第9話 初めての転移

その時、トントンと家の壁を叩く音が聞こえた。


ドアが無いので、家の壁を叩いているのだろう。


何せ、この家の入口は、布が垂れ下がっているだけで、ドアが無いのだから。


「イライザ。スタンです。入っても良いですか?」


ノック?の後に声が聞こえた。 男性の声だ。


「良いわよ!」


俺の力説で固まっていたイライザが、少し大きめの声を上げて言う。


「お邪魔します。っと、アレスも居たのですね。」


「お、おおぅ。」


スタンの方を向きながら、アレスも固まってた状態から解放される。


俺と、スタンさんの視線が合う。


「貴方が転移者の?」


「ええ、はい。」


それだけ言うのがやっとだった。


俺は、スタンさんに魅入っていたからだ。


いや! 俺に男色の気は無いからねっ! 素直にスタンさんの容姿に魅入っていただけだよっ!


だって彼。 背中に羽が在るんだよ!


小さく折りたたんでいるのは判るけど、スタンさんの背中には、紛れもなく白い羽が在るんだよっ!


人間の背中に羽が付いてれば、驚いて魅入ってしまうのは無理ないでしょう!


「初めまして。 魔人族のスタンです。」


胸に軽く手を当てながら、俺にお辞儀をするスタンさん。


「魔人じゃなくて、天使じゃね?」


思わず、小声で突っ込んでしまう俺。


「はは、本当に転移者なんですね。」


俺の突っ込みに、笑って返してくれるスタンさん。


「魔人族と言っても。 単に魔力が高くて、空を飛翔できる種の事を魔人族と呼んでいるに過ぎませんので。」


「早速で悪いんだけどスタン。 王都まで、お願いできるかしら?」


「理解はしていますがイライザ。 私は乗り合い馬車タクシーではないのですからね。」


困ったような顔をしながら、イライザに向かって言うスタン。


「アレスは論外。私の魔力じゃ、単身での転移はできても、1人以上はできないのだから仕方がないでしょう。」


「はいはい、分かってます。」


少し呆れ気みながらも、俺たち3人の方に近づいて来ると。


いつの間にか、手に持った杖で地面に軽く叩くスタン。


一瞬で、魔法陣が地面に描かれて、淡い光を発光させる。


「おおっ!」っと。 俺が、驚きの声を上げた次の瞬間には、石造りの部屋らしい場所に居た。


「あれ?」


突然、俺の身体が、自分の意思に反して崩れて床にうずくまってしまう。


「転移酔いですね。」


床にうずくまる、俺を見てスタンが言う。


「俺が背負う。」


そう言って、片手で俺の身体を持ち上げて、器用に俺を背中の方に回して背負うアレスさん。


「お帰りなさい。 イライザ。スタン。アレス。」


女性の声が聞こえたところで、俺の意識は完全に飛んでしまった。



 * * * * * *



「んん・・・。」


どうやら、転移酔いとかで、気を失ってしまったらしい。


未だに、頭はズキズキして身体はだるいけど、我慢できないほどじゃぁない。


ベットに寝かされていた体を起こして周囲を見れば。窓の外は、既に暗さが差し掛かっていた。


部屋の中は、少し暗いが真っ暗と言う訳ではない。


ベットの脇の、テーブルに小さなランプが1つ置かれているだけなので薄暗く感じるのだろう。


「気を失っていたのか?」


誰と言う訳じゃない。 独り言だ。


向こう(獣人の大陸)を発ったのが昼過ぎ辺りで、今の時間を考えると、そう思ってしまうのも無理は無いと思う。


「ええ。2時間ほど気を失っていました。」


俺の耳に、物凄く馴染みのある声が聞こえて。 俺の身体が固まったのが自分でも理解できた。


ハスキーボイスだが、明らかに女性と認識できる声。


そして、俺に馴染みのある声。


バクバクと早なる心臓の鼓動。


恐る恐る、だけど期待を込めて声の方に振り向く。


薄暗くて、相手の顔はハッキリとは見えないが。


俺には。 いや、俺が見間違うはずがない。


翔子しょうこさん?」


そう、俺の奥さん。 小鳥遊たかなし 翔子しょうこ


「いえ? 多分、人違いですよ。私の名前はセリス。 ショウコと言う名前ではありませんから。」


セリスと名乗った女性を思わず凝視してしまう。


さっきは寝起きで、動揺も大きかったので気が付かなかったけど。


「エル・・・フ?」


そう、彼女の髪色は銀髪で、耳は人と比べて、かなり大きめで先端が尖っていた。


ラノベやアニメで良く語られる、エルフに。


「ええ、そうです。 私はエルフですよ。何か問題でも?」


頭を傾げながら、俺に向かって言う彼女。


「えっ! あっ! 御免なさい! 初めて見たので! その、スイマセンっ!」


彼女に向かって頭を下げる。


頭を下げた時に、彼女の胸が視界に入る。


うん。翔子さんじゃないな。


翔子さんの胸は、主張が激し過ぎるくらいの胸だったけど。


彼女の胸は、控えめと言うか何と言うか。


胸で、奥さんと違うと判断するのもどうかと思うけど・・・。


「あまり、女性の胸をジロジロ見るのは失礼だと思いますよ。」


少し、きつめの視線を俺に向けながら彼女が言う。


「御免んなさい。」


俺が謝ると同時に、部屋の中が一気に明るくなった。


「寝ているのに、明るいと嫌でしょう?」


彼女が気を利かして、光量を落としていてくれたようだ。


今は、天井に在る、シャンデリアが部屋の中を照らしているのだ。


そして、明るくなった事で。彼女が翔子さんではないと、改めて実感してしまう。


確かに似ている。 翔子さんにそっくりだ。 だけど、若い。 若すぎる。


翔子さんは、俺と同じで50歳。 若く見られるけど、良い所30代後半から40代だ。


それに対して目の前の彼女は、どう見ても20代にしか見えない。


まぁ、アニメやラノベと同じなら、エルフ=長生きなんだろうけど。 この星のエルフってどうなんだろう?

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