妖鏡の珠環(二)
行きと同じく縮地の術で
「帰りが遅かったな」
宮に入ると同時に中から声が聞こえ、背筋が伸びた。
いや、別にやましい事をしていたわけでも無ければ、
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいや、楽しんで来たのならいい。だが、どうやら人数が一人増えているようだ」
流石鬼王というべきか、静蘭達が説明する前に珠環の存在を当ててしまった。珠環は
その様子を見て霊玄が立ち上がると、その周りを眩いを包んだ。あまりの眩しさに静蘭が目を瞑り、再び目を開けると目の前には知らない人が。
いや、正確には霊玄によく似た少年がいた。髪は高い位置で一つに結われており、背丈は静蘭より少し高い位だ。美しく滑らかな顔の輪郭に長い眉と秀麗な目、麗しく形の良い唇はどれも霊玄と瓜二つで、雰囲気が幼い事を除けば全てが霊玄だ。
しかし今目の前で何が起きたのか全く理解出来ていない静蘭は、両目を見開いてただ呆然としていた。
「良かったね、珠環。鬼王様がお前に気を利かせて
仮相という言葉を聞いて静蘭は思い出した。そういえば彼は度々仮相をして出歩いたり人間に紛れ込んだりしていると聞いた。
「そのお姿は?」
「人間の少年に化した。違和感が無いだろう?」
そう言って霊玄は静蘭に自分の手や髪を触らせた。創りは繊細であり、自分の手や髪の質感と何も変わりは無い。
鬼が人間に化ける時は必ずどこかで綻びが出る。それは普段あまり気にしない髪や手……特に手相、そして血管などの場所だ。
しかし目の前の人間に化けた霊玄は完璧に人間に化けていた。どれだけ触っても綻びは無く、それどころか鬼の時には無かった脈や心音まで再現されている。
「鬼が人間に化ける時はどこかに綻びが出ると聞いていましたが、綻びなんてどこにもありませんね」
「それは鬼王様だからですよ。私には無理ですし、というか鬼王様以外の鬼は神通力が足りなくて無理ですね」
なるほど、そういう事かと納得したところで、霊玄が一つ咳払いをした。
「それよりもそんな者を連れてきてどういうつもりだ」
「この子を鏡の中から出してやりたいのです」
素直に珠環の事を打ち明けると、霊玄は顔色一つ変えずにこう言った。
「そいつを鏡の中から出してどうする?その後は誰が面倒を見ると?」
確かに霊玄の言う通りだ。この子の両親は既に成仏しているし、鬼には知り合いや宛なんて無いだろう。
「……ちょうど侍女を一人貰いたかったところです。この子を侍女として迎える事は出来ませんか?お願いです」
「侍女ならもっと使える奴がたくさんいる。その中から選べばいい」
「いいえ、こうしてこの子と出会ったのも何かの縁。私は珠環が良いのです」
そう言うと霊玄は少し考えたが、渋々という風に首を縦に振った。
「良いだろう、認める。その鏡をこちらに寄越せ」
鏡……もとい珠環が霊玄に渡ると、鏡がまたしても発光し始めた。
「鬼王様?!何をされて……」
見た目からして恐らく十歳くらいだろうか。顔や首には包帯が巻かれ、所々赤く腫れているのがわかる。病気のせいだろう。
しかし身なりは良家の子供といった格好で、きっと家柄は良かったのだろう。
「その子はまさか……」
「ほら、鏡から出してやった」
霊玄の手には手鏡が握られており、目の前の女の子はゆっくり確認するかのように顔や身体をぺたぺたと触り始めた。
「元に戻ってる……!ありがとうございます、鬼王様!」
ぺこりと可愛らしく一礼をすると、すぐに静蘭の方に擦り寄ってきた。どうやらかなり懐かれたらしい。頭を撫でてやると嬉しそうにはにかんでいる。
しかしやはり赤く腫れているところが痛々しく、胸が痛む。
その様子を見てか霊玄が再び口を開いた。
「安心しろ、その病の跡はこの薬さえ毎日塗っていれば1週間程で治り始める」
霊玄は懐から塗り薬を出し、黎月に渡す。
「感謝致します、霊玄様」
「ふん。お前……名を珠環と言ったな。鬼王妃の侍女になるんだ、その役職名に相応しい行動と言動、そして働きをしろよ」
それだけ言うと、霊玄は睡蓮宮から出て行った。いつもは静蘭が寝付くまでは睡蓮宮にいるのに、今日は珠環が来たからか気を利かせてくれたようだ。
「おいで、
「あっ、鬼王妃様!そんな事私がやりますから!」
包帯を取ろうとする静蘭を黎月が止めようとするものの、その手を止める事は無かった。
包帯を取ってちゃんと顔を見れば、幼いのに中々良い顔をしている。
珠環は塗られるがままにしていたが、薬が染みるのか身体を強ばらせていた。
「お前……そんなに怖がりで大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だもん!」
黎月につつかれると涙声でそう答えた。やはり子供だ、可愛らしい。
「そういえばまだ年齢を聞いていなかった。小珠は何歳なのかな?」
その質問に珠環は首を傾げて考え始めた。
「……わからない。でも死んだ時は五歳で……でもその時よりも大きくなってる気がします!」
それは実体を得るまでにかかった期間が換算されているから、死んだ時よりも身体が成長しているのだろう。
やはり見た目通り五歳くらいのようだ。もっとも、精神年齢は五、六歳くらいのようだが。
「そうか。そういえば黎月、小環の寝所はどうなる?」
そもそもなのだが、静蘭は黎月の寝所すらも知らない。この睡蓮宮にあるのか、睡蓮宮から出た後宮にあるのか……または後宮から出た場所にあるのか。朝起きたら黎月は横にいるし、夜は霊玄が来るから時間になれば知らずの内に席を外している。
「後宮内に侍女の宮があるんです。
そんな宮がある事を知らなかったが、そもそも他に妃はいないし、静蘭の侍女兼護衛も一人、今回増えて二人になっただけだ。宮の外に女官が歩いているのは見た事があるのだが、数は少ない。
今では鬼王の妃という確固たる立場を確立している静蘭だから、面と向かって嫌味を言われたり嫌な顔をされたする事は無い。黎月はその人柄からか天趣城どころか
しかし珠環は違う。元々黒花領域の鬼では無かったし、力も神通力も弱い。それにまだ子供だ。静蘭に面と向かって言えないような事や嫌がらせを代わりに受けたりしないかが心配なのだ。
そんな心配が顔に出ていたのか、すかさず黎月が言う。
「そんなに心配しないでください、鬼王妃様が直接お選びになった侍女にそんな事出来る者はこの後宮……いや、天趣城にはいませんから」
「本当か?しかし何か困っていそうだったら助けてやって。いいかい、小環。何か困った事や嫌な事があれば黎月か私に相談しなさい」
「はい、鬼王妃様!」
元気いっぱいで能天気な声で返事をする珠環だが、ちゃんと理解した上での返事なのかは怪しいところだ。まあ、黎月が目を光らせてくれるだろうと信頼して任せるしかない。
侍女同士の関係性ややり取りに上の者が口を出したら良いことなんて何も無いから。
しかし、珠環にはどうも親心が湧いてしまう。実際は親子ほどの年の差は無いはずなのだが、如何せん珠環は静蘭に懐いていて、子供特有の澄んだ純粋な目や、静蘭の後を一生懸命後を着いてくる姿が何とも愛らしい。
「さぁ、今日は色々あって疲れただろう?もう休みなさい。黎月、すまないが小珠を庶宮という宮まで連れて行ってやって」
「はい、もちろんです」
黎月が一礼をすると珠環もそれを真似る。二人が並んで睡蓮宮を出て行く後ろ姿を見て、姉妹みたいだと思い笑みが浮かんだ。
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