第2話

 隣の街で“大好き”が観測されたあと、件のロボは当然研究対象になった。結果としてはそのイレギュラーは街へ戻された。するとどうだろう、“大好き”の異変は他のロボからも検出されるようになった。

 あの日からはや一年と三ヶ月。あの街の文化は爆発的に成長し、今や私たちの町より栄えている。 “大好き”が、よほど効いたらしかった。次々と映像を映すモニター。響く音楽。溢れる光。ひいてはロボットを修理するロボット。

 そして私の隣にいるのが、その最初の“大好き”を観測した人間である。よほど気がいいのか、鼻歌を歌っている。街の中の彼らが作った歌だ。

 「おひさだね、せんぱい。」

 いつもこの人は私をせんぱいだなんて呼ぶ。実際は私の方が先に一人で街へ出たというだけで、同い年なのだが。

 「せんぱいがあたしに相談があるだなんてちょっとレアだよね、でも頼ってくれて嬉しい!それで、何か困っていることでもあるの?」

 その声は明るかったけれど、真剣な様子だった。

 「困っているっていうか……ちょっとモヤモヤしているだけなのだけれど。私たち、このままでいいいのかしら。隣の街は煌びやかな文化にまみれているでしょう?私たちはこの町の中で小さな頃から工学を学んでいるだけなのに。」

 「いいことじゃん?」

 自称後輩の同期は、私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。

 「彼らの街が発達したのはいいことじゃん。」

 「けれど、私的には何だか報われない感じがして。だって私たち小さい頃から頑張っていたのに、歌のひとつも知らなかったでしょう。しまいにはロボット達は彼らだけでメンテナンスを済ますことができるようになって。私たちのしてきたことって、何だったのよ。」

 後輩は少し難しそうな顔をした。けれど少し待てば、微笑んで伝えてくれた。

 「でもあたし、ロボットたちと触れ合えてよかったと思ってる。ロボット達のことが大好きだから。」

 「……そりゃ、あなたほど功績をあげていればそう言えるのかもしれないけれど。」

 「そういうんじゃなくて、きちんと好きなんだよ。だからロボット達に『大好き』って伝えられたら嬉しいし、彼らの役に立ちたいって思えるの。」

 後輩の目がどんどんキラキラしていく。子供の頃と変わりないな、と思う。そんな目でまた、真っ直ぐにこちらを見つめて訴えてきた。

 「あのねせんぱい。今日はせんぱいがあたしに相談してきてくれて、心をみせてくれて、本当に嬉しかったの。せんぱいが嫉妬してたって悔しかったって、憧れてたって、悪いことでもないし嘘でもない。」

 嫉妬。悔しさ。憧れ。一つずつ言葉を拾ってみると、しっくりきたので、きっとそうだったのだ、と思う。そのうち後輩はより一層、決意を固めたように言った。

 「せんぱいがもし、ほかにときめくことがあるなら、あたしが応援する。ロボット達はあたしに任せてよ。」

 こんどはときめき。自分の心の中を、もう一度探ってみる。

 「私もあなたのことが大好きよ。あなたが表情をコロコロ変えて話すのが、とても愛おしいの。」

 「あたしも先輩のことが好きですよ。」

 ふわりと優しく“あなた”は笑っていた。

 ああ、そうか、私だって自分の気持ちに気づいて伝えられていればよかったんだ。そう思いながら街へ出てみる。また聞こえてくる歌。音楽に詞を乗せれば、私の思いも伝えられるのかな。

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