CDN<コンテンツ・デリバリー・ネットワーク>

paradoxical◆k8817

CDN<コンテンツ・デリバリー・ネットワーク>

政府が自由なインターネットを奪ってもう何年になるだろう。いや、政府はインターネットの自由な表現を奪っていなかったか。世間では悪夢と言われた政権で悪夢の選挙が続いた時代と同じく自由の表現は許されていた。あくまでも表面的には。


荒れた都知事選の後の衆議院の解散総選挙の時だった。結果的には与党は政権を維持できず、その退陣にすらインターネット上では陰謀論が渦巻いていた。選挙に不正があると。いままで野党で与党へなった勢力への票がこんなに少ないはずはないと。実際のところ新聞社などの出口調査のとおりの選挙の結果が出ていたし、不正はなかった。しかし、日本社会は荒れた。神宮外苑に隣接する商社の前では大規模なデモが行われて、機動隊が出動していた。この商社の社員がオフィスに入ることまでできないデモとなった。これは陰謀論だが、この時、警察と自衛隊の特殊部隊も待機していたらしい。とは言え、この情報もCDN<コンテンツ・デリバリー・ネットワーク>を経由しないテレグラム、アンダーグラウンドのインターネット<ダークウェブ>の情報だ。

政府がやったことはインターネットの表現規制そのものには踏み込まず、CDNをフィルタリングの対象したことだった。新たに与党になった陣営にも自由なインターネットはリスクになっていた。

インターネットのトラフィックの増大でサーバとクライアントの通信の間にはCDNが介在しないとデータ転送速度は稼げない。ウェブで通信が発生する度にサーバと直接の通信などをしていたらデータ転送速度が遅くなる。主要なSNS、動画サイトはCDNを使っていた。

政府はサーバそのものに保存するデータに関しては規制をしなかった。名目的にはリベンジポルノや個人情報を保護するためにCDNを規制した。CDNで違法コンテンツをフィルタリングすることだった。CDNに乗ってこないデータはこの頃のインターネットでも表示が遅く、目に触れないことが多かった。

個々のサーバ、クライアントのデータ保存には表現の自由の制限をかけないため、最高裁判所は合憲とした。とは言え、一悶着がなかったわけではないが、大きな企業の情報漏洩事件の後のこともあり、ここでこの問題を落ち着かせるしかプラットフォーマーもビジネスを続けていく上で妥協せざるえなかった。この事件の時にデータの拡散に手を貸したのがSNSだった。SNSが使っているCDNにふたをすれば、データの拡散をかなり防げる理論だった。

Winny時代から消えない児童ポルノやリベンジポルノの複製があまりに溢れたことも法制化の後押しになった。

放送局もこのCDNのフィルタリングには賛成した。あまりに溢れた切り抜き動画の複製による権利侵害が深刻化し、TVerなどの再配信の視聴者が増えず、放送局としても経営問題があった。


ダークウェブは未だ存在したが、ハッカー<攻撃者>も巧妙化しており、そこにアクセスしてデータを取得してクライアントであるPCが安心な約束などハッカーがするわけもなく、もれなく自分のプライバシーデータの漏洩がついてきていた。

安全性の高いダークウェブなどは存在しなかった。

Winnyで発生したことと同じだ。これは自己責任である。事態はWinnyの時よりひどくなっており個人情報が漏洩すればランサムウェアでクライアントにあるデータが暗号化されハッカーから身代金を要求されるのは当たり前になっていた。そこまでリスクを取ってダークウェブにアクセスするのはリテラシーの低いユーザーだけでデータを拡散させるだけの能力も持っていなかった。警察どころかPCメーカーからは相手にされず、インターネットから去ることもあったようだ。家族が壊れるケースも散見されたとか。


俺はポルノ専門のプライベート・デリバリーをする運び屋だった。AV新法もあり、AVの新作が出なくなり、CDNの制限で流通するAVが少なくなっていた。人気があるのはビデオがフルHD化した後でAV新法前のセクシーアイドルの作品だった。

セクシーアイドルも過去の映像がいつまでも消えないことに業をにやしていた。

プライベート・デリバリーってなんだ?昔で言うUSBメモリやCD-RやDVD-Rによる物理媒体による運び屋に近かった。

インターネット初期にもこの手のビジネスはあった。違法コピーで100枚とか通信販売している安売り業者。ただ、この手のも郵便と宅配の事情が悪くなり復活できないでいた。

俺は古典的な電子メールの添付データとしてプライベート・デリバリーをしていた。

CDNはフィルタリングされたが単純所持は規制されていない。俺の扱うコンテンツは日本の法制をちゃんと守っており、モザイクもしていたし、児童ポルノも扱っていなかった。

物理的なレンタルビデオ?最後に光学メディアを再生できるゲーム機はPS5だった。PS5を最後にソニーはゲーム機から撤退した。もう、家庭には光学ドライブが残っていなかった。TSUTAYAも配送でのレンタルからはとっくに撤退していた。郵便網が縮小されて、それを支えられなくなっていた。電子メールはクラウドのSaaS化されていたがCDNを介さない。その法の隙間を縫っていた。

政府もこの時、巧妙な手段を使っており、私的な通信には介入しなかった。電子メールには一切の監視がなかった。クラウドのSaaSでサブスクを支払えば、個人的なデータのやり取りはAIの学習データに利用しない。ただし、無料ユーザーのデータはAIの学習に使っていただろうし、そういう広告を出すようにはしていた。こういうユーザーは広告ブロッカーも使わないかもだった。

俺のデリバリーを使う客にはビシバシとサブスクを使えと言っていた。それを使っていない客の相手はしなかった。

支払いは暗号資産。コンピューティングリソースがムーアの法則でどんどんスピードアップしてブロックチェーンの暗号化が強化された。送金履歴を追うのは困難になった。これを現金化する時のリスクは以前残ったが、この時代はECが発展して、暗号資産で生活をまかなえるようになっていた。このCDN対策でECサイトはCDNを使わずクライアントとサーバを直接通信させて政府の規制を逃れていた。

それに俺がプライベート・デリバリーをするように生活物資をデリバリーするネットワークもあった。高くはついたが人間が生きていくためには仕方がない。人間が生きていくために必要なものがすべてインターネットで手に入る時代に変化していた。家から出ることなぞ必要がなくなっていた。


俺はもともとSIerの技術者だった。しかし、生成AIの台頭でシステムエンジニアの仕事が高度化した。それに俺はついていく自信はあったが、リモートワークで雑談していた同僚がどんどんとリストラされていき、やる気をなくした。

そして、個人でポルノのプライベート・デリバリーをはじめた。

日銀総裁が変わった頃よりもさらに日本の円安での価値下落は進んでおり、ドル建ての暗号資産払いのアンダーグラウンドな仕事は魅力的だった。いざとなったらドル建ての資産を持ったまま、海外へ移住すればよかった。


俺のネタ元は若い頃に集めたAVのBD、DVDをリッピングだった。リッピングツールにもリスクはあったが、リスクなしではこのビジネスをできない。セキュリティを強くして、インターネットへの接続は自宅内でも限定的にしてビジネスをやっていた。

若い頃はAVが大好きだった。当時いた彼女には、あんたはAVと同じプレイを要求してくるからいやだと言われ逃げられた。最初で最後の彼女だった。売れない秋葉原の地下アイドルで愛嬌がない陰キャだけで承認欲求が強い子だった。メイド喫茶でバイトもしていたが指名がかからず、俺が通っていた時に指名を条件に付き合いはじめた。そんな仲だから別れた時もなんとも思わなかった。ただ、俺の仕事のことに気をつかってくれてしたりしてやさしい子だった。いや、俺に依存していたのかもしれない。別れを切り出したのも彼女があまりに俺にやさしすぎて、それがわずらわしく感じ、俺からした。


このビジネスも少子高齢化の影響を受けており、年々、オーダーは減っていた。それでも1日に2、3件の依頼があれば、なんとか暮らせた。それに俺は信頼できる客以外と取引したくなかったので口コミだった。サーバなど立ててプラットフォーマーに文句を言われるとこの商売はできない。海外の防弾サーバを使う手段が残っていないでもなかったが、そこまでコストをかけて儲かるビジネスでもなかった。サーバなど立ててジャケット写真などを掲載すると冷やかしで見に来るやつが多すぎてサーバのスケールも必要になるのだった。CDNがないサーバだとスケールが必要になる。

SIer時代にプログラムを書いてシステムをデリバリーする仕事と比較するとむなしい仕事だったが、これもコンテンツをデリバリーする仕事で、デリバリーすると仕事という意味では仕事は変わっていなかった。

いつの時代から忘れたがシステムを「リリース」するから「デリバリー」するに変わっていた。システムのサービス化でリリースが合わなくなっていた。そこもSIerをやめた一因ではあった。

SIerも単に顧客の要求を満たしてデリバリーするだけの仕事でソリューションやコンサルティングはとっくにできなくなっていた。SaaSの普及もあってSIerはサービスをデリバリーするだけになっていた。

このポルノを電子メールのデータで送付するのもサービスのデリバリーだ。


隣の音が漏れるレオパレスの狭い部屋で机に向かっていた。

今日もオーダーを処理している。真夏の日差しが刺してきて部屋は暑い。

頭が痛い日本語のオーダーだ。リスト化もされていなければ、自分の要望もうまく書けていない。いまどきも生成AIですらこんな日本語は書かない。

海外からの客が翻訳させた可能性も考え、メールの送信元などをチェックしたが国内からだった。

魅力的なのは本数の多さと高価な作品を買ってくれることだった。

だいたい5人の客を相手にするぐらいの量だ。

手間を考えてもおいしい。

俺がここでミスったのはどこの口コミから俺を知ったかの確認を怠ったことを後で気づいた。

俺はデータをまとめ、メールアドレスへ送信した。データ転送の時に気付けばよかった。特定の女優とレーベルに偏っていた。


翌週、スーツを着た刑事が4、5人やってきた。家宅捜索の令状を出してきた。

ここでも俺はミスった。こういう事態の時のために玄関のドアに全データ削除をするIoTのボタンがあったが、それを押すことができなかった。その隙を許さぬほどに警察のスピードに圧倒された。

結局、全データが押収された。

根性なしでチンケな商売をやっていた末路などこんなものだ。

俺には覚悟ができていなかった。


裁判所でおどろいたのは被害者として出てきたのは昔、付き合っていた彼女だった。簡単なことだ彼女はAVにも出ていたのだ。メイド喫茶で食っていた時代に食えなかったからだったらしい。

罪は権利侵害だった。

俺はポルノを単なるデータとして処理していて、気づかなかった。AVに出ている女性の心を見ていなかった。

当時もそれに気づかないほど彼女に夢中ではなかったのだろう。AVでの芸名はメイド喫茶の源氏名、地下アイドルの芸名、本名とも変わっていた。あの頃も彼女のことを記号のデータとしてしか扱っていなかったことの報いがいま来たのだ。

SIerをやめた原因のサービスをデリバリーするだけの感覚で当時も付き合っていたのだ。

その時は彼女に恋人体験のコンテンツをデリバリーしていただけだった。愛はなかった。サービスのデータでしかなかった。


彼女も歳をとっていた。俺に気づいたのは当時の地下アイドルの知り合いからだった。あいつがいまこんなことをやっていると。

最初は半信半疑で探りのために全部、生成AIにやらせて、あくまでそんなことはないだろうと思ってだった。もう、そんなことを忘れるぐらいには人生を生きてきた。

俺はもろもろの罪で財産を失いそうになった。

しかし、彼女は救ってくれようとした。

私のことをもう一度、愛してくれるなら目をつぶるよ。

あなたがデリバリーしているコンテンツの私ではなくて、リアルな私を愛してくれるなら許す、あの頃からやり直そうと。

俺は複雑な感情を抱いた。デジタルの世界でしか生きてこなかった俺に、リアルな愛を求められて戸惑った。

俺にリアルな愛がわかるのだろうか?

デリバリーのデータな愛ではない直接のコミュニケーション。それが俺には理解できるか。

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