第29話 と、ある男の少年期:4

退院して、家に戻ると。


またもや、母さんの小言と、父さんからの制裁を受けた。


妹を危ない事に巻き込んだからだという理由で。



「お父さん!お兄ちゃんは私を助けてくれたのよ! なんで怒られないといけないのっ!」


「元をただせば、バカが下らん友達と付き合っているからだっ! 良いか瞳。 瞳は友達を選んで作るんだぞ。」


「お母さん!」


「お父さんの言う通りよ。 瞳を危ない目に合わせたのは聖人まさとなの。」


父さんに引きずられながら、離れに在る物置の前で俺を見て、妹が必死に両親に訴える。


「瞳を巻き込んで、すいませんでした。 瞳。ごめんな。」


瞳に向かって頭を深く下げる。


「お兄ちゃん・・・」


泣きそうな顔の瞳。


「上辺だけの謝罪などするなっ!」


そう言って、俺の顔面を殴りつける父さん。


「あぐっ!」


退院したばかりで怪我も治りきっていない状態で殴られて、膝から地面に崩れるように手を付く俺。


「お兄ちゃんっ!」


瞳が側に着て、俺の身体を優しく抱き込むように。


「瞳。ごめんな・・・。」


倒れた態勢で、両手を地面に着けて、頭を深く下げる。


脚の靱帯が切れているので、土下座にはなれないけれど。


「なんで・・・おにいちゃん・・・」


泣き出す妹。


両親が妹を立たせて俺から引き離す。


俺は、黙ったまま松葉杖を支えに立ち上がって物置の中に入って行く。


扉が閉まって、外からカギがかけられる音が聞こえた。


「・・・・・理不尽過ぎだろう・・・。」


自然と涙が出てきた。


「・・・く・・・く・・・」


狭い物置の中で、壁に背を預けて左足を伸ばした姿勢でうずくまり声を殺して泣く。



もし、身体測定の時に、あの校医の先生じゃなかったら。


カビなんて仇名を付けられていなかったら。


もうちょっと、マシなんだったんだろうかなぁ~。


「爺ちゃん・・・婆ちゃん・・・。」


優しかった祖父母の顔を思い出す。


5歳まで、俺の面倒見てくれた祖父母。


俺は、武彦たけひこ叔父さんに連れられて。 妹は両親と一緒に何度か田舎にも帰った。


田舎では、父さんも、余り俺の事は殴らないでいたので、祖父母の目には良い父に見えていただろう。


正直、外面そとづらだけは取り繕って良い両親だった。



武彦たけひこ叔父さん・・・・・。 俺・・・もうヤバイかも・・・・」


涙が止まる事なく出てくる。


「たすけてよ・・・・。 もうやだよぉ・・・・いやだよぉ・・・・・」



どれくらいの時間を泣いたのだろうか。


泣き疲れて寝ていた。


もぞりと身体を動かすと。 右足に何かが当たる感触が。


暗い中、足に当たった何かを手探りで手繰たぐり寄せる。


物置の中は、お仕置きとして何度も入れられているので、中に何が置かれているのかはある程度は把握していた。


右脚に当たったソレは、俺の記憶には無い物だったから。



「懐中電灯?」


手繰り寄せて、手に取ってみて分かった。


懐中電灯を点けて、物置の中を見渡す。


「?」


背中を預けている壁の横に置いてあるダンボール箱。


こんなのあったっけ?


と思い、箱を開ける。


中には、水筒が2つに、パンが4つ。 それと封筒が入っていた。


封を開けて中を見る。


【これだけしか隠せなくてゴメンね。 お兄ちゃん、ありがとう。】


と、書かれていた。


両親の目を盗んで、物置の中に隠すだけでも大変だったろうに。


少ない自分の小遣いでパンを買ってくれたのか。


・・・ずっ・・・・ずっ・・・。


涙と鼻水を啜りながら、水筒を開けて中の水を飲む。


封を開けてパンを齧る。



「・・・・りがとう・・・・ありがとう・・・・・」


聞こえるはずのない感謝の言葉を、妹の顔を思いながら飢えを凌いだ。



___________



「暑い・・・・」


妹のお陰で、多少の飢えと渇きは凌げた。


勿論、食いカスは、水筒といっしょに、ダンボール箱の中にしまって元の位置に戻してある。


もし見つかったら、ひとみが怒られる。



今は、9月の半ば過ぎ。


残暑が残る暑さの中で、物置の中はサウナ状態に為って居る。


最後に水を飲んでから、どのくらいの時間が過ぎたのか。


暗い中で、天井の隙間から光が見えるので日中だとは思う。


全身は汗でびっしょり。



さらに時間が過ぎて、すでに汗も出なくなってきて、口の中の唾液も出なくなってきている。


唇はカサカサになり、視点も合わせにくくなってきた。


唇を舐めるが、既に唾液も出ない状態になって来ているので潤わない。


声を出すのもしんどい。


そのうちに、だんだんと眠くなってきた。


壁にもたれたまま瞼を閉じた。

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