んでいた。


おもむろに、ゲルドの右腕が、女性の右腕を掴む。


すると、女性の右腕が、一瞬にして黒い何かへと為り。 肘から先が消えた。


「ああああぁぁぁぁぁああ!」


狂気に狂ったような声を上げ、右脚でゲルドを蹴りつけて、自分の身体を後方に飛ばし距離を取る女性。


「もう、良いか?」


女性に言ったのはイクル。


「良い訳があるかっ!」


イクルを睨みつけながら言う女性。


「なら、どうする?」


「お前っ! 名前はっ!」


怒鳴るように言う女性。


「イクル。 イクル タカナシだ。」


「イクルっ! 私をくだせっ!」


狂気の表情で。 それでも、どこか嬉しげに言う女性。


「名前は?」


イクルが尋ねる。


「・・・・・ミーア・キャンベル。 惑星、グランバトスの神人かみびとだ。」


そう言って。 ミーアはイクルの赤い刀を右肘から先の無くなった腕で持ち上げると。


ゆっくりと、自分の心の臓の位置に合わせ。


イクルの方に踏み出した。


イクルの赤い刀の刀身が。 ミーアの胸に吸い込まれるように刺さり。


ミーアの背中から赤い刀身が生える。


その瞬間。 イクルの思考に、ミーアの生い立ちが流れ込んできた。


ミーア・キャンベル。 27歳。


惑星グランバトスのトーラト大陸のシュラクと言う国に生まれ。


区画所。地球で言う所の区役所の所員。


奥手の上に、仕事熱心で恋人を作った経験すらない。


その惑星グランバトスに、世界大戦が起こってしまった。


その元凶と為ったのが。 他次元の神ゲルド。


数多の経緯を得て、ミーアは神人かみびとと為った。


だが、彼女の力及ばずに。 惑星グランバトスは無に帰ってしまった。


幸か不幸か。 その際に、ミーアは異次元の狭間に落ちてしまった。


どれくらいの時間を、次元の狭間で過ごしたのは分からない。


死ぬ事のできない神人かみびととしての身体が、ミーアを生きながらえさせた。


ふとした瞬間。 ミーアは次元の狭間で気配を感じた。


自分の憎むべき存在の気配を。


守り切れなかった世界。守れなかった人たち。



「私達の思い・・・。 お前に・・・背負わせる・・・。 済まない・・・。」


ミーアの身体が光の粒子と為り、足元から薄れていく。


「任された。 安心して、輪廻の輪に帰れ。 兄妹姉弟。」


そう言って、優しくミーアの顔を手の平で挟み。 ミーアの唇にキスをする。


「あ・・・りが・・・・・」


最後まで言う事なく。 ミーアの姿が、全て光の粒子と為ってイクルの身体の中に吸い込まれていった。


そして、イクルの存在値が跳ね上がる。


「スマンな。 獲物を横取りして。」


「構わん。 お前が降した方が楽しめる。」


一切の手出しをしてこなかったゲルドに向かって言うイクル。


イクルの言葉に、楽しそうな言葉を返す他次元の神ゲルド。


ゲルドが、ミーアを見て嬉しそうに感じたのは。


言うなれば。 昔なくしたと思ってた玩具を、何かの拍子で見つけて【懐かしい】といった感情に似ているだけだ。


惑星グランバトスにも、ミーアにも特別な感情は持ち合わせていない。


他次元の神ゲルドが持っている感情は。


イクルを降し。 この星と宇宙を【無】に還す事。


「それで。もっと楽しめる様にする為に。 提案があるんだがな。ゲルド。」


イクルは心の底から怒っていた。


かつて無いほどに怒りが込み上げて、怒りの臨界点を天元突破してしまっていた。


人と言うのは面白い物で。


怒りが自分の許容量を超えると、逆に【冷める】。


それは、見事なまでに冷めてしまう。


どうでも良いとか。 興味が無いとか言うレベルで無くて。


物凄く、客観的に見れてしまう。


「ほう。」


場所ステージを変えないか?」


そう言って、空を指さすイクル。


「上か。」


「そうだ。 そしたら、俺も全力を出してやる。 どうだ? 乗るか?」


「別に、我は此処でも構わんがな。」


「全力の俺とり合うのが怖いか?」


「安い挑発だな。」


「・・・・」


「安い挑発だが。 乗ってやろう。」


「感謝する・・・。」


ゼアルの言葉を聞いて。 イクルは結界を解いて、上空へと向かって行く。


そのイクルの後を追う様に、ゼアルもまた上昇する。


地上から遠く離れ。 成層圏を抜け。 宇宙へと。


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