第48話 災難は突然に:9


代表者たちとの打ち合わせが終わり城に戻ってみれば。


「いい加減にしてください!」


フィオナが廊下で声を荒げていた。


「何を言っておる。私の妾にしてやると言っているんだ。不服があるのか?」


フィオナに詰め寄っているのは、如何にも貴族然とした男性。


「不服も不服。大不服です。 さっきから言ってますが。


私には、ちゃんと好きな人が居るんです。」


「その男性は、平民なのだろう。 なら、私の方が、其方に相応しいであろうが。」


「相応しいか、相応しく無いかは私が決める事です。


と、言う事で。失礼させていただきます。」


そう言って、クルリと体の向きを変えて、こっちを見た瞬間に、フィオナとの視線が合う。


「ただいま。」


軽く手を挙げて、フィオナに言う。


「お帰り!」


俺の方に向かって、近づこうとしたフィオナの腕を、男性の手が掴んでフィオナを引き留めた。


「つ!」


腕を捕まれたフィオナの表情が苦痛に歪む。


その瞬間、アレスが物凄い速度で男性に近づいて、フィオナの腕を掴む男性の腕を掴んだ。


「非戦闘員の人に。身体強化魔法フィジカル・マジックを使うとは感心せんぞ・・・。」


低くドスのきいた声で、男性を睨みながら言う。


今度は、アレスに腕を掴まれた男性の顔が苦痛に染まる。


お陰で、フィオナを掴んでいた男性の手は離れる。


フィオナが、掴まれた腕に手を当てながら、俺の方に小走りで近づく。


「何があった?」


「あの人が、私に妾になれと言うから断っているのですが。」


「断っても、引き下がらないと。」


「はい。」


その間にも、男性の方が身体強化魔法フィジカル・マジックへの魔力を多く流して、アレスの腕を振り解こうとしているが。


如何せん。 元々の基本性能身体能力が違い過ぎる上に。


魔力練度もアレスの方が上なので、男性の腕がアレスの腕を振り解くには程遠い。


「これ以上抵抗するなら。腕を握り潰すぞ?」


アレスが怒りを露わにして言う。


「き、貴様! 私があああ!」


「お前が誰だか知らないが。 ここは、ホーデン王国の王城だ。


此処で、不埒な行動を取るのなら。 俺達には、それを止める権利が与えられている。」


アレスが男性の腕を、捩じり上げながら言う。


「獣人殿。 どうか。怒りを お納めください。」


執事服を着た男性が、アレスの横に立ち、アレスに向かって頭を下げる。


「お前の主か?」


「はい。私は執事のナン・チャッテと申します。


主の非礼は、私が代わりに謝りますので。 どうか怒りを治めて戴けませんでしょうか。」


そう言って、深々と頭を下げるナン。


アレスが俺の方を見る。


一つ大きな溜め息をついて、俺はアレスたちの近づく。


「ナンさんと言いましたね。」


「はい。」


「私は、イクル・タカナシと言います。」


軽く頭を下げて挨拶をする。


「私は、ヤッチャ家に仕えております。 執事長のナンと言います。」


どうか、主を許しては貰えないでしょうか?」


「それは、この人次第です。」


そう言って、アレスに腕を掴まれている男性の方に視線を向ける。


「嫌がる女性を力づくで自分の物にしようと言うのが、レクサス王国の流儀なのでしょうか?」


「私は! レクサス王国のウザソ公爵だぞ! こんな事をおおおお!」


ウザソが何か言いかけた所で、アレスが握る力を強める。


「握りつぶして良いか?」


アレスが俺に聞いてきたので。


「どうぞ。」


バキッ!っと言う音と共に、アレスがウザソの腕を握りつぶした。


「があああああああああっ!」


大絶叫を上げるウザソ。


「ウザソ様!」


本気で腕を握りつぶすと思っていなかったのか。 執事のナンが、俺の方に怒りの形相を向ける。


「こんな事をして! 貴方は! 国同士の問題に発展させたいのですか!」


「ナンさん。 主の非礼を詫びる勇気があるのなら。 主の行動を止めるべきでしたね。


アレスも言いましたが。


俺たちには。ホーデン王国内では王の許可の元に、自分達に降りかかる火の粉を自分たちの判断で処理する事が出来る。」


「ウザソ様は、レクサス王国国王の義弟君の ご子息なのですよ!」


「だから、どうしました?」


「なっ!」


「ご存じ無いようなので、言って置きますが。


レクサス王国国王の、アキュラ・レクサス・ハイエース王と私は。


公儀の場以外では、【友】と言う扱いになっております。


御疑いでしたら、此処に通信魔道具が在りますので。


今からでも連絡を取る事が出来ますが。」


そう言って、魔道具を取り出して、レクサス王に連絡を入れる。


2秒ほどの呼び出し音が鳴り。


『ん?イクルか?どうかしたのか?』


アキュラ王の声が聞こえた。


「アキュラ王。 突然の呼び出し申し訳ございません。」


『なに。構わん。 それで?』


「はい実は・・・。」


俺は、アキュラ王に城に帰って来てからのいきさつを話した。


『ウザソは居るか?』


「ええ。居ます。』


「叔父上!こやつらをっ!」


痛みを堪えてウザソがアキュラ王に何か言おうとするも。


『黙らんか!ウザソ!』


顔は見えなくとも、お怒りの様子は伝わったのか。


ウザソが言葉を続けることはなかった。


『妹のアンナの息子だからと言って。


私の名を出せば事が収まるとでも思うたかっ!


この愚か者がっ!』


そう言って、通信機越しでもわかるくらいの大きな溜め息を漏らすアキュラ王。


『イクルよ。 腕の1本で足りぬなら。好きにしてくれていいぞ。』


「叔父上!」


「アキュラ様!」


『ナンよ。 お主も側に居たのならば、ウザソの愚行を止めんか。


主が間違った方に行かぬようにするのも、側仕えの務めであろうが。』


「っ! 申し訳ございません。」


通信機に向かって頭を下げるナン。


「で、アキュラ王。 コイツの処置は?」


『お主に一任する。 好きにしろ。』


「殺しても文句は言わないと?」


『勿論だ。』


即答するアキュラ王。


アキュラ王の言葉を聞いて青ざめるウザソ。


「ウザソ。 謝れ。」


俺の言葉を聞いて、ウザソとナンが面食らったような表情をする。


「なんだ? 殺されるとでも思ったのか?」


ウザソとナンが、顔を見合わせる。


通信機の向こう側では、アキュラ王も沈黙を保っている。


「謝れば、許して貰えるのか?」


「ああ。 ちゃんと謝る事が・・・・・・・・出来たらならな。」


そう、ちゃんと謝る事が出来たらならな。


今から、ウザソに試すのは、ウザソの人間性。


コイツウザソが、俺が何に対して怒っているのかを、理解しないで謝る様な態度なら・・・。


アレスが、ウザソの腕を離すと。


一瞬、ウザソが床に崩れたが。


痛む腕を庇いながら立ち上がって、フィオナの方に向かって歩いて行く。


「フィオナ殿。 公爵と言う立場を使って、貴女に強引に迫った事。


それと、戦闘の出来ない貴女に向かって、魔法を行使して傷つけかけた事。


まことに、申し訳ない。」


頭を深く下げて、フィオナに謝るウザソ。


「許してほしい。」


顔を上げて、フィオナに視線を向けるウザソ。


「はい。 でも、余り強引な迫り方は控えた方が良いと思いますよ。」


「っ。 心得た。 心に刻み込んでおく。」


そして、俺の方見るウザソ。


「80点。」


ウザソが、何が足りないと言った表情で俺を見るので、俺はアレスの方に視線を向ける。


俺の視線に気が付いたのか、ウザソがアレスの方に近寄って。


「熱くなり過ぎた、私を止めて貰って有り難う御座います。」


軽く頭を下げて謝るウザソ。


「いや。俺もやり過ぎた。 スタン。 悪いがコイツの腕を治してやってくれないか。」


「はいはい。」


スタンがウザソに近づいて腕をとる。


「っ!」


「直ぐに治しますから。 集え水。癒せハイ・ヒール。」


魔法で生み出された水が、ウザソの腕を包むと。 一瞬で、ウザソの砕かれた腕が奇麗に治る。


「治していただき、有り難う御座います。」


最後に俺の正面に立って。


「詫びる機会を作ってくれて感謝します。」


「100点。 どう致しまして。」


右手をウザソに差し出す。


が、ウザソは不思議そうな顔をする。


確かに、なにも理解していないで謝るだけなら、殺す事も考えなかったが。


ウザソは、何が悪いのかを理解した上で謝った。


きちんと理解して、謝れる奴なら、許すのが俺の流儀。


人間、1度や2度は、誰でも間違う。


ただ、間違った事柄にして。 ちゃんと理解して、次は間違わないようにする人間なら、失敗をもとにして伸びる事は出来る。


「怒ってないのですか?」


「なにを?」


「貴方の恋人に迫った事を。」


「フィオナが? 俺の?」


「ええ。」


「フィオナは恋人でも無ければ嫁でもない。 ただの親友だ。


いたっ!」


いつの間にか、俺の側に寄って来たフィオナに尻をつねられた。


怒った顔で、俺を睨むフィオナ。


「確かに、フィオナに好意を抱かれているし。


俺も好意を抱いているが、恋人じゃないし、嫁でもない。


これは事実だ。 痛いって!」


尻をつねるフィオナの手を取りながら言う。


「フィオナを口説いた事に怒っているのじゃなくて。


口説き方に怒っているだけだ。」


「それより、イクルさん・・・・・。 そちらの2人は?」


強引に、フィオナが話を逸らす為今度は俺の危機に、セツを抱っこした状態のシノンさんに視線を向ける。


「パパ。」


無邪気な笑顔で俺を呼ぶセツ


「ウチの人が。 何時も、お世話になってます。」


この人はわざとだな・・・。ニッコリと、黒い笑顔で挨拶をするシノンさん。


ブッ。っという音と主に、通信魔道具の通信が切れた。

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