近所さん

 お隣さんの家におすそ分けをしに来た。


「おおっ! いつも悪いねぇ!」

「いえ。これぐらいは……」


 ボクは両手に抱えた段ボールをお隣さんに渡す。

 隣に住むマスオさんは、気さくな人だ。

 よく家にも遊びに来るし、色々と世話をしてくれる。

 たぶん、親に何か頼まれているんだと思う。


 高校を卒業したとはいえ、お義姉ちゃんは18歳。

 ボクはまだ学生だし、親は不安に思う所があるんだろう。

 マスオさんは草刈りをやってくれたり、家の壁の簡単な補修をしてくれたり、本当に世話をしてくれてる。


「アリナちゃんは元気かい?」

「相変わらずですね」

「ははっ。元気にご飯を食べてるならいいよ。オレなんて、ほら。食い過ぎて、腹が身ごもってらぁ」


 膨らんだ腹をポンと叩き、歯を見せて笑った。

 見た目は脂ギッシュな中年のおじさんだ。

 浅黒い肌が特徴的で、お腹はメタボなのか、本当にぽっこり膨らんでいる。

 頭は禿げ上がっていて、眩しい太陽が頭頂部に当たると、黒光りしていた。


「困った事があったら、何でも言え。オレぁ、大したことができないけどよ。力になるからよ。な?」

「……はい」


 頷いて、何気なく自分の家の方を見た。

 ブロック塀から視線を持ち上げ、ちょうどお義姉ちゃんの部屋の辺りを見る。


「(じーっ)」


 お義姉ちゃんがカーテンの隙間から顔だけを出し、ボク達を見ていた。

 マスオさんはお義姉ちゃんが見ている事に気づいたのか。

 ボクの視線を辿り、部屋の窓にいるお義姉ちゃんを見つけると、大きく手を振った。


「恥ずかしがってる」


 でも、お義姉ちゃんは、引っ込もうとしない。

 マスオさんだけは特別なんだろう。

 思えば、小さい頃から元気に挨拶をされて、物も貰って、色々と面倒を見られてきたから。


 昔の人の常識では、『』というのが普通らしい。

 だから、お節介な人が多いと聞く。


 お義姉ちゃんはモジモジとして、マスオさんをジッと見ていた。

 親戚のおじさんみたいなものだから、気になるんだろう。

 子供が恥ずかしがりながら、興味を抱くのと同じだ。


「ほれ。タヌキみたいだろう?」


 服を捲って、膨らんだお腹をベチベチ叩く。

 お義姉ちゃんは窓越しに笑っていた。

 ボクは義姉の笑顔を見るのが、何だか久しぶりな気がして嬉しくなってしまう。


「ウチのお義姉ちゃんも太ったんですよ」

「あぁ、やっぱりか。うん。知ってるよぉ」

「え?」

「だって、肉の付き方が他と違うからねぇ。まあ、見てれば薄々気づくわなぁ。うん」


 いつも、傍で見ているのと、ちょくちょく見かけるのとでは、変化への気づきが違うのだろう。

 他の人から見て、そこまで変化があるなんて思わなかった。


「この前、その辺歩いてただろう?」

「あぁ、見てましたか」

「5時ぐらいに歩けばいいよ。山の方に向かって、畦道の傍を歩きな。帰宅ラッシュで、海沿いの方が込むんだ」


 ボクは海沿いを避けたつもりだったが、結構な頻度で人とすれ違っていた。山の方に向かう道なら、ぶっちゃけ店があるわけではないから、人通りが少ないのは納得がいく。


「ありがとうございます」

「いいよ。じゃ、気を付けて」

「はーい」


 そう言って、ボクはマスオさん宅を後にした。

 最後までお義姉ちゃんは笑顔でボクらの方を見ていた。


 *


 リビングでご飯を食べていると、お義姉ちゃんが言った。


「マスオさんって、結婚とかしないのかなぁ」

「何で?」

「いつも一人じゃん」


 女の人が出入りしている所を見かけたことはないし、見たまま独り暮らしだろう。結婚はしていないだろうし、いつも笑顔で世話をしてくれるイメージしかない。


「おねえちゃん。マスオさんの事は平気だよねぇ」

「だって、好きだもん」

「まあ、いつも世話になってるからね」

「でも、返せるものがなくてさぁ。モヤモヤぁっとする」


 大人は見返りを気にするんだろうか。

 少なくとも、マスオさんは見返りを求める事はしてこない。

 カレーを食べながら、お義姉ちゃんはボケーっとした。


 もしかしたら、独り暮らしのマスオさんと、普段部屋にこもってる寂しい自分を重ねているのかも。


「そういえば、マスオさんが5時くらいに山の方を散歩しろって。人気がないから」

「もぐっ。……んー……うん」

「素直だなぁ」

「……行く」


 素直に頷くお義姉ちゃんを見て思った。

 親はボクらを諦めているのだろうし、ボクも親の気持ちには納得がいっている。

 でも、見捨てないマスオさんの事は、ボクにとっても特別だ。

 それを考えると、お義姉ちゃんが素直なのも頷ける話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る