風師娘娘と

 夜、静蘭ジンランがいつものように霊玄リンシュエンと囲碁を楽しんでいた時の事だ。軽く扉を叩く音がして、二人とも手を止める。


「こんな夜遅くに誰でしょう?」

黎月リーユエだな。入れ」


 霊玄が扉に向かってそう言うと、眠たそうな黎月が入ってきた。寝間着に着替えており、先程まで寝ていたか、今から寝るという所だったのだろう。


「こんな夜中に何事だ?」

「……領内に侵入者が」

「天界の回し者か?」


 ここ、黒花領域こっかりょういきは霊玄の加護によって特別な結界が張られているらしく、並大抵の者はまず侵入なんか出来ない。

 霊玄の問いかけに黎月が頷くと、霊玄は大きなため息をついた。


「最近大人しいと思っていたのだが……正面から突入して一体何のつもりだ」

「とりあえず捕らえたとの報告を受けたのですが、どう処分致します?」

「連れて来い、天界の意向を吐かせる」

「御意」


 黎月は拱手をすると、今度はあくびをしながら睡蓮宮すいれんぐうを去っていった。

 一見やる気が無さそうというか、無気力というか……適当そうに見える黎月だが、何だかんだ言って仕事の出来る奴である。


「というわけだ、すまいなが今日はこれで失礼する」


 霊玄は腰を重くして立ち上がったが、静蘭はその袖を掴んで引き止めた。


「待って、私も行ってはいけませんか?」

「……は?」


 霊玄は袖を掴まれたその瞬間、静蘭が寂しがって自分を引き止めてくれたのだと期待した。しかし何だ、自分も行きたい?無礼な神仙如きに会いたいとでも言うのか?

 おまけに目まで輝かせている。


「行った所で腐った神仙なんて目に入れる価値も無いぞ」

「未だに神仙をこの目で直接見た事がありません。実在するのか一目見ておきたいのです」


 うるうると瞳を潤ませて、おねだりするように言う。

 霊玄が静蘭に対して恋愛感情を抱いている事を知った辺りから静蘭はかなりあざとくなった気がする。

 そして言わずもがな霊玄は静蘭に弱い。こんな風に言われてしまったら首を横に振ることが出来ないのだ。


「……絶対に俺の隣にいろ、いいな?」

「わぁ、ありがとうございます!」


 静蘭は寝間着から簡単な衣に着替えると、霊玄の後を付いて本殿にある大極殿たいごくでんまで行く。

 大極殿は広々とした部屋の割には特に何も無く、長い階段の先に紅い帘幕が引かれており、そこに玉座と思われる物があるだけだった。

 静蘭は霊玄に腕を引かれて階段を登り、その帘幕の中に入る。


「連れて来い」


 配下の鬼にそう伝えると、黎月が縄で縛られた人を引き摺るように連れて来た。

 帘幕越しではっきりとは見えないのだが、抗議する声からして男のようだ。


「そんなに雑にするな、誤解だと言っているだろう!」

「今からそれを聞くからぎゃーぎゃー喚かないで、うるさい」


 黎月は自分の睡眠を妨げられたのが余程不服だったようで、苛立ちを隠さず態度に出している。


「大体、こんなにきつく縛り上げなくてもいいだろう?黒花状元の神通力が掛けられた縄なんて神仙であろうとそう簡単に切る事は出来ないのだから」

「ごたごた言っていないでさっさと吐け」


 ドン、と鈍い音が鳴る。


「黎月、その辺にしておけ。今から南方風師ナンファンフォンシー殿に理由を聞かなければならない」

「はぁい」


 霊玄は今南方風師殿と言った。

 南方風師とはその名の通り南方で祀られている風師の事だ。風師は四人存在しており、それぞれ東西南北を担当しているとか。その中の南方風師と言えば、真光ジングァン将軍の妻である風師娘娘フォンシーニャンニャンとしても有名だ。

 しかし声も、薄ら見える体格からも静蘭からしたら男にしか見えなかった。


「で、天界の尊い神仙様がうちに何の御用で?」

「…… 黒花状元こっかじょうげん殿。貴殿の領域に勝手に入ってしまったのはこちらに非がある。しかし、私とて入りたくて入ったわけではない」

「ほう。詳しくお聞かせ願おうか」


 すると風師は語り始めた。


「私は胎児の鬼を追っていたら、いつの間にか黒花領域に入り込んでしまっていた。故意では無い、本当に気がついたら黒花領域だったのだ。その上追っていた胎児も見逃してしまい、一度天界に戻って立て直そうとした所で貴方の配下に捕らえられた」


 つまり、風師は胎児が黒花領域に入った時の結界の歪みに乗じて入り込んでしまったようだ。

 それならば特に何をしようと企んでいたわけでは無いと言えるだろう。


「その胎児の鬼とやらを何故追っていた?」

「最近、私達の廟へとある祈願が多くなって。どうやらとある街の妊婦が次々に変死していくと。最初は流行病かと思っていたのだが、あまりにも祈願数が多くて不審に思ったんだ。人間に化けてその街に行ってみたら、確かにおかしいんだ。外傷も無く、毒気も無い。普通の妊婦と同じ生活をしていて、それなのに腹の子も母親もどちらも眠るように死んでいる」


 不可思議な話だ。風師の言う通り新種の流行病なのだろうか、静蘭も胎児の鬼と関係しているのかと紐ついた。


「瀕死の妊婦が一人いるというから、その妊婦に会いに行ってみると、妊婦の腹の中から鬼気がした」


 どうやら腹の中の胎児に胎児の鬼が取り憑いて、生気を吸っていたらしい。吸い付くして死んでしまったら、また新しい胎児に取り憑く。その繰り返しをしていたらしく、とりあえず風師はその場で胎児の鬼を人間の胎児から引き剥がしたらしい。

 ところが、生気をずっと吸っていた鬼の胎児はあろう事か成長していたらしく、もはや胎児とは呼べない見た目だった。人間で言うと三歳くらいだ。

 力も蓄えていたため、逃げ足が早く、それでずっと追っていたとか。


「お分かり頂けただろうか?早く私を解放して頂きたい」

「その胎児の鬼が俺の庇護下であったならば、俺がその事件の責任を負わねばならない」


 風師の嘆願も意味無く、無視して霊玄は続ける。


「その胎児の鬼、捕まえてみせよう。処分は風師殿が決めるといい」

「……承知した。さぁ、早くこの縄を解いてくれ」


 しかし、霊玄は口角を上げたままで何も言わないし、誰も風師の縄を解こうとしない。

 その事を不審に思った風師は眉間に皺を寄せながら脅すように言う。


「一体何のおつもりだ。無抵抗の神仙に何かあっては天界は黙っていないぞ」

「天界がこちらに喧嘩を売ってくるならそれを買うまでだ。寧ろその状況は俺にとって望ましい」


 神をも恐れないとは本当だった。それどころか立場的に上に立っているようにも見える、その堂々たる姿と威厳は鬼王という名に相応しい。


「だが、今回はこちらにも非がある。しかし不慮の事だったとは言え、神仙が勝手に俺の領域に入ってくるのは気に食わん」


 霊玄は少しの間考え、そして風師に言った。


「お前が胎児の鬼の捕獲に直接関わるというのなら、勝手に入ってきた事は見逃してやろう」

「何故そうも上からなんだ。大体、あなたの監視が甘かったと認めたじゃないか」

「忘れたのか?ここは俺の領域だ、お前の命は俺の手の内にある」


 そう言われると、風師は黙るしか無い。捕らわれの身で、しかも縛ってある縄は神通力を封印する力を掛けられている。今の風師は丸腰だ。


「……承諾しよう」


 静蘭は驚いた。天界の事なんて文献でしか読んだことが無いし、実際どんな場所なのかは知らないのだが、神仙が鬼……それも鬼王に手を貸して良いのだろうか。

 そんな逸話は聞いたことも無いし、何となく霊玄の様子から鬼界と天界は対立しているように感じていた。


「決まりだ。暫くここで過ごさせてやる。逃げようとは思うな、出られないから」

「私は往生際は悪くないぞ。神に二言は無い」

「……ふん。連れて行け」

「その前に縄を解け!」


 霊玄が指を鳴らすと、不思議な事に縄は弾けるように消えた。

 黎月が風師を連れて行くと、大極殿には静蘭と霊玄の二人になった。


「……見つけられるのでしょうか、黒花領域は広いでしょう?」

「胎児の鬼は珍しい。何せ元は意志を持っていないはずの胎児だからな。今は容姿は三歳らしいが、子供の鬼も少ないんだ、見つけるのは難しくは無い」

「へぇ、そうなんですね」


 しかし、静蘭には一つ引っ掛かる事があった。

 先程、風師に向かって霊玄は天界と争い事が起きるのは自分にとっては望ましいと言った。いくら鬼王とはいえ、天界の数多くの神仙を全員敵に回せば状況はかなり不利になるだろう。

 それに、争い事をして一体何を得するのだろうか。


「どうした?」

「いえ、何も」


 霊玄について不思議に思う事は今に始まった事じゃない。今回もまた一つ、疑問を飲み込んだ。



 翌日、静蘭が書庫で文献を漁っていた時の事。角を曲がった所で誰かとぶつかってしまい、つい転倒してしまった。


「申し訳無い、大丈夫かい?」


 目の前に手を差し出され顔を上げると、目の前には青白磁せいはくじの衣を纏った貴公子がいた。

 静蘭が睡蓮宮から出て書庫やら色んな場所を自由に行き来するようになって以来、霊玄の配下の男鬼と幾度となくすれ違って来たが、これ程風格のある男鬼は見た事が無い。


「大丈夫です、こちらこそすみません」


 差し出された手に手を伸ばすと、そのまま起こされる。


「娘さん、お怪我は?」

「娘さん?」


 今の静蘭は別に女の格好をしていない。確かにいつもより簡易的な装いではあるが、意外と静蘭の顔は天趣城中に知れ渡っている。

 それに、この声は聞いた事がある。そう、つい昨日の夜にだ。

 あの時は帘幕越しで距離もあったため顔ははっきりと見えなかったが、恐らく声と装いからしてこの者は風師だ。

 しかし、いくら神仙で今は仮相で男の姿になっているとは言え、女性にぶつかった挙句手を差し伸べられるとは。


「あの、もしや風師娘娘でしょうか?私は黒花状元の妃、静蘭と申します」

「ああ、あなたがかの有名な黒花状元の寵妃でしたか!やはり噂通り、いや噂以上にお美しい。機会があれば是非私の妻に紹介させて頂きたい」


 昨晩の霊玄や黎月への態度から風師は霊玄側の者は全体的に好いていないのかと思っていた。社交辞令なのかもしれないが、こんな風に接してくれるとは。


「しかし鬼王妃殿、一つ訂正させてください。私は風師娘娘では無く、ただの風師です。私は女ではありませんから」


 そう言われ、静蘭は目が点になる。

 静蘭のその様子を見て、風師は苦笑いしながら説明し始めた。


「驚くのも無理は無い。鬼界でも南方の風師娘娘と真光将軍は夫婦神だと伝わっているだろうし、下界でもそう伝わっていて私達は共に祀られているわけだから」

「違うのですか?」

「半分合っているが半分は違う。確かに私と真光将軍は夫婦だ。しかし女なのは真光将軍の方で、私は決して娘娘では無い」


 その言葉に静蘭はもっと驚いた。そもそも、女性の武神なんて聞いた事が無い。

 しかし、目の前の風師はその反応は慣れっこだとでも言うように説明を続けた。


「その反応も無理は無い、人々は将軍と言えば男だろうと小艶シャオイエン……真光を男神として祀り、伝えられた。その伴侶である私は逆に女神として伝わっている」


 確かに将軍と聞けば誰もが男を想像するだろう。静蘭もそうだ。


「正さないのですか?」


 神仙であれば、信徒の夢枕に立って進言する事も出来る。なのにそれをしないのは何故なのだろうか。色々不便なのでは?と静蘭は単純に疑問に思う。


「残念ながら女将軍というだけで信仰を辞めてしまう信徒もいるんだ。別に性別如き仮相をすればいつでも変えられるし、私達もそこに拘ってはいないからね」

「へぇ、酷いものですね」


 女だから、男だからという概念は静蘭は好きではない。

 ちゃんとした腕があるのであれば、たかが性別で信仰するかしないかを変える必要は無いだろう。

 世の中には薄情な奴もいるものだ。

 すると、今度は風師の方から静蘭に質問をしてきた。


「鬼王妃殿からは鬼王殿の鬼気は感じ取れるのだが、鬼王妃殿特有の鬼気は感じ取れない。一体何故だ?」

「え?あ、あはは……」


 そりゃあそうに決まっている。静蘭は人間なのだから鬼気なんて持っていない。霊玄の鬼気を感じ取れるのは毎晩一緒にいるからか、毎日飲んでいるあの不老の薬湯のせいなのか。

 不思議そうに首を傾げている風師に対して、静蘭が何と答えようか頭の中で考えを模索していると、突如風師の後ろから聞き慣れた声がした。


「鬼王妃様はとても器用な御方だ。不要な時に鬼気をダダ漏れになんてしないに決まってるでしょ」

「黎月?」


 いつからいたのか分からないが、黎月の声に風師は顔を引きつらせた。昨日の黎月が不機嫌で暴力ばかりだったからだろう。


「鬼王様だって何もしていない時は鬼気を不要な封印しているでしょ?そういう事よ、そんな事も分からないの?」


 相変わらず気に入らない相手というか、外側の者にはチクチクした対応だ。

 久しぶりのこの感じの黎月に静蘭も苦笑いするしか無かった。


「何だと女鬼……この私を誰だと思っている!」

「はいはい、南方の風神、風師娘娘でしょ?」

「だから娘娘では無いと言っている……!」


 この天趣城てんしゅじょうでの風師の立場は弱いとはいえ、風師相手にそんなに煽り倒しては不味いのでは……?と思った静蘭は止めに入る。


「お二人ともそこまでにしましょう。黎月、風師殿に何か用があって来たのでは無いのか?」

「あ、そうなんですよ鬼王妃様!おい風師娘娘、鬼王様が胎児の鬼の特徴を教えろと仰っている。さっさと大極殿へ行け」


 黎月は満面の笑みで静蘭の問いかけに答えると、一瞬で表情を変え、蔑むかのような表情で風師を見てそう言う。わざわざ声色まで変えている。

 この態度、絶対に良くない。はずなのだが、鬼王という立場の霊玄の事を思うと舐められないように上からの方がいいのかもしれない。

 とは言え黎月はやりすぎだが。


「黎月の御無礼をどうかお許しください。そして今回の件ではよろしくお願いしますね」



 その夜、何となく静蘭は霊玄に胎児の鬼の事について聞いた。


「何か分かりましたか?」

「性別は恐らく男、世間一般の三歳児と比べると身体は豊満な方、引き笑いのような独特な笑い方、そのくらいだ。その特徴を聞いてから領域内の気を探ってみたが、見当たらなかった」


 そんな事まで出来るなんて流石だ。こんな広い領域内で無数にある様々な鬼気をあんな短時間で探る事が出来るとは。


「逃げ足が早いですね」

「ああ。どうやら想像よりもかなり多くの生気を吸い取っていたらしい。そこら辺の鬼より強力な鬼かもしれないな。それに権玉シュエンユーに被害にあった街に直接偵察に行かせてみれば、想像よりも大きな被害だったようだ。もうその街には若い女は殆どいなかったらしい」


 風師から話を聞いただけでは被害の大きさなんてあまり想像出来なかったが、そこまで酷かったのか。

 医者も為す術も無く、もう人力ではどうしようも無いのでは神頼みしか無い。可哀想な話だ。

 しかし、黒花領域にいないのであれば胎児の鬼はどこへ行ったのだろうか。

 というか、陸の鬼王、黒花状元こと霊玄が支配している黒花領域、水域の鬼王、水仙旋蛇すいせんせんじゃこと沈引秋シェンインチュウの支配している水旋領域すいせんりょういき以外に他に鬼の領域があるのだろうか?

 いくら赤子とはいえ、神仙に追われてすぐにまた騒ぎを起こす程頭が出来ていないわけではないだろうに。


「引秋殿に連絡を取ってみては?もしかしたら水域の方にいるとか」

「一応聞いた。水鬼じゃないだろうし可能性は低いと思いながらもな。そしたら案の定、水域には行っていない。となればめぼしい所はあと一つ……」


 そう言う霊玄はどこか気だるげで、昨日よりも気力が落ちている気がする。

 というより、あと一つ、その場所を言う事に抵抗があるように見える。この三界に恐れるもの無しの霊玄が気を落とす程の場所とは、一体どれ程おぞましい場所なのだろう。静蘭には到底検討もつかない。


「あと一つ、空域くういきが考えられる」

「空域?それは天界という事ですか?」


 空域なんて静蘭は初めて聞いた。空の界域といえば天界だ。しかし、天界の事を空域とは呼ばない。天界はどの国も一貫して天界と呼んでいたし、方言なんかでも無いはずだ。


「いいや。俗に言う鬼域とは三つある。陸域は俺、水域は引秋、空域はまた別の鬼王の庇護下にある」


 下界で話題になるのはいつも黒花状元、そして水仙旋蛇の二人の鬼王とその領域だけだった。そもそも空域がある事を知っている下界の人間はいるのだろうか。

 そして、何よりも霊玄が何とも言えないような嫌そうな顔で溜息をついている事に驚いた。

 もしや霊玄の嫌う天界の近くにあるのかもしれない。

 そして霊玄は続ける。


「空域は天界と下界の間に位置し、外域との交流は一切持っていない。空の鬼王は数百年前に突如現れたが、姿は表さず、その素性を知る者は誰もいない。どんなに交渉しようが門前払いだと引秋も嘆いていた」


 つまり、胎児の鬼が空域に逃げ込んでしまったのであれば、外域との交流は一切持たずに鎖国状態の空域への侵入は疎か、協力も望めそうに無いわけだ。

 霊玄も責任はあると発言したものの、たかが強力な胎児の鬼一匹如きを捕獲するためだけに空の鬼王と対立するのはあまりにもリスクがあり過ぎると考えている。

 鬼王と鬼王がぶつかれば、その被害は莫大で驚異的過ぎる。だから引秋もそうだし空の鬼王とも対立したく無いのだ。流石の霊玄や引秋でもその事は意識しているし自覚がある。


「せっかく風師をダシに天界の気を引けると思ったのだが、空域に逃げ込んだのならもう俺の保護下では無いし、知った事じゃないな」


 霊玄はそう言うものの、静蘭の中には一つ疑問が生まれた。


「外域と交流を持たずに鎖国状態ならば、胎児の鬼はどうやって空域へ?」

「子供の鬼くらい一人増えても何も困らないし、通したのかもな。だが俺達はそういうわけじゃないからな。一応空域にも使者を送る事にしたんだが、希は薄いだろう」


 そして、霊玄の言う通り空域へ送り、戻ってきた使者達は全員首を横に振ったという。

 空域へ入るための唯一目視出来る入口には、一匹の青龍せいりゅうが門番としてその場を守っていた。使者は事の経緯とこちら側の要望、そして見返りを提示したものの、断固として了承しなかったという。

 これには霊玄もやはりか、と肩を落とした。


「風師にあれだけの事を言っておいて結果がこれとは我ながら何と無様な」


 しかし、そうは言っているものの差程気にしていないようにも見える。

 とりあえず、胎児の鬼も空域へ入ったのなら暫くはそこで落ち着くだろう。このままこれ以上騒ぎを起こさなければ、くらいに考え、風師にも説明した。

 その後、この件は霊玄に任せるという形で風師は天界へと戻って行った。

 空の鬼王が存在する数百年間、彼は一度も悪さを働いたり、何か問題を起こしてはいない。

 今回の事だって、霊玄がこんなに早く胎児の鬼の追跡を一度辞めたのも、彼はきっと今回も正しい事をするだろうと確信があったからだ。

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