寂しがり屋

 明後日からは夏休み。

 夏休み初日に宿題は終わらせて、後は遊ぶつもりだ。

 ボクはクラスメートの女子から連絡がきたので、リビングのソファで横になってチャットをしていた。


「むぅ……」


 お義姉ちゃんが――嫉妬していた。

 お腹に顔を埋めて、必死に息を吐いて温めている。


「暑いよ」

「……かまってよ」


 お義姉ちゃんは、たまに寂しがり屋だ。

 普段は部屋でネットサーフィンを楽しんでいるのに、やる事がなくなったのか、ボクにちょっかいを出してきていた。


「ケイちゃん」

「んー?」

「キャンプ……したい……」


 お義姉ちゃんは、虫が得意だ。

 だから、ボクのようにいちいちビビったりしない。

 ていうか、蛇を素手で触れる時点で、ある意味では強メンタルだ。


 キャンプをするとしたら、山の方面を走ってるバスに乗って、キャンプ場に行く必要がある。

 ただ、問題はキャンプに必要な知識を持っているかどうか。

 あと、この時期だと家族連れとか多くなりそうなので、義姉が耐えれるかどうか。


「人、いっぱいいるよ?」


 正直、面倒くさかったので、適当に断ろうと思った。

 だが、義姉はめげなかった。


「ふふん。庭でやるから平気」

「それ、……キャンプじゃないよ」


 キャンプって自然を感じつつ、衣食住とか普段の生活から離れた事を経験するものだと思っていた。

 だが、義姉にとっての安全圏が近すぎるのは、何も変化がないのではないだろうか。


「ねえ。いいでしょ。今日、テント張ってさ。庭で寝よ?」

「いや、今、夜だし」


 鈴虫の声が聞こえてくる。

 外は真っ暗だ。

 今の時刻は21時。


「テントって準備するの面倒だよ。ていうか、テントないじゃん」


 すると、お義姉ちゃんがにんまりと笑って、大きな胸を反らせた。

 ソファに寝てるボクから見て、胸の陰に顔が隠れていて、どんな顔をしているのか見えなくなる。


「もし、災害があってもいいように。あたし、買ったから」

「……テントを?」

「うん。二階にあるよ。バーベキューセットと、練炭。着火剤も」


 なんだろう。

 お義姉ちゃんが道具の名前を言っただけなのに、練炭で自殺でもするんじゃないか、って不安になってくる。


「うぅん。でも、今日はもういいよ。普通に寝る」


 そして、ボクはクラスメートの女子と再びチャットをする。

 リナと書かれた名前の下に、メッセージが表示されていく。


『プールとかどう?』

「プールかぁ……」


 せっかく誘ってくれてるのに、断るのは気が引けるなぁ。

 ボクがそう思っていると、他の案が表示される。


『みんなで海に行くのもアリじゃない? バーベキューセット、ウチ持ってるし。みんなで遠出しようよ』

「遠出か。たぶん、隣町の海かな」


 隣町の海は、かなり広い事で有名。

 夏になると花火大会をやったりして、身動きができないくらいに人混みが集中するので、ボクは良い思い出がない。


「……ぐすっ」


 ボクが考えていると、お腹がじんわりと熱くなった。

 見てみると、お義姉ちゃんがしがみつくようにして、お腹に顔を埋めている。肩を上下に揺らし、なぜか嗚咽おえつしていた。


「何で泣いてるのさ」

「だって、ケイちゃんが……全然かまってくれない……」

「や、今、クラスの子と」

「……女子?」


 気にするポイントそこなんだ。

 ボクは素直に頷いた。

 すると、お義姉ちゃんが再び顔を埋めてくる。

 背中に腕を無理やり滑り込ませてきて、ガッチリと抱きしめられた。


「離してよ。おねえちゃん」

「やだ!」


 今までにない拒絶だった。


「あたしには、ケイちゃんしかいないの! どうして一人にするわけ⁉」

「別に。一人にするわけじゃないよ」

「うそ! 絶対に彼女作るつもりだもん!」

「か、彼女って……」


 寝ているボクの上に乗ってきたかと思うと、お義姉ちゃんがコアラみたいに全身で抱き着いてきた。ハッキリ言って、本当に重かった。

 重量からは、ミッチリとした重さが伝わってくるし、股下に挟まれた両足は全く動かせない。

 あと、暑くて仕方なかった。


「だ、ダメだよ。彼女はダメ。作らないで!」

「……別に作ったりしないよ」

「信用できない!」

「どうしたの? 面倒臭い彼女みたいになってるじゃないか」


 全身で義姉の重みを感じながら、ボクは一旦スマホを床に置いた。

 お義姉ちゃんの頭を押し退けようとするが、全く動いてくれない。


「クラスの子と遊ぶ時は、ちゃんとご飯作っていくから」

「う、ぐぅ」

「ほら。どいて」

「……ううう……ぐうううう……」


 いつになく食い下がってくるので、困ってしまった。


「彼女なんてできないから」

「作ったら、か、監視するから」

「……何のために?」


 もしかして、義姉はボクに依存しきっているのだろうか。

 だとしたら、引きこもりにプラスして、さらに面倒な事態になっているわけだが、どうしたものだろう。


「おねえちゃんは予定とかないの? せっかくの夏なんだよ」

「…………」

「ほら。えーと、みんな、外で遊んでるじゃん。家でゲームしてる人もいるし。あとは、洋画だとさ。アメリカみたいな国って、何か楽しげにキャイキャイしてるじゃん。あんな感じに仲間作りたいって思わない?」

「アメリカ嫌い」

「母国だよ? いいの?」


 まさかの拒否だった。


「映画で、そういうシーン見ると、世界が嫌いになる」

「お、おねえちゃん……」

「あの陽キャじゃないといけない感じ。パパの話聞いたって、なんか、そういうのが一般的っぽいし。今は知らないけど。でも、なんか嫌い。ああいう外人のノリ大嫌い」


 外国人のお義姉ちゃんが、外国人を毛嫌いしていた。

 一見するとシュールだが、ようするになんだろう。


「……冷蔵庫の二段目に、アイスあるけど」


 ずりっ。

 少しだけ、足がずれた。

 おかげで体への負担が軽くなり、やっと上体を起こすことができた。


「頑張って、外に出ようよ。ね?」

「……ケイちゃんが一緒なら……がんばる……」


 前向きな心は捨てていないようだ。

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