最終話

 高台の事件の次の日はみんなで一緒に諒輔りょうすけの父親に謝りに行って、僕たちはこっぴどく怒られた。また、家に帰ると涙目の両親が出迎えてくれた。僕たちの安否あんぴを一番心配していたのはこの2人だ。


 また、陽菜が普通の翼を持つようになってからたまに僕を連れて空を飛んでくれた。両翼からの推進力は凄まじくて陽菜にしがみついていないと振り落とされそうな程のスピードを出せるようだ。


 ある日、陽菜が俺に伝えたいことがあると言っていたので約束通り言われた場所へとやってきた。ここは僕たちが初めて出会った場所。すなわち浜辺だ。毎日散歩で通っているが、毎回感じることは違う。


 僕は浜辺に立ち、風をよむ。波の穏やかに打ち寄せる音が心地よい。陽菜を待ちながら周囲の環境と適応する。砂の感触や波のリズムに心が落ち着く一方で、陽菜の呼び出しに期待と不安が交錯する。


 柵にもたれかかると急に眠くなってきた。


——


 穏やかな波の音が静かに響く浜辺の近くで一人の人物、蒼空が柵に寄りかかって眠っているのに気づく。柵は古びた木製で、塩風によって少しずつ色褪せているのだがその上に身を委ねた彼は、まるで自然の一部のように安らいでいる。


 私は愛しの彼に触れてみた。肩や背中から伝わる熱がわずかに溶け込んで、穏やかな温もりを感じさせる。


 蒼空の頭は軽く垂れて、手は自然にひざの上に置かれている。空には海と見分けがつかないほどの青が広がり、ほんのりくすんだ雲が揺れている。私の翼は彼の眠る姿を優しく包み込む。


 目を覚ますと純白の翼が広がって、僕全体を覆い包んでいることに気づいた。後ろを向くと、慈愛に満ちた目をした陽菜がいた。


 陽菜の腕がそっと僕の肩に回り、文字通り包み込むようにハグをした。穏やかな温かさを背中に感じる。耳を澄ますと彼女の呼吸の音や心臓の音が聞こえてくる。心臓の鼓動がだんだんと早くなっている気がする。その音が僕のものなのか、陽菜のものなのかはわからない。この瞬間、僕たちの心は一つになって言葉では表すことのできない深い繋がりを感じる。


 後ろから透き通るような声が聞こえる


「蒼空、あのね…」


「うん」


「私さここで蒼空に見つけてもらって本当に幸せだった。」


「…」


「私、意識を戻してからずっと蒼空と話せて嬉しかったんだ。」


「僕も、楽しかったよ」


「私、蒼空とずっと一緒にいたい。」


 陽菜は後ろから僕の耳元に寄り添い、優しく愛を囁く。息を吐くかのような柔らかさを含む声が僕の肌に微かに触れる。


 脳にまで直接響くような甘い言葉が僕の心の奥深くにまで温かな波紋を広げる。心臓の音がバクバク聞こえてくる。


 陽菜が囁く一言一言には深い愛情と僕に対する信頼感、安心感が込められていて、その瞬間にこの浜辺、いやこの世界が僕たちだけのものであるかのような幸福感を味わった。


——


 蒼空は静かに微笑みながら、私の目をじっと見つめる。そして、優しく手を私の頬に合わせて心からの言葉を紡ぐ。


 「陽菜の気持ちを聞けて僕は本当に幸せだ。実は、僕も陽菜のことを想っていたんだ。陽菜と一緒に未来を歩んでいきたい。これからもずっと君のそばにいたい。」蒼空の目に込められた真剣な愛情が私の心を深く打つ。


 頬に軽く触れた温かい手が、二人の関係の新たな始まりを感じさせる。


 幸せな時間が永遠に続くことを願う二人の思いはまるで広々とした青空が果てしなく広がるように終わりのない空の青さに包まれている。

 

 青空がずっと続くように、二人の心はその穏やかな広がりの中で幸せな瞬間が永遠に続くことを夢見ている。


「蒼空! 手を貸して!」


「おう」


「さあ飛ぶよ!」


「え、飛ぶってどこに?」


 僕の問いに対する答えは陽菜の行動によって示された。広がる青空を静かに滑空する鳥のように穏やかで優雅に飛んでゆく。


 繋がった手には二人の思いが深く溶け合っている。指がぴったりと絡み合い、空の涼しさと対照な互いの体温と心の温もりが伝わってくる。


 その手のひらに触れるだけで、二人の信頼と愛情の絆が感じられる。一つになった心が静かに響き合っている。そこにはどんな言葉も不要で、その握り合う手の中に二人の全ての思いが集約されてる。


 僕はずっと自然の自由を夢見てた。この村でも行われている政府による大規模な自然破壊によってその夢も途絶えかけていた。


 だが、陽菜がこの大空に僕を連れてくれたことで大空に自由の想いを馳せることができた。広がる空の無限の可能性に触発されている。澄み渡った青空束縛のない広大な空間のトレードマークだ。


 心が解放される感覚が広がっていく。あぁ空ってこんなにも美しくて開放的なんだなぁ。空の広がりに包まれることで、僕の思いは自由の羽ばたきとともに、無限の可能性へと向かっていく。


 「陽菜、これからも二人でいろんなことを経験していこう。この村にはないものを見にいこう。一緒にいろんな場所のグルメでも味わおうな」


「翼がなくたって私は蒼空とならどこにだって行けるよ。」


「来年は二人きりでこうやって花火を見よう。」


「この高さから見る花火はどんなに綺麗なんだろうね。」


「さあわからないや、でも僕たちはこれから知っていける。」


「そうだね!」


 気が済むまで僕たちは話をした。未来の話をすると、僕たちの心は希望と期待で満ち溢れていく。未来のビジョンを語るたびにその言葉が空から見える人たちの営みのようで穏やかな優しさを感じられる。


 しばらくすると太陽と地平線がキスをした。お互いが呑み込まれていくにつれ、空は穏やかな橙色から黒っぽい紫色へとグラデーションを描きながら変化していく。雲がその色を反射して、空全体から柔らかな光に包まれる。


「そろそろ帰ろっか」


「うん!」


「今日の夕飯はなんだろうね?」


「私はお母さんのカレーが食べたいな」


「昨日もカレー食べたじゃん」


「お母さんのカレーは2日目もおいしいの!」


 他愛もないその問いかけには日常の中に含まれる、小さな幸せや安心感を引き出した。日々の暮らしに根付いた普通の営みこそが僕たちの心を和ませてくれる。


 今日の夕飯はカレーだった。


【完】

 ここまでお付き合いくださり、心から感謝します。この物語を通して、愛や希望の大切さを感じていただけたら嬉しいです。主人公たちのように、私たちも未来に向かって歩んでいく力を持っています。どうか、日々の中で小さな幸せを見つけ、希望を忘れずに進んでいってください。皆さんの未来が輝かしいものでありますように。

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