第30話 と、ある男の少年期:5
「有り難う御座いましたっ! いらっしゃいませっ! こちらの席へどうぞ。」
昼時の立て込み状態の中、食事を済ませて空いたテーブルの上の食器を片付けながら、入ってくるお客さんを案内する。
「
「はいっ! すぐ入ります。」
テーブルに水を出して、客の注文を伝票に書いて、そのまま洗い場に入る。
引かれて来る食器を、水槽に入れてスポンジで次々に洗う。
忙しいけど、すごく楽しい。
物置の中で気を失った あの日。
夜中に、瞳が両親の目を盗んで俺の様子を見に来た。
物置の中で、ぐったりとして動きのない俺を見て。 瞳は両親ではなくて、
慌てて車で駆け付けた
なんでも、丸3日も物置の中に閉じ込められていたらしい。
医者の話では、もう少し運ばれて来るのが遅かったら、脱水症状で死んでいたかも知れなかったとの事。
さすがに
翌日に、弁護士を連れて両親と対談。
その後に、弁護士を連れたまま、児童相談所と警察に直行しに行って、ようやく児童虐待が成立された。
そして、少しの期間を置いて。 俺は、
中学の転向。 妹との別れ。 友達との別れ。
それに、結局。最後まで告白できなかった
余りにも、慌ただしく物事が動いたために。
本当に、満足な別れも出来なかった。
学校で虐められなくなり、友達も増えた。
変な時期に転向したので、多少の注目は集めたけど。
脚の怪我を見て、みんな勘違いしてくれたので助かった面もある。
何人かは、府大会での活躍を知っていたのか、陸上部に誘われたけど。
まともに走れないからと、丁重にお断りした。
替わりに入ったクラブは手芸部だった。
家庭科の授業で、自分でも驚くくらいに、縫い物ができてしまって。
手芸部の顧問の先生に誘われて入った。
クラスメイトからは、男のくせに手芸部って
多少の喧嘩はあったけど、2~3日たてば、どちからともなく「ごめん。」と謝って仲直りできていた。
中学卒業間近。 俺は社会に出ることを望んだ。
子供が遠慮するなとか。
やっぱり、本当の両親じゃないから?とか。
だから、俺は自分の胸の内を話した。
例え元の両親と離れたと言っても、同じ府内で住んでいるのだから。
どこかで、ふと顔を合わせることが有ると思う。
瞳には悪いけど。 おれは、2度と元の両親の顔を見たくない。と言うのが本音だった。
だから、出来るだけ遠くに行って暮らしたいと話した。
俺の言葉に、3人とも最後には家を出ることを許してくれた。
その時に、
名古屋に知り合いの調理師が居て、ちょうど従業員を募集していて、そこに住み込みで働かないかと。
俺としても、衣食住のうちの、食と住は確保しておきたかったので、喜んでその案に乗った。
そして、その時にもう1つの提案も。
つまりは、俺から言えば、
そして、名も
どうせ離れて1人立ちするなら、徹底的にやった方が、元の両親も分かりにくくなるだろうと言う判断だった。
そして、俺は
残念ながら、
名前の意味としては、【無事に
おれ、もう生まれてるんだけど?
と茶化したら。
「無事に
この言葉を聞いて、俺は泣いてしまった。
嬉しくて、嬉しくて。
血は繋がっていないけど、この人たちは、俺の事を
そして、中学卒業と同時に、俺は愛知県に向かった。
妹への手紙と、
手紙は、
妹の瞳には。 多分、2度と会う事も無いだろうと書いた手紙を。
手紙の最後に、【カビなんて呼ばれた僕が好きだって迷惑かも知れなくてゴメンね。】と。書いたのは、年を取った今でも覚えている。
もちろん、俺からの一方通行の手紙で、2人からの返事は届かない。
___________
名古屋に来て、1年が経った。
洗い場と言うのは、調理師で上を目指す者にとっては最高の場所だ。
客の食べ残した料理を、捨てる前に味見できるのだから。
虐められっ子時代に
常に周囲にビクついて、周囲の顔色をうかがいながら見ていたせいか。
先輩の達の技術を盗み見ては自分の物にしていった。
1年が経つ頃には、俺は
これは、蕎麦屋とラーメン屋なら花形といっても良い。
まぁ、俺が居るのは大衆の中華屋で、ラーメン以外にも色々取り扱っている。
一番鍋、二番鍋と続いて。 3番目に
最近では、先輩方の
先輩たちも厳しくはあるけど、後輩虐めなどしない良い先輩たち。
業務時間は、夕方の17時開店で、夜中の3時に閉店する。
近所には、スナックやキャバレーが多く存在して、裏には市役所に消防署迄ある。
立地条件が良すぎる場所で、営業時間は忙し過ぎて目が回りそうになる。
店の営業時間は17時~3時までだけど、俺の仕事時間はもっと長い。
昼の1時~2時には出勤して、仕込みをしなくてはいけないし。
3時の閉店時間からは、片付けを終わらせてから帰宅。
全て片付けが終わるころには、朝の5時~6時に為っている。
住んでいるのは、お店の寮で、徒歩で5分と掛からない。
休みは月曜日だけ。
だけど、辛いとは思ったことが無い。
お腹いっぱいに食べさせてくれるし、休みも貰える。
働いたら、働いただけ給料も貰えるし。 実力を認められたら、年の差に関係なく上に行ける。
そして、この時期に、彼女に出会う。
後に、俺の奥さんとなる女性に。
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