不安
天趣城へ戻ってくるなり、
しかし琳にも困った事だ。あんなに自分の負の感情に振り回され、周りを巻き込み全てをぐちゃぐちゃにかき混ぜていく者はそうそういない。よく十数年の間、後宮で大人しくしていられたなと感じる。
霊玄が足早に睡蓮宮へ行くと、ちょうど
「
静蘭が止める間もなく、霊玄は少し乱暴に静蘭の襪を脱がせる。
すると何という事だろうか。静蘭の傷は既に塞がりかけているではないか。これには静蘭自身も驚いたが、そういえばと思い出すように話し始めた。
「母が神仙で私を産んだ時点で神通力を失っていないのならば、私は半仙の身になるのでしょうか?」
「ああ。だがそれにしてもこの自己治癒力は……。通常の幽鬼でも傷が癒えるのにもう少し時間がかかる」
静蘭の傷はもう霊玄が神通力や治療を施す必要が無いくらいに癒えている。静蘭は不思議で新鮮な気持ちになり、やっと念願の足を手に入れた人魚のように自分の足にそっと触れて確かめた。
「……
「無事だ。軽傷を負っているが、権玉が先に見つけ出して共に脱出した。今は自室で休んでいるはずだ」
あの時、霊玄が
そこで静蘭が百花領域へいることを知った霊玄は一度黒花領域へ戻り確認するも、天趣城内は大騒ぎだった。何と黎月が静蘭を攫っていったと
「そうですか……。黎月にはたくさんの迷惑をかけてしまいました。ちゃんと謝らなければ」
「何を言う。何度も言うがお前とあの母親は別だ。母親の罪を何故お前まで背負おうとする?もうこの話は終わりだ」
結局、黎月は霊玄にこっぴどく説教をされた後、一ヶ月の謹慎が言い渡された。睡蓮宮にはしばらくの間代わりの侍女が来たのだが、どうにも避けられている気がする。ここに来てから黎月や
そうしているうちに早くも一ヶ月は過ぎ去って行き、黎月が謹慎から解かれる日になった。
朝一番に睡蓮宮に戻ってきた黎月は静蘭の姿を見るなり涙を流しながら磕頭をした。
「ああ、鬼王妃様……申し訳ありません、申し訳ありません」
思いもよらぬ黎月の反応に静蘭は一瞬身体が硬直したが、すぐに駆け寄って膝をつき、黎月と目線を合わせる。
「やめなさい、黎月。謝る事は無い。寧ろ私は母が黎月の母君に何という事をしたんだろう。謝るのは私と私の母の方だ」
「それは違います……そもそもよく考えれば気が付く事だったんです。でも動いて声を出す母を偽物だと思いたくなくて、その考えを完全に封じていました。それに私は鬼王妃様を裏切るような真似を……」
黎月は頭を垂れ、再びぽろぽろと大粒の涙を零す。この話はもうしない方がいいと判断した静蘭は珠環に茶と茶菓子を用意させ、椅子に座らせた。
雨上がりのようなじめったい空気に耐えられず、静蘭は無理矢理話題を変える。
「そういえば、霊玄様がまた衣を贈ってくれたんだ。後で一緒に確認して欲しい」
「またですか?伯父上は本当に鬼王妃様の事が大好きですね」
茶を飲んで落ち着いてきたのか、黎月は表情こそまだぎこちないものの口調だけはいつもの調子に戻ってきた。静蘭もようやく安堵の笑みを浮かべる。
「……誰かに愛されるというのは嬉しいね」
それは紛れもなく本心で、この数日間を経て静蘭が実感した事だ。だが自分は薄情なのか、霊玄に対しての自分の気持ちはまだよくわからない。尊敬しているし、一緒にいて心地好い。だが、自分は霊玄について知っている事といえばほんの僅かな事だけだった。彼の過去に天界と何があったのかも知らなければ、どういう経緯で鬼王の座に上り詰めたのかも知らない。何より霊玄と接すれば接する度、何故自分を好きなのか、という疑問がどんどん大きくなる。何度聞いてもはぐらかされたり、見ていて飽きないやら面白いと言われるだけだった。本当にそうなのかもしれないが、どうも腑に落ちない。根拠は無いが、霊玄は何かを隠している気がする。
きっと霊玄への気持ちが恋愛感情での好きに踏み込めないのはそこが原因だろう。皇族という身分で育った静蘭は人を疑う、安易に信用してはならないという事が身に染み付いている。
ある日、静蘭は琳の収監されている牢獄に訪れた。見張りのような妖獣は静蘭をじっと見つめると、犬のように大きな顔を静蘭へ擦り寄せた。
「お前が好きらしい」
「へぇ。今度差し入れでも持ってきてあげようね」
妖獣の背後には地下へと続く薄暗い階段が見えており、何とも禍々しい雰囲気が感じられる。
「本当に一人で行くのか?やはり俺も一緒に行った方が……」
霊玄は心配そうにそう聞くが、静蘭は頑なに首を横に振る。
「いえ。久しぶりに母と二人きりになりたいんです」
「だが二人きりになっても……」
霊玄は口を噤んだが、静蘭には言いたい事がわかる。二人きりになっても罵声を浴びせられるだけだ。何も良い気分にはならないだろう。
静蘭は自分でもわかっている。これ以上母に干渉したところでその先は失望ばかりだろう。それでもこうして母に干渉し続けるのは一種の執着心だ。幼い頃から周りとは遠ざけられ、静蘭の世界には母と数人の侍女だけ。そして一度は失ったと思った母が実は生きていたのだ。状況が状況だった為、最初に母の姿を見た時は色んな感情が混じっていたが、落ち着いた今となっては正直感涙にむせぶ気持ちだ。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です、少しの間だけですから」
そう言うと静蘭は霊玄に背を向け、その階段を下って行った。その先は洞窟のような場所で、やはり薄暗くじめっとしている。壁には昔のもののようだが血痕があったりと少し物騒に感じる。一番奥へ進んで行くと、そこには俯いた女がいた。琳だ。
琳は足音で静蘭に気が付くと、顔を上げて鼻を鳴らした。
「何をしに来た?
散々霊玄に痛めつけられていたはずの身体は既に癒えており、身も着ている物も綺麗になっている。どうやら意外にも待遇は悪くは無いようだ。
「別にそんなのじゃありません。ただ母上の顔を見に来ただけです。傷は癒えているみたいですね、良かった」
琳を心配していたかのような静蘭の発言に琳は呆れたように返した。
「まだ私の心配が出来るの?よく出来た子じゃない」
「……母上の子ですから」
静蘭は琳の粘い嫌味にも平然と笑顔で答える。こんな暗い場所に収監された挙句、霊玄に散々尋問され続け、鬱憤が溜まっていた琳からすれば、何を言っても綺麗な反応を見せる静蘭が心底気に入らない。そこで霊玄が着いてきていない事を確認すると、琳は再び口を開いた。
「ならばそんな私の子に良い事を教えてあげる。お前、あの黒花状元に愛されてるなんて思ってるんじゃないわよね?馬鹿馬鹿しい、彼奴がお前に良い態度を取るのはお前が使えるからよ」
それは今最も静蘭の心に深く刺さる言葉だった。百花領域から助けてもらって、それもあんなに静蘭の事を気にかけてくれて……そんな霊玄の気持ちを疑うのは忍びないが、大きくなりすぎた疑問はやがて好意そのものへの疑心へと変わっていってしまった。
「……何を言います。私が何に使えると?」
「今回の事を経てお前も知ったはずよ。自分がただの人間じゃない事を。ただの人間より神仙の血を受け継いだ子の方が飛昇し易いのは知っているでしょう?そして黒花状元は何故か天界を酷く嫌い、敵視している」
静蘭の心臓がどくんと跳ねた。琳は霊玄は静蘭を飛昇させて良い駒として使いたいと言いたいのだ。
まさかあの霊玄に限ってそんなはずは無い。そう思いながらも静蘭の心は何とも言えない、焦燥感に似た感情に駆られる。そしてそれを否定するかのように言った。
「馬鹿馬鹿しいのは母上の方ですよ。あなたが霊玄様の何を知っていると言うんです?」
「知っているわよ。お前より何十年も、何百年も長く生きているもの。彼の冷酷非情さは天界の神仙も恐れる程よ。逆にまだ出会ってそれほど経っていないお前は彼の何を知っていると言うの?」
「……霊玄様はそんな御方じゃない」
「何を根拠に?じゃあ彼はお前のどこに惹かれたと言っていた?」
琳の発言は確かに静蘭の疑心に的を射てくるものだった。静蘭は一気に血の気が引き、何とか保っていた笑顔は段々と口角が下がっていく。その様子を見た琳は愉快そうに不気味な笑みを浮かべた。
「馬鹿ね、馬鹿すぎるわ!どうせ適当な事ばかり言われているんでしょう?その顔が好きだと言われた?はっきり言うわ!お前はやっぱり私に似て本質は傲慢で感情的でどうしようもない人間だもの。お前の本質を知っても尚、好きでいられるはずがないわ!」
気が狂ったような甲高い笑い声を上げて、琳は更に静蘭の本心を鋭利な言葉で突き刺していく。
違う、違う。そんなはずは無い。今までの霊玄の静蘭への対応は確かに暖かく真心が感じられるものだった。表情は変わらないけれど、あの綺麗な瞳は確かに何かを慈しむように捉えていたんだ。
一気に荒ぶる感情を何とか押さえつけ、深呼吸をして落ち着かせる。
「そう思うなら母上はそう思ってください。私は霊玄様を待たせているのでもう行きます。お元気で」
「人とは些細な事で掌を返す。お前は何度それを目にした?私も然り、あの蘇寧も然り。それ以前にも山ほどいたじゃない。また同じ事を繰り返すつもり?」
逃げるように立ち去ると、後ろからはまだ琳の罵る声が聞こえて来る。だがそれも耳に入らないほど静蘭は心を取り乱していた。
階段を上がると、霊玄に寄りかかる妖獣とその顎を撫でている霊玄が目に入る。
霊玄は静蘭が戻ってくると、その手を引いて睡蓮宮へ戻ってきた。道中、二人の間に会話は無かった。霊玄は元々口数が少なく、自ら率先して話を振るような性格では無い。静蘭の話を聞いて、それに対する反応を見せる、というのが普段の二人の会話だ。だが先程の事があり、どうにも静蘭は自分の思考に没頭してしまっていた。
「具合が悪いのか?それともあの女に何か言われたのか?気にする事は無い、あの女の戯言には耳を傾けるな」
戻ってきてからずっと険しい顔をして何かを思い詰めている静蘭に霊玄はそう言った。やはり自分がついて行くべきだったと後悔する。
「いえ、違うんです。具合は悪くありません、大丈夫です。……別に何も言われてませんよ。ただ、その……」
何となく琳に言われた事は霊玄には言わなかった。ただ何と言って誤魔化そうと頭を捻るも、変な事しか思い浮かばない。そうして出た言葉とは、とてもしょうもない事だった。
「あの妖獣の名前は何なのかなって……」
発言してから流石に無理があったかと心の中で頭を抱える。現に霊玄は何を考えているのかわからない目で静蘭をじっと見つめているでは無いか。これは完全に怪しまれている。
だが、予想外にも霊玄は静蘭を詰めるような事はしなかった。
「名前は特に付けていない。どうせならお前が付けてやってくれ」
「え?私が?」
「あの妖獣は警戒心が強く、俺と黎月以外には懐かない。なのにあんな風に顔を擦り寄せて甘えるなんて、余程お前の事を好きになったのだろう」
「あ、あはは……」
さて、どうしたものか。咄嗟に言っただけでまさか自分が名付け親になるとは思わず、良い名前が思い浮かばない。
狼のような姿をしていて、毛並みは良く艶やかで黒い。くるりと曲がった尻尾が特徴的で可愛らしかった。
「
見たままで簡単過ぎる気もする。だが確かにあの尻尾はとても可愛くて印象に残っている。
「良いんじゃないか。小弯、決まりだな」
それからは霊玄は静蘭に特に何も聞かなかった。
静蘭は忘れたくても琳の言葉が頭から離れず、気を滅入っていた。数日経っても同じことばかりを考えて何も手付かずだ。
「鬼王妃様、やはりどこか具合が悪いのでは?食事もあまり喉を通らないようですし、やはり医官を呼びましょう」
心配した黎月がそう声をかけるも、静蘭は大丈夫だの一点張りだ。
そんな事は絶対に無いはずなのに、琳の言葉を思い出せば思い出すほど最悪の未来を考えてしまう。それがとても辛い。それが蓄積してきた静蘭はとうとう我慢ならず、行動に移す事にした。
知らないなら探ればいい。霊玄はきっと何も答えてくれないが、黎月や静蘭を除いて霊玄に近しく、付き合いが長い者に聞けばいいのだ。彼の性格からして霊玄が静蘭に隠しているような事でも教えてくれそうな気はする。
だが彼の元へどう行けばいいかわからない静蘭はどうしたものかと考え込む。
縮地の術はまだ使い方がよくわからない上に、霊玄が黎月達に渡している札が無いと使えない。あと一つは……。
静蘭は宮の外に出て、宮の周りを囲う睡蓮の咲く美しい池の中を覗き込む。澄んだ水の中には確かに骨魚が悠々と泳いでおり、手を入れるのも心配だ。だが以前、彼はここから出て来たのだ。霊玄はこの世の水辺の至る所から彼の領域へと繋がっていると言っていた。という事はここもそうなのだろう。
この池はそう深く無いし、骨魚も霊玄が言うようにそう攻撃的では無い事はわかっている。意を決した静蘭は勢いよく池の中へ飛び込んだ。
池の水は冷たく、重く感じる。目を開けてもそこはただの水中で何の変化も無い。やはり失敗だった、そう簡単に行けるわけがなかったんだ。そう思い、水面へ上がろうとすると突如足を何かに引っ張られた。静蘭がそれが何なのかを確認する前に勢い良く下へ引っ張られ、と言うよりも引き摺りこまれ、思わず目を閉じてしまう。だが足を掴まれている感覚が無くなり、次第に息が出来るようになった。恐る恐る目を開けると、静蘭は地面に倒れていて、辺りを見回すとそこは下界の街並みによく似ていた。
いや、下界に似ているが似つかない場所だ。北の方角には見た事も無いような大きな桜の木を中心に街が拓かれており、西の方角には海と青々とした森が。静蘭のいる南の方角は弾むような鮮やかな紅葉が少し冷たい秋風にそよいでいる。東の方角では雪が降っており、真っ白な世界だ。所々に宿屋や温泉のような場所も見受けられる。
現世とは思えないこの光景に静蘭が呆気に取られていると、後ろから探している者の声が聞こえた。
「静蘭殿、ダメじゃないか。もし私が君を見つけていなかったらどうするつもりだったんだい?」
「引秋殿!」
爽やかな笑みを浮かべる美青年はまさに静蘭が会おうとしていた
何があってここへ辿り着けたのかはわからないが、静蘭はそんな事より聞きたいことがある。引秋の手をぎゅっと握り、誠実な目で何かを訴えかける。
「着いておいで」
引秋は握られた手をまじまじと見ると、静蘭が言葉を発するより前にそう言った。
街中を歩いて通り過ぎて行く。道中、引秋は"主様"と呼ばれ、何人もの鬼達に呼び止められたり挨拶をされていて、ここでとても慕われて愛されているのがわかる。
賑わう市場を通り過ぎると、やがてどの季節にも属さないような何も無い道へと入っていった。そこは先程の場所とは違い、誰も通らない。
「ここには誰もいないんですね」
「うん、そうだね。ここから先は私以外は立ち入り禁止の場所なんだ。私の領域では商売も結婚も何もかも自由だけれど、唯一私の居城へ近付く事は許されないから」
引秋の居城とは、前に静蘭が縮地の術でうっかり辿り着いてしまったあのからくり屋敷の事だろう。あの時はとんでもないものを目にしてしまった。
見かけによらず少し歩いただけで城の目の前へと辿り着いた。
「どうぞ、上がって」
「お邪魔します」
引秋に導かれるまま城内へ入る。てっきりあの時のからくり屋敷を想像していたのだが、今は至って普通の内装で普通の城だ。
「どうかした?」
「いえ。ただ前と違って迷わずに進めるなと」
「ああ、それは私と一緒にいるから術が効いていないんだよ」
どうやらあのからくり屋敷の正体は引秋が城にかけた術らしい。しかしこれほど大きな城全体にそんな術をかけるとは、流石もう一人の鬼王だ。
やがて突き当たりの茶室のような場所へ案内されると、茶を出してくれた。しかしこれは何の茶だろうか?見た事も無い、変な表現をすれば血を水に溶かしたような色をしている。
静蘭が不安そうに見ていたからか、引秋は笑ってその茶について説明し始めた。
「それは遥か遠い地で飲まれている紅茶でね。
心中を察せられた静蘭は苦笑いを浮かべながら恐る恐る茶に口を付ける。するとどうだろうか。ほのかな酸味の後に後味がすっきりとしていてとても美味しいではないか。関心したように茶を見つめる。
「美味しいでしょ?これで商売したら儲かるかなーと思って!」
そう言う引秋だが、別に儲かる必要は無いように見える。城の内装は簡素なものではあるが、骨董品や装飾は味があって簡単には手に入らない高級なものだというのがわかる。
「そうですね、下界でも流行りそうです」
静蘭が茶器を置いたのを合図に、引秋は突如話題を変えて話を切り出した。
「それで、君はどうして私に会いたかったんだい?」
指を組んで顎を乗せた引秋は少し目を細めてそう言った。水浅葱がかったその美しい瞳は瞳は、目の前の静蘭を食い入るような目つきで捉えている。
いつものちゃらけた引秋の雰囲気とは一遍変わった気がして、静蘭は息を呑んだ。
「霊玄様について知りたいんです。でも霊玄様は私に自分の事を話したがらないし、いつもはぐらかされるから……。仲のいい引秋殿なら何か教えてくれるかと……」
途中で自分は中々図々しい事を言っている事に気が付いたが、今更引き返すわけにはいかない。
「まあそうだよね。彼奴は肝心な事を話さないからなぁ。いいよ、私の知っている事を全て教えてあげる」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
引秋は瞳を光らせ、静蘭を指差して言う。
「それを知るには君には少し体を張ってもらわなければいけない」
体を張る?労働か何かをさせる気なのだろうか。ただ、いくら半仙とはいえ静蘭は修行なんかした事も無いため身体は普通の人間と大差が無い。少し神通力を溜め込むことが出来るようだが、自らは神通力を繰り出せないうえに誰かから受け取ったとしてそれを使いこなす事も出来ない。正直静蘭に頼むよりもそこら辺の小鬼に頼んだ方が効率が良さそうだ。
とはいえ、何としてでも霊玄の事について知りたい静蘭からしたら情報の対価が肉体労働なんてとても安く感じられた。霊玄はあの通り己を語らず、言葉足らずで彼を知る者は少ない。最初は黎月に聞くのが一番かとも思ったが、黎月は伯父の色恋事情については耳にしたくないらしく、一切知らないらしい。権玉も付き合いは浅い方だと言っていたし、もう他に霊玄についてよく知っているのは引秋しか思い浮かばない。引秋が最後の砦なのだから、今の静蘭の不安や後ろめたい気持ちを晴らすためにも、どんな対価を払っても知りたい。
引秋は静蘭の瞳に覚悟が見られると、満足そうに頷いた。
「まあ安心してよ。多分君の考えているような肉体労働じゃないから」
引秋は茶を啜るのを止め、口角を上げた。
「言い方が悪かったかもしれない。体を張ると言うよりも、実際に自分の目で確かめるのが良い」
「え?」
引秋の言っている意味がわからず、静蘭は首を少し傾げる。だが引秋は詳しい説明もせずに静蘭と鼻と鼻がぶつかりそうなくらいに顔を近付けてきた。
引秋の思わぬ行動に静蘭はびっくりして椅子から転げ落ちそうになったが、引秋が静蘭を支えて何とか転げ落ちずに済んだ。
静蘭が距離を取ろうとしても両肩を引秋に掴まれていて身動きが取れない。
「何のつもりですか?!」
静蘭は引秋の胸を押して引き剥がそうとするも、引秋は静蘭の反応なんて気にせず、びくともしない。
「……興味深いな」
訳のわからない事を言い始めたかと思いきや、やっと静蘭を解放してくれた。
「今のは何だったんです?!」
「ああ、ごめんね。半仙って聞いてたから神通力の流れを確かめていたんだ。でも今はほぼ空の状態だから奴らの目につくことも無いね、大丈夫だ」
「はぁ……奴らって?」
静蘭が嫁入り前の娘では無いとはいえ、一応夫のいる既婚の身だ。いくら引秋でもあんな風にいきなり距離を詰められては困る。
だが引秋は静蘭の質問に答えずに、単刀直入に言った。
「静蘭殿。君は本当に何故霊玄が自分を好いているのか知りたい?」
「はい、知りたいです」
「じゃあ早速行こうか」
引秋は立ち上がり、静蘭の手を引いて中庭の池へ行く。されるがまま黙って手を引かれて行った静蘭だが、ふと嫌な予感がして恐る恐る聞いた。
「あの、どこに行くんですか?」
「言っただろう?実際に自分の目で確かめるのが良いって」
それだけ言うと、静蘭が何か言葉を発する前に引秋は静蘭を池の中へと突き落とした。
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