第60話 アキト

生来イクルさん・・・」


イクルの死を知って、アキトが呟くように言う。


「まだ本気を出さぬか。 もう1人2人、死なぬと本気を出せぬか。


回復役が邪魔だな。」


そう言って、ゼアルが再び左手をかざす。


そのゼアルの左手が、何の前触れも無く跳ね上がった。


アキトが、ゼアルの左腕を蹴り上げていた。


「ふっ。」


ゼアルは口角を上げると、嬉しそうにアキトを見る。



 * * * * * * *



アキトの思考はクリアだった。


生来イクルが死んで、もっと激情に駆られるのかと思ったが。


自分でもビックリするくらいに冷静だった。



アキトにとって、生来イクルとは、年の離れたような兄の様な存在だった。


年が離れているにもかかわらず。


年上ぶらずに、自分の言葉をキチンと受け止めて真面目に返してくれる。仲の良い親友とも呼べるような存在だった。


そして、アキトが尊敬していた存在だった。


女性陣の中では、余りのアキトと生来イクルの仲の良さに、アキト同姓愛説イクルが好きが出回るほどに。


《もっと、色々と話したかった。》


ゼアルに向かって、神剣を振り下ろす。


ゼアルはアキトの攻撃を受け止めて、切り返す太刀でアキトに攻撃をする。


《もっと、色んな事を教えて欲しかった。》


ゼアルの攻撃を受け流して、神剣で切り返す。


徐々に、アキトとゼアルの打ち合う速度が上がっていく。


キッ!キッ!キッ! っと。


アキトの神剣と、ゼアルの持つ剣の音だけが部屋の中に響く。


一合、二合、三合・・・・。十合。


剣と剣とが打ち合う音だけが。


最初こそは、アキトの攻撃を片手で受けていたゼアルだが。


徐々に上がっていくアキトの攻撃速度に、余裕がなくなって来たのか、いつの間にか両手でアキトの攻撃を受け止めていた。


「ようやく、本気を出してきたか。 だが、まだだ。 もっとだっ! もっと本気を出せっ!」


歓喜の声を上げながら、ゼアルが剣を振るう。


《守れなくて!ゴメンなさいっ!》


ついに、アキトの神剣が、ゼアルの肩を切りつけた。


肩口から、血をしたたらせて、ゼアルが吠えた。


「もっとだ! もっと我を楽しませろ! ゆうしゃあぁぁぁああああああっ!」




 * * * * * * *



『母様っ!』


『私も感じた。 死んだのだな。』


シノンとセツは、世界中を飛び回っていた。


理由は、三大陸の船団と魔人族との船団とを、分断して結界で閉じ込めていたからだ。


生来イクルの、出来るだけ死者は出したくないと言う、甘い甘い理由の為に。



『うん。 でも、おかしいの。』


『何が?』


イクルとの契約が切れていないの。』


契約は、契約者が死ぬと解除される。


それが解除されていない。


『相も変わらず、ビックリ箱人間ですね・・・。 色んなことわりを無視しまくっています。』


言葉とは裏腹に、シノンの表情は嬉しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る