体質

 お義姉ちゃんは、よく食べる。


「はむっ。もぐ。もごっ」


 ボクが作ったサンドイッチをさらにして、齧り付いていた。

 ヘルシーな食事が良いかな、と思って気を利かせたのだ。

 ソファに座ったボクは、隣にいるお義姉ちゃんをじっと見る。


「むぐっ?」

「いや……」


 テレビは付けているけど、楽しむためじゃなく、暇つぶしに眺めているだけ。お義姉ちゃんは、つまらなそうに画面内の芸人さんを眺め、ひたすらモグモグしている。


(コンビニから買ってきたチキン……。挟んじゃってるよ……)


 義姉の食事生活が心配になった。

 義姉は身長が高いから、ボクと違ってまだ太りにくい。――と、思っていたのだが、甘かった。


 朝は玄米と豚肉の生姜焼き。

 昼は背脂マシマシの家系ラーメン。

 夜はウナギとか、牛肉のステーキ。


 シェフと違って、ボクが適当に焼いたものを食べているだけなのだが、軽く成人男性を超えている食事量。

 まさに――豚。


「んー? なにー?」

「……おねえちゃんさ。お腹……見せてほしいんだけど」

「へぇぁ? 嫌よ」

「じゃあ、触らせてほしい」


 指に付いた油を舐め取り、背筋を伸ばす。


「ほい」


 許可が下りたので、ボクは恐る恐る手を伸ばす。

 タンクトップ越しにお腹のお肉を手の平いっぱいに掴んでみた。


 ――ぷにぃ。


 妊娠3か月、って所だろうか。

 少しだけ前に膨らんでいた。

 元々、お腹周りは太い方だ。

 くびれは浅いし、前はお腹がちゃんと平らだった。

 前に屈むと余った肉が濃い皺を刻み、肉付きの良さが窺えたのを覚えてる。


 でも、今のお義姉ちゃんは、ちゃんと贅肉が付いている。

 これは余った肉じゃない。

 贅肉だ。


「……太ってる」

「……え?」


 お義姉ちゃんが自分で自分の腹を摘まんでみた。

 ぐにぃ、と二段に分かれた肉で、空っぽのサンドイッチを作ってみると、綺麗に横一直線の皺が刻まれる。


「……豚だよ。おねえちゃん」


 考えてみれば当たり前だ。

 お義姉ちゃんが高校を卒業して、早5カ月。

 夏になり、お義姉ちゃんは運動をしていない。

 引きこもりが爆食をすると、かなり太るだろう。

 しかも、お義姉ちゃんの場合は、外国人特有の体質で太りやすいのだ。


 不思議に思わないだろうか。

 どうして、外国人の方々は、モリモリマッチョが多いのか。

 太るからである。

 贅肉を全て筋肉に変えて、引き締めているから大きくなるのだ。

 女性の場合、ある程度引き締まったら、余分な肉はグラマラスな体型の一部になっていく。


 お義姉ちゃんの場合、胸や尻だけではなく、お腹にまで蓄えてしまったのだ。


「う……そでしょ」

「どうするの?」

「トイレで……吐いてくる……」


 青ざめて立ち上がったお義姉ちゃん。

 ボクは腰にしがみついた。


「ダメだってば! 拒食症になるよ!」

「でも、……肉が……お腹が」

「運動しようって発想にはならないの?」

「……運動……?」


 あからさまに嫌そうな顔をする。

 口の中にコオロギを詰め込んだような苦くて、嫌悪感に満ちた顔だ。


「どんだけ嫌なの」

「運動って、例えばなに?」

「散歩だけでも違うと思うけど」

「……散歩?」


 目尻に涙が浮かんでいた。

 手の平をぎゅっと握りしめ、歯を剥き出しにしている。

 相当、嫌なのが伝わってきた。


 じっと顔を見ていると、改めて思うのが、特徴的な厚い唇。

 ぽってりとしていて、やはり艶がある。

 なのに、残念美人。


 顔の輪郭はシャープな形を維持したまま。

 だが、お腹はぷにっとしている。


「おねえちゃん。ボクより太りやすいんだから。運動はした方がいいよ」


 近所の外国人さんが、どうして毎日のように散歩をしているのか分かった。ジョギングをしている人だって珍しくない。


「でも、……人に会っちゃうと……血……吐くかも」

「何のウイルスに感染してるの?」

「ねえ。ケイちゃん。一緒に散歩しよ。夜。夜ならいいよ」

「……昼の方が良くない?」

「嫌だ。……死ぬってば。どうして意地悪言うの?」


 別に意地悪を言ってるわけではない。

 どうして散歩に行くって話だけで、生死が問われるのか。

 引きこもりは、色々と大変なようだ。


「……くそぉ……。そんなに食べてないのに……」

「デブ飯一択だったよ。どうしてチキン挟むのさ」

「足りないんだもん」


 食事への意識も、また外国由来か。

 どちらかというと日本育ちなのだから、こっちに染まっていると思ったが、こういう変な所は遺伝的に日本と違う所があるっぽい。


「……じゃあ……明日からね」

「おねえちゃん! 夕方になったら行こうよ!」


 ボクの話を聞かずに、自室に向かうのだった。

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