ダメかも

 普段のお義姉ちゃんは、ふわっとした髪質の金髪を頭の横で結び、二つに分けている。前髪は七三分けで、額の斜め辺りから横に分け、ピンで留めていた。


 だけど、帰ってくると食卓にいるのはタンクトップ姿のもずくだった。

 だらしなく、下はパンツ姿。

 何を思っているのか、椅子の上で両膝を抱えて、ボーっとしているのだ。


 ボクがリビングにやってくると、肩が少しだけ動く。

 でも、振り向かない。


(あ、話を聞いて欲しいんだ)


 反応はするけど、自分から振り向かない。

 こういう時は、相手に声を掛けられるのを待ってる時だ。


 ボクは手に持ったスーパーの袋をテーブルに置き、斜め向かいの椅子に座った。お義姉ちゃんは、膝に口元を埋め、チラチラとボクを見てくる。


「……何かあったの?」

「自分の立ち位置について……悩んでた……」

「……哲学的だよ」


 話をまとめると、こうだ。

 義姉は、日がな一日インターネットをして、情報の海に潜っている。

 そのため、SNSのみならず、を発見することが多いのだ。


 そして、義姉が発見したのは『最近の外国人』についてのネット記事だそうだ。記事のコメント欄に書かれたものを読んでいたそうだが、なぜか自分と向き合う事になったとのこと。


「いや、……外国人って迷惑じゃん」


 義姉は言う。


「ルール守らないし、なんか怖いし。国へ帰れよって感じ」


 義姉は愚痴を言い続ける。


「でも、……ふと思ったの」

「う、うん」

「あたし、……

「……うん」


 何とも言えない沈黙がリビングに流れた。

 引きこもりとは思えないほど、義姉は美人だ。

 早熟なために、見た目は大人と同等。

 目鼻はくっきりしていて、表情の文化に生まれたからこそ、ボクとは表情筋まで違う。


 眉間には濃い皺が刻まれ、何もない一点を見つめる。


「でも、……おかしいの」

「何が?」

「あたし、確かに外国人だよ。外国で生まれた。あの、うるさい町で」


 義姉の頭には、幼い頃に見た母国の景色が浮かんでいる事だろう。


「あたし……英語話せないし……」

「そう言えば、英語の点数だけ異常に悪かったね」

「おかしいよ。子供の頃はペラペラ話してたのに」


 そうなのだ。

 実は、義姉は生粋の外国人でありながら、英語が話せない人だった。

 むしろ、漢字の方が得意なくらい。

 何より、周りの人より日本人らしいというか、絶対に目立つことをしないタイプで、ある意味では大和撫子に相当する性格。


 つまり、外国人らしくないのだ。

 本人だって、ずっと日本人のつもりだ。


「う~ん。複雑だなぁ」

「ねえ。どうすればいいの? 戸籍は日本人だけど。血筋は日本人のDNA一つも入ってないの。あたしって、……何?」

「あぁ……、沼にハマってる……」


 普通の人には無縁の悩み。

 外国人でありながら、日本人という字面だけ見れば訳が分からない状況。


「ケイちゃん。膝に座って。落ち込んできちゃった」

「あ、はい」


 自分の膝をポンポンと叩き、座るように言ってきた。

 ボクは言われるがままに、椅子からはみ出した白い太ももに乗る。


「……ふう……落ち着くぅ……」


 他の男子に比べて、ボクは身長が低い。

 低すぎて、小学生に間違えられるくらいだ。

 というか、本当に身長や姿が変わらないため、両親から病院に連れて行かれたほどだ。

 ただ、成長が遅いだけらしいけど。


「おねえちゃんは、おねえちゃんでいいんじゃないかな」

「そんな都合の良いセリフでごまかされないよ」

「面倒だよ、お義姉ちゃん!」

「だって、メイデンテテーが……」

「アイデンティティー?」

「それ」


 ぎゅ、と両腕に力が込められた。

 ぬいぐるみと化したボクは、黙って抱きしめられるだけ。

 背中からは、大きくため息を吐く音が聞こえる。


「……生活保護……」

「え?」

「せ、生活保護……受けれるかなぁ……」

「お、お義姉ちゃん……」


 義姉が早速病み始めた。


「だって、仕事なんかしたくない。人間……嫌いだし……」


 少し前にバイトをしたことがあるけど、ミスをしてしまい、怒られた事で完全に義姉の心は破壊された。

 ボクが帰ってきた頃には、誰もいないリビングで仰向けになり、白目を剥いていた事がある。

 しかも、――全裸で。


 一瞬、「襲われた!?」と思ったが、違った。


 義姉のストレスがMAXになり、自ら服を引き千切ったのだ。

 精神科からは、軽いうつ病と診断され、両親は何も言わないけど諦めてしまっている。


 いや、もしかしたら、ちゃんと食べて行けるようにお金を稼いでいるのかもしれない。


「クソバイトなんて……もう嫌だ……」

「うん」

「大学行こうとしたけど……、何か……無理……」

「う、うん」


 頭は良いはずなんだけど。

 義姉にとって、他人というのが勉学や仕事に支障が出るほど、深刻な問題だった。

 周りは理解してくれないけど、本当に辛そうなのは目に見えて分かる。

 だって、普通の人は話すだけで、冷や汗を流したりしない。

 地肌が真っ白だから目立たないけど、常に全身は汗でびっちょびちょだった。


「ケイちゃん。結婚しようよ。……おねえちゃんのこと面倒見て」


 すがるように抱きしめられ、ボクは何とも言えなくなった。


「いいじゃん。血、繋がってないし。へへ。あたしが料理とか、家事すればいいし」

「……部屋……片づけたことあるっけ?」

「あれは……、あたしが片づけようとしたら、ケイちゃんが片づけてくれたから、お気持ちに応えただけ」


 昔は、こんなんじゃなかったんだけど。

 冷や汗とか、挙動は怪しかったけど。

 でも、高校時代はまだハキハキしてた気がする。


「あー、総理大臣死なないかなぁ……」

「おねえちゃん!」


 義姉は――もうダメかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る