大はしゃぎ

 マスオさんに車を出してもらい、海にきた。

 夜の海は誰もいなくて、静かなものだった。


「おぉ……っ」


 お義姉ちゃんは感動していた。

 部屋にこもっていては、絶対に見る事の出来ない光景。

 何が違うかって、潮の香りがすることだ。

 波音が静かで、海面の跳ねる音だけが聞こえる。


 波打ち際にまでやってきて、ボクは花火セットの袋を開ける。

 それから、マスオさんがバケツで海水を汲んできて、近くに置いた。


「あたし、線香花火が良い」

「……それ……普通最後じゃ……」

「二袋あるから、一本くらいはいいんじゃないか?」


 義姉は本当に変わってる。

 終わりから始まる、って一体何の哲学なんだろう。

 ライターで先端に火を灯すと、線香花火が弱弱しい輝きを放つ。


「……暗っ」

「きれー」


 なのに、義姉は目を輝かせて、線香花火を見つめる。

 気にせずに、ボクはボクで、花火を楽しむことにした。


 ライターで火を点けると、火薬の臭いが鼻に届いてくる。

 赤や緑の火花が散り、ボクは先端で円を描いてみた。

 花火なんて、何年ぶりだろうか。

 波打ち際に向かって花火を向けつつ、ボクは義姉が気になり、振り向く。


「ふぇぁぁ……っ」

「何ちゅう声出してんのよ」


 線香花火は地味に長い。

 お義姉ちゃんは感動で身を震わせ、ぽつりと言うのだ。


「線香花火だけあればいいや」

「……暗いよー」


 終始にわたって、暗すぎる。

 隣に座っているマスオさんは、黙って花火を見つめていた。

 お義姉ちゃんは他の線香花火も燃やしたがっているようで、マスオさんが持つ花火にピッタリとくっ付ける。


 その際、お義姉ちゃんは体のバランスを取るために、マスオさんの膝を肘掛け代わりに使っていた。


(図々しいなぁ……)


 そう思いつつも、ボクは別に嫌な感じはしない。

 微笑ましくあるけど、同時に義姉にとっては寄り添ってくれる大人が必要なんだろう。


 両親は義姉を諦めたけど、生活費を稼ぐために頑張っている。

 責める気持ちなんてない。

 でも、お義姉ちゃんからすれば、お金は入るけど、傍にいてくれる大人がいないから、不安なんだと思った。


(本当に……マスオさんが貰ってくれたらいいんじゃないかなぁ)


 将来の事を少しだけ考えると、ボクは義姉が心配になった。

 ボクが家にいる間は、一緒にいてあげられる。

 でも、――その先は――。


「あ、消えちゃった」


 別の花火を二、三本持ち、ライターで火を点ける。

 再び、色とりどりに咲いた光の花を持ち上げ、ボクは波打ち際の方に向かって歩いた。


(小さい頃は、将来の事なんて考えてなかったけど。もう、高校二年生だし。嫌でも……考えちゃうなぁ……)


 考え事をしながら、海を眺めた。

 墨が一面にわたって広がっているかのような景色。

 地平線には漁船の明かりが見えて、真上には無数の星が見えた。


 後ろからは微風がやってきて、首筋を撫でてくる。


「ん”ぉ”……すっご……っ!」


 義姉の汚い声まで届いてくる。

 せっかく、人が物思いに耽っているというのに、台無しだった。


「ひぃ――ッ! ひぃ――ッ!」

「どんだけ、はしゃいでんのよ……」


 どうせ、久しぶりに遠くまできて、テンションがバグっているだけなんだろう。海を見るのだって、ボクと同じで久しぶりだ。

 花火なんて子供の時以来だから、ボクだって小さな明かりをぶらぶらさせているだけで楽しい。


 気を取り直して、ボクはセンチメンタルな気分に浸ろうと、僅かな波の音に耳を澄ませる。


「あ”あ”あ”あ”ーっ! だめ”、だめ”っ! 消えちゃう”う”う”っ!」


 やはり、鼓膜に届いてくるのは義姉の汚い声だった。

 線香花火がいよいよ消えようとしているに違いない。

 どんだけ悲しんでいるんだよ、と頭を抱えたくなった。


 振り向くと、義姉の姿は小さくなっていた。

 花火が消えた事で、真っ黒い影が塊のようになっているだけ。


「ちょっと向こう行ってくるよ!」


 すると、返ってきたのは、マスオさんの声だった。


「気をつけてな!」

「はーい!」


 花火の明かりを提灯替わりにして、ボクは砂浜を歩いた。

 提灯よりも短い時間しか照らせない花火。

 白い砂浜は色を反映して、虹色に輝いた。


「あ”あ”あ”! あ”-っ!」

「あ、ダメだ。うるっせ。本当にうるさい」


 人がいないからって、声を出し過ぎでしょ。


「引きこもると、こういう所、変になるんだろうな」


 普段騒がない所で、大はしゃぎしてしまうのは良い例か。

 ボクは再度気を取り直して、今度は花火の煙で空中に顔を描いてみた。

 誰でもない、名前もない人間の顔だ。


「あ”っっぐううううう!」

「うっさいよ! もう!」


 たぶん、戻った頃には線香花火がなくなっているだろう。

 絶対に全部使っているからだ。

 こんな事なら、自分達でも花火を用意しておけばよかった。


 せっかく花火ではあったが、締めの線香はなし。

 そうと分かっているので、ボクはせめて一人の時間を楽しむことにしたのだった。


 あと、お義姉ちゃんが本当にうるさかった。

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