第5話

 いつもの窓際に3人で集まって他愛のない話で盛り上がっている。昨日のテレビがどうだとか、隣のクラスの恋愛事情とか、花火大会の話とか


 大柄なおさむがうーんとうなりながら考えている。


「修、どうしたんだ? 何か悩みでもありそうじゃないか」


「あぁ、蒼空そらくん。花火をどこで見るのが1番いいのか考えていたのだよ」


「花火の見る場所? 家からでいいんじゃないの」


「甘い! あまいぞ!」


 話を割って入ってきたのは変人と名高い諒輔りょうすけだった。彼はチッチッチと口ずさみながら指を左右に振る。まるで博士気取りの態度に僕はイラつきを感じた。


「蒼空はまるで花火をわかっちゃいないね。花火を見るには下から見るよりも少し高いところから見るのがいいんだよ!」


「はぁ…さいですか」


「よく聞け! 少し歩いたところに高台があるだろ? 今は使われていない旧電波塔だ。親父が昔そこで働いていて、高台の鍵を俺にくれたんだ。だから、花火の日にあの高台に登ろうぜ!」


 いけしゃあしゃあと犯罪まがいの事を言う諒輔に呆れながら返答した。


「あのなぁ、立ち入り禁止の場所だろう? 勝手にしてくれ俺は行かないからな。陽菜と家の近くで見るんだ」


「蒼空くん…俺は行きたいよ、高台からの花火はすごく興味深いし冒険心をくすぐられるね。」


 3人の中で1番大柄で真面目な男の修まで乗り気なようだ。

 立ち入り禁止の高台に許可なく登ることに不安を覚えつつ、僕も花火の見え方について興味があったので流れされて了承してしまった。


 2人に後押しされて陽菜も連れて来いと言われた。さすがにそんな危険な場所には連れて行けないと言うも、陽菜が下からの花火ではなくテレビなどで見る正面の花火にすごく興味を持っていたことを思い出して、危険とはいえ高台から見るのも案外悪くないかもなと思い始めてしまった。


 2人には陽菜の翼のことは話してあるし、誰にも広めないと心から信じている友達だからこそ今回の高台も安全なのであろうと踏んでの決断だった。毅然とした態度の諒輔に圧倒されてしまったと言えば一言で済むのだが、あくまでも自分で決断したと言っておきたい。もし問題が起きた時に他人のせいにしないためだ。


 家に帰り、2人との約束の件を陽菜に話す。陽菜は初めて俺の学校の友達に会うことについて緊張していると語った。蒼空が決めたなら私はどこへだってついて行くと言うので高台で見ることについても承認を得た。


 僕の部屋の窓から夕方の風が夏の温もりを隠し持って、穏やかに吹き付ける。日が沈むにつれ、空が温かなオレンジ色に染まっていく。木々や草花も呼応して一定のリズムで揺れる。草花や木々のその先には言っていた高台がそびえ立っている。


——


 花火に期待をふくらませながら日々が過ぎていく。日を経るごとに僕の心の中ではなんとも言えないような不信感のようなものが積み重なっていった。何も起きないといいのだけど…


 『行ってきます!』と、元気いっぱいに伝えたあと僕と陽菜は玄関から出る。さすがに高台に行くとは言えないので、修の家から花火を見ると伝えて出てきた。どうして嘘をついたのか陽菜に問い詰められたが、はぐらかしてしまった。


 空が夕焼けに染まり、紫かがったりオレンジがかったりの色素が染みのように広がる。日中の放射熱を奪うかのような涼やかな風は木々の葉を揺らす。


 辺りには夏の草花の香りと浜からする海の香りがミックスされた香りがする。日中にあれほどうるさかったセミの鳴き声が徐々に消えていくのに、合わせて太陽も沈んでいき、まったりとした静けさが広がる。


 僕たちは今からちょっと悪いことをするんだ。立ち入り禁止という未知の場所である高台は恐怖感を与えるほど壮大にそびえ立つ。好奇心と興味に惹かれて誘惑に負けてしまった。僕の探究心はこの高台から花火を見るまではおさまらないだろう。


「蒼空くん! おまたせしました」「おまたせ!」


 鍵を持った諒輔と修がやってきた。ふたりは陽菜をじっくりと見て、驚きと感動が半々くらいの表情をした。そうしてしばらく4人で話しているとそろそろ約束の時間がやってきた。


「開けるぞ…」


 扉はガチャっと音を立てて開き、高台の中の構造を顕にした。内部には螺旋状に階段が伸びていて、やけに埃っぽい。壁には【老朽化、落下物注意】という張り紙があった。


 階段を登っていくと、5分もかからずに展望台のエリアに到達した。10人くらいで座っても大丈夫なほど広いデッキに座って浜辺を見つめる。あぁ、あそこから花火が上がるんだな。


「にしても少し寒いね…」


「あ! それ俺も言おうと思ってた」


 修と諒輔が言った。それを聞いた陽菜は自慢の純白の翼を広げて僕たち3人を覆った。それから僕はカバンからブランケットを出して、陽菜に掛けてやった。


 修は持ってきていた缶ジュースやお菓子を開封していまかいまかと花火を待っている。諒輔もおよそ似た感じのことをしている。


 僕は興味本位で下をちょっと見ると、あまりの高さに絶句する。高台は電波塔の役割を担っていたためそこらの家屋よりも明らかに高く作られている。


 その時パッと光が視界に入った。爆音と共に光が広がる。

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