二曲目

  いつから輝いてたかなんて

  もう覚えてなんかいないけど


 とちらずに歌い出しの声を出せた自分を褒めてあげたい。


  あたしの瞳に映るあなたは

  ずっとキラキラまぶしく見えた


 テンポのいい明るいラブソング。タカ兄の意味深な態度に盛り上がったアホな恋愛テンションでつづった歌詞とメロディーは、今となっては羞恥と後悔の煮こごりと化し、青春の黒歴史と言っていいような曲になっていた。


  なのに顔を合わせるたびに

  気づかれてないか怖くなるの

  あなたの瞳に映るあたしが

  どんな色に変わるかわからなくて


 この曲をミスらず歌ってリードギターを弾いている自分は今この瞬間、世界で最高にカッコいいギターボーカルだと自分に言い聞かせる。

 だいたいあたしが音楽を始めたきっかけが、この最高にカッコいいギターボーカルだ。中学一年の秋、あるガールズバンドのギターボーカルの演奏動画をタカ兄が「めっちゃカッコいい」ってキラキラした瞳であたしに勧めてくれたから、そんな瞳で見て欲しくてあたしはギターを買ったのだ。

 そのギターをベースの抜ける音に合わせて転調させてBメロへとむかう。


  だけど気づいて欲しいの

  鈍感なあなたに

  今日の髪型

  今日のヘアピン

  今日のスカート

  今日のマスカラ

  今日のリップは何色だった?


 まあ、それは恋愛的にはなんの意味もなかったけれど。

 ドラムが刻むスネアに並んで、あたしのギターがかき鳴りながらサビへと走る。


  あたしあなたに恋してる

  どうしようもなく恋してる

  小さなサインを見逃さないで

  ほら、あたしあなたに恋してる


 タカ兄に目線を送る。なにも知らない顔であたしのサインを見逃して、それでもあたしはこうしてギターを弾いていて、ギターを買わなきゃ生まれなかった、恋する自分を描いた曲を歌っている。あたしの気持ちを歌っている。恋した気持ちを歌っている。

 サビ終わりの一拍に息を吐き、間奏なしの二番につなぐ。


  会うたびに想いが増えて

  心が行き場なくあふれてる

  あたしの瞳に映るあなたは

  期待と不安のブランコに揺れる


 そのブランコももう切れちゃって、どこかへポーンと行き場もなく飛んでいった。


  あなたの何気ない優しさに

  もう気づかれたくて堪らない

  あなたの瞳に映るあたしが

  どうかまぶしく見えますように


 だから行き場をあげないと。気づかれる前に行き場をなくした恋に、ちゃんと行き着く先をあげないと。

 コードが変わる。あふれるようなテンポのAメロに対して少し切なげなBメロのコード進行が、あたしの胸からこみ上げる気持ちとともに歌詞を、言葉を音にしていく。


  だから気づいて欲しいの

  鈍感なあなたに

  今日の仕草に

  今日の会話に

  今日の目線に

  今日の笑顔に

  今日のあたしは何色だった?


 気づいて欲しいなんて自分勝手で、怖くたって本当は伝えなきゃいけなかったんだよ、今日より前のわたし。


  あたしあなたに恋してる

  どうしようもなく恋してる

  このメッセージに既読をつけて

  ほら、あたしあなたに恋してる


 サビを歌いながらじわじわと胸に沁みてくる。匂わせのメッセージに既読が付くかどうかでやきもきしてさ、欲しいのは本心のメッセージへの返信なのにさ。

 ああ、恋だ。

 一方通行のどうしようもない恋だ。

 わたしは恋をしてたんだ。

 その実感が喉にこみ上げてきて、声を震わせそうになるのを無理やりに押さえこんで、間奏のギターへと意識をむける。

 それは思い出を振り返るようなセンチメンタルな間奏で、テンポの下がったドラムのリズムとベースの落ち着いた響きに、あたしはギターのメロディーを高い音でのせていく。

 ギターを弾きながら頭に浮かんだのはタカ兄のさわやかな笑顔で、

 小さい頃にあたしが迷子にならないように握ってくれた手のひらで、

 他愛ないジョークやイタズラに笑い合う日常で、

 黙っていても居心地よく横にいられる時間で――。

 でも、それはあたしの恋だ。

 一方通行の片想いだ。

 ギターのテンポが上がる。

 ドラムが、ベースが加速する。

 一歩通行のその先へ。

 あたしの恋が駆けていく。

 もう、落ちサビだ。

 走れ、走れ、声を枯らして歌い切れ。


  どこまで届いた?

  わたしの気持ち

  どこまで伝わる?

  わたしの恋が

  教えてください

  あなたの気持ち

  どうしようもないこの恋に

  どうか答えを与えてください


 ギターを弾く手を止め、ベースも止まり、音の止まった空間にドラムのスネアだけがタンタンと響く。

 答えなんてわかってる。わかってるから、だから答えが欲しかった。

 だから一方通行でも届かせなくちゃいけないんだ。

 あたしの気持ちを。

 ラスサビ。


  あたしあなたに恋してる

  どうしようもなく恋してる


 ベースが戻り、ドラムのコンビネーションが戻り、音の厚みがあたしの歌を盛り上げていく。


  小さなサインを見逃さないで

  ほら、あたしあなたに恋してる


 ここまで来たら隠すものなんてなにもない。

 あたしはタカ兄の顔をまっすぐに見る。

 ギターを力いっぱいにかき鳴らして、泣きそうになる感情なんてプライドでねじ伏せて、喉をふり絞って音に変える。


  あたしあなたに恋してる

  どうしようもなく恋してる


 タカ兄が見てる。

 あたしの恋をまっすぐ見てる。


  どうしようもないこの恋に

  どうか答えを与えてください――


 あたしの恋に答えをください。

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