そう、何と目の前に現れた女は静蘭ジンランと瓜二つだったのだ。

 しかし、静蘭は今天趣城に残っており、しかも百花四神ひゃっかしじんからは微かにだが神通力を感じる。

 瓜二つと言ってもよくよく見てみれば、身長や声、そして雰囲気も違う。顔立ちも似てはいるものの、別人だ。


「……あら、静蘭を覚えているの?」

「逆に聞く、何故お前が静蘭を知っている」


 目の前の百花四神は仮相の姿では無く、間違いなく本相だ。

 ここまで似ていると、血縁者じゃないかと疑う。しかし何か静蘭と血縁のある人物……と言ったら月雨国の姉妹くらいしか思い浮かばないのだが、年齢的にそれはありえない。


「私の方が聞きたいわ。何故ただ何度かすれ違ったの私の娘を覚えているの?」


 私の娘、確かに百花四神はそう言った。


「冗談はよせ、だいたい俺が皇城に入り込んだ時、お前の鬼気を感じた事は……」


 そこまで言い、リンシュエンリンシュエンはある事に気が付く。

 霊玄は静蘭の母に会ったことは無い。静蘭がまだ公主だった頃、何度か皇城に入り込んだ事があり、その度に静蘭を目にしていた。だが、そういえばいるはずの静蘭の母はいつもその場にいなかった。

 いつも静蘭が母親との思い出を楽しそうに懐かしみながら話すため霊玄も知っている気になっていたが、実際静蘭の母親に会った事は無いのだ。


「ああ、私からは鬼気なんて感じないはずよ。だって私、鬼じゃないから。それにあなた、皇城に入る時に油断して鬼気を完全に封印しきっていなかったでしょう?貴方がいるのをわかっていたから私は姿を現さなかっただけ」


 霊玄は鬼じゃない、という言葉にも納得出来てしまった。今目の前にいる百花四神の鬼気は微塵も感じない。

 鬼界だから他の鬼の鬼気は嫌という程感じるのだが、彼女だけは無なのだ。

 そしてここに来る前に目にした廟に、王菱の前でだけは仮相でもなく、そもそも別の鬼を百花四神に見立てた。

 何百年も経っているのに生きながらえ、容姿も変わらない。

 それに何より、この百花四神が静蘭の実母であるならば静蘭が前に神通力を使えたのも色々と疑問は残るが納得は出来る。


「お前、天界から貶謫された神仙か」

「ご名答。だけどその前に私の質問に答えてくれる?あなたが前々から静蘭を目で追っているのは知っていたけれど、私を見て咄嗟に静蘭を思い出す程だったのかしら?」


 この様子からして百花四神は静蘭が霊玄に嫁がされた事も、今は天趣城にいる事も知らないようだ。

 実の息子の事なのに何故こんなにも冷めた様子で、無関心でいられるのか。

 なんとなく探りを入れるべきだと考えた霊玄は、静蘭の現状を隠して続ける。


「まあ、そうだな。色々な皇城や場所に行ったが、後宮に男がいたというのは初めての経験だった。あれは暫くは忘れられない」

「ふうん、バレてたの。ま、そうよね。あなた程の鬼なら見抜けるのか」


 どうやら普通の鬼程度の鬼の構造や能力は良く知っているようだが、鬼王位の事については流石にあまり詳しくないらしい。

 霊玄が静蘭が男だという事に気が付いていないと思っていたようだ。だから先程、百花四神は静蘭の事を娘だと言った。


「……息子は死んだようだな。確か世間からの声に心を病んで入水だったか?」

「ああ、確かそうだったかしら。でもまあ、私が手を下す手間が省けて良かったわ」


 霊玄と談笑するかのようにそう発言した百花四神に霊玄は正直ゾッとした。静蘭から聞いていた母親とはかなりかけ離れた印象だ。それに、月雨国に返すつもりは最初から毛頭無かったが、もしあのまま静蘭が月雨国に帰ったりしていたら、静蘭が生きていると世間に明らかになるのも時間の問題だっただろう。そしてそれがこの百花四神にも知られたら、殺されていた。


「冷たい奴だな。何故実の息子を殺す必要が?」

「あの子、私にそっくりでしょう?私が天界から貶謫された後も生きながらえ、今も存在している事が天界の神仙達にバレたら困っちゃうのよ」


 確かに生き写しと言っても過言では無いほど似ている。百花四神の姿を知る者が静蘭を見たらすぐに血縁者だとわかるだろう。

 ならば何故子供を産んだんだ、という話になるのだが、それよりももっと気になる事がある。

 天界から貶謫された神仙は通常なら神通力を奪われ、その後は人間として生涯を終えていくはず。

 百花四神という存在が明らかになったのは五百年も前の事だ。普通の人間ならとっくに生涯を終えているはずなのに、百花四神はあろう事かまだ生きており、しかも神通力まで使えている。

 本来ならばありえないのだ。色々と聞きたい事はあるのだが、あまり一度に探りを入れれば怪しまれる。

 怪しまれて霊玄に探りを入れられ、静蘭が生きている事を知られてはいけない。

 霊玄はとりあえずこれ以上何も聞かない事にした。


「で、黒花状元殿は何故空域に?」

「ああ、目的はあの文神と同じだった。まあでも、南方風伯にも百花四神の判断に任せると言ってあるから俺にはもうなんの責任も無い」


 少々格好悪くはなってしまうが、霊玄は天界と手を組むなんてしたくないのだ。

 それについて百花四神は不審な笑みを浮かべると、霊玄にとある提案を持ち掛けてきた。


「ねぇ、あなた達の言う胎児の鬼、実はどうしても天界に引き渡すわけには行かないの。だから手を組まない?」


 百花四神が天界側に付かないのであれば、手を組むというのは悪い話では無い。静蘭の事に感ずかれさえしなければ利点しかないだろう。


「詳細を聞こう」

「単純な話よ。さっきの発言はそういう意思で言ったと思うのだけれど、今回の件についてあなたは自分から関わらない事。あとは天界側の味方をしない事。そして万が一私が助けを求めた時はそれに応じる事。そして今回の件だけでなく、これからもお互い良き協力関係にある事」


 そんな簡単な話ならば応じない理由は無い。鬼界の王同士はなるべく良好な関係を築いていきたい。


「なるほど。悪い話では無いが、一つ俺からも条件を出そう」

「良いわよ。その条件って?」

「これから先、何かあった時に俺の願いを一つ叶えてくれると約束してくれるなら」


 百花四神は少し考え込んだ。それはそうだ、正直願いの内容によっては今回の提案に見合わない。

 しかし霊玄にはこれから先に万が一静蘭の存在を知られてしまった時の保険が必要だった。

 それが無ければ残念だが、深い所まで踏み入られるわけにはいかないため今回の提案には承諾する事は出来ない。


「もちろんお前を直接傷付けるような事は願わない。ただ少し些細な願いを聞いてくれるだけで良い」


 すると百花四神はあっけらかんとした。


「そんな事でいいの?逆にあなたが釣り合いが取れないんじゃない?」

「いいや、そんな事は無い。俺の命を掛ける価値が十分にある願いがある」

「へぇ……まあいいわ。今回の件、まさか天界が出てくるとは思わなくて少し焦ってたのよね。あの子も思ってたより派手にやらかしてるし」


 あの子、とはきっと胎児の鬼の事だろう。


「あの胎児の鬼はお前にとっての何だ?」

「んー、配下の一人?元々私の副神だったんだけど、謀反の時に死んじゃって。そしたら鬼火になってたの。で、力が足りないから妊婦に取り付いてたみたいなのよね」


 胎児の鬼ではなく、元が鬼火だったが大方風師の予想と一致している。

 おそらく鬼火が空域の入口付近まで来た時に青龍が気が付いて匿ったのだろう。

 しかしあろう事かもっと力を欲したその鬼火は再び地上へ出た。

 そして天界が騒ぎ出したから今まで放置していたもののそろそろ辞めさせたい、という事か。

 霊玄は話の真相が見えてきて、かなり迷惑な話だとは思ったものの、話が良い方向に進みそうなので良しとする事にした。

 しかし霊玄がこう思うのも何だが、この百花四神という女はかなり危険人物と思っておいた方が良さそうだ。

 そもそも天界から貶謫されるほどの事をした上に、他人の事を自分にとって都合が良いか悪いか、利益をもたらしてくれるのかくれないのかでしか考えていない。

 そして自分にとって都合が悪い相手であればそれが実の息子だろうと容赦なく切り捨てる。

 あまり敵に回して良いことは無いだろう。

 そして前言撤回だ。静蘭にちっとも似てなんかいない。


「あ、そうそう。最近黒花状元に女が出来たとかうちの鬼達が騒いでてね。今まで女の噂なんて無かったあなたが気に入った女、気になるから私にも今度紹介してよね」

「……さあな」


 霊玄はらしくもなく一瞬あるはずの無い心臓が跳ねた気がした。

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