ダイエットは難しい

 リビングに行くと、お義姉ちゃんがフローリングの上に突っ伏していた。昼間っからだらしなく伸びているお義姉ちゃんを見て、ボクは「何かあったな」と察しがついた。


 推理をするために、義姉の周りを見てみる。

 すると、体重計が見つかった。


「あぁ……太ったんだ……」

「う”……」


 図星のようだ。

 一見すれば、前よりはお腹周りの肉が縮んだ気がする。

 豚のように肥えているわけじゃない。


 でも、体重が増えた。


「なん、で。運動してるのに……」

「筋トレの方が多いもん」

「か、関係ないよ!」

「いいや。関係大アリだよ。おねえちゃんの運動方法があってるか、ボク調べてるからね」


 痩せたい。=体重を減らしたい。

 これがお義姉ちゃんの望みだ。

 しかし、散歩の方は控えめで、筋トレばかりをしていたら、体重が増すのは当たり前だ。


「うぅ……、散歩……が……頑張ってるよぉ……」


 お義姉ちゃんがうつ伏せになる姿は、打ち上げられたマグロみたいだった。手足をピンと伸ばし、直立不動の体勢のままで、しくしく泣き始めた。


「……食事量、減らしてみる?」

「……え?」


 死刑を言い渡された罪人のようだった。

 顔面蒼白になり、小刻みに震えて、力なく額を床に擦り付けた。


「……じゃあ……豚肉はやめる。牛。牛でいいよ」

「え? いやいや! 何で、高カロリーから高カロリーに切り替えるわけ? どっちも脂質多いよ」

「でもぉ、ほら。あ、あたしって、心は日本人だけど、体は……ほら……ね?」


 都合の良い時だけ、外国籍を引っ張ってくる義姉。

 言い訳に必死だった。


「知ってた? 日本の人って、隔世遺伝で糖尿の気があるけど。ふふん。あたしは、肝臓とかムッチャ強いから。糖尿とかなりにくいんだよぉ?」

「ボク調べたけどね。アメリカって今、尿らしいよ」

「……え”?」


 一昔前は、アメリカで糖尿が多いなんてイメージはなかった。

 その手の情報もなかった。

 でも、実際はインスリンを必要とする人が多いらしく、とんでもないくらいに糖尿病で苦しんでいる人が多い。


 あえて言わないけど、デブの末路ってわけだ。

 ボクは義姉が心配なので、運動だけはさせようと心に決めている。


「デブになると、もっと臭くなるよ」

「や、……やめて……」

「豚になってもいいの? お義姉ちゃん。ボクより太りやすいんだよ?」

「やめて! 現実なんか見たくない!」

「現実って認識してるじゃん……」


 ようやく起き上がると、義姉は自分で腹の肉を摘まみだした。

 前よりは、やはり贅肉が減っている。

 少しだけ余った肉がムニムニと搾りだされているだけで、デブやぽっちゃりって印象は全くない。

 でも、贅肉だ。


「スクワットたくさんしてるから、……減ってもいいのにぃ」

「あれ、足とかお尻が大きくなるみたいだよ。特に太もも」

「んー……、回数増やすしかないのかなぁ」

「もっと太くなるよ。どこ目指してんのさ」


 一応、義姉には散歩をおススメした。

 有酸素運動をすれば、肉と一緒に筋肉は痩せていくので、バランスは取れるはずだ。


 *


 翌日。

 ボクはリビングで動画を見ていた。

 何気なく窓の向こうに目を移し、動画に視線を戻す。


「!?」


 もう一度、窓の向こうに目を移す。

 義姉が逆立ちして、腕立て伏せをしていた。


「すっげぇ……けど、バカ過ぎる!」


 無駄にフィジカルがすごいけど、散歩じゃなくて筋トレの方に全力を注いでいるのだ。ボクはすぐに窓を開けて、庭先にいるお義姉ちゃんに声を掛けた。


「おねえちゃん! 散歩は!?」

「い、いっだ!」

「嘘吐けぇ! 行ってきますって言ったばかりじゃん!」


 逆立ちして腕立てって、普通はできない。

 一応、倒れないように塀に向かって、足を倒れさせてはいるが、全体重を両腕だけで支えているので、いつ倒れたっておかしくなかった。


「夕方にぃ、いぐ、も”ん”」

「確かに、夕方には姿が見えないけど……」


 散歩に行くときは行っているのだろう。

 でも、この義姉のことだから、どこかで時間を潰している可能性がある。


 ボクは義姉の怠惰っぷりを知っているので、いまいち信用できなかった。数日前までは、ボクが一緒に行っていたが、ここ最近はクラスメートからの誘いが多いせいで、なかなか構ってあげられなかった。


 だから、強くは責めれない。

 でも、義姉が真面目に散歩をしてるとは思えなかった。


 体重がその証拠である。


「筋肉増やしたいの?」

「……やだ……ぁぁ……」

「スリム体型目指して、筋トレに全力って、……訳が分からないよ」


 義姉は歯を食い縛って、腕立て伏せをやり遂げるのだった。

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