第4話

 僕たちの充実した生活はそんな感じで始まっていった。陽菜も我が家での仕事が板に付いてきて、すっかり家政婦さんのようだ。前は違和感であった、ふわふわとした大きな純白の翼も今では彼女のトレードマークで欠かせないものだ。


ーー


 とある休日の昼過ぎ、僕と陽菜は1階のリビングでテレビを見ていた。夏特番が放映されて、その中でも陽菜はプールの記事になる度に目を輝かせて見入っていた。テレビからはプールでは夏の暑さを一時的に忘れることが出来る! 水鉄砲や浮き輪などの遊び道具も充実している! 汗ばむ体を涼めることが出来る! といった売り文句が聞こえてくる。


 陽菜がプールに入ってみたい!と言ったので市民プールにでも連れて行ってやりたいと思ったのだが、背中の翼を公然にさらすことができないので市民プールには連れていけない。どうやって陽菜の望みを叶えてやろうか…。僕が色々と考えていると仕事終わりのお母さんが帰ってきた。事情を話したところどうやら案があるらしい


「それなら裏の庭でプールをしましょうか」


 お母さんがそう言うやいなや、陽菜は覚えたてのガッツポーズをした。喜ぶのはちょっと早い気がするが、切望していたプールに入れるとなれば喜ぶのも当然だろうか…


 善は急げという言葉もあるので、早速プールに空気を入れて水を張る。幸い、いとこが置いていった少し大きめのプールがあったのでそれを使う。


 プールがだんだん膨らんでいく様子を見て、陽菜は爛々らんらんと目を輝かせる。犬のしっぽみたいに翼がブンブンと振って喜ぶ。翼によって巻き起こされる風が心地よい。暑さを吹き飛ばす爽やかな風に気持ちも晴れやかになり、僕はウキウキしてしまう。


 プールに水を貯めているとき、母が陽菜に手招きをして自室へと連れ込んでいた。陽菜を自室に呼ぶとき、お母さんの目には少し不安と心配が見えた。


 陽菜が少しでも快適に感じるように、慎重に水着を選ぶのだと言う。その心の奥底には、陽菜が新しい環境に適応できるようにと願う温かい思いが込められていた。


 プールの準備が出来た旨を母宛にメールで送ると、すぐに行きますと返信が帰ってきた。とりあえず部屋から海パンを取ってきて、外のシャワーを浴びて2人の到着を待つ。


「おまたせ〜!」「お、おまたせ…」


 お母さんは黒で統一された露出の少ない水着を着用していて、それに対して陽菜は白の水着で必要な部分以外はがら空きな大胆な水着を着ていた。恥ずかしそうに目をそらす陽菜とニヤケ顔のお母さんがそこに いる。


「お母さん、ちゃんと陽菜に聞いた? それ着るかどうか」


「聞いたよ、陽菜ちゃんの同意のもとで着せてるんだよ」


 おそらく背中の羽を自由にさせることが目的でこのような水着を着せてることは分かる。幸い庭は広いし周囲に人の影は無い。たが、やはりこう目のやり場に困るというか…


 僕の心配は一瞬にしてなくなった。陽菜が完成したプールに喜びいつものような笑顔を見せたので何となくあった恥ずかしさは感じなくなった。プールの端に用意した水鉄砲を発射しながら陽菜はまたニカッと笑う。


「蒼空! ほらこっちおいで」


「あぁ今行くよ」


 僕も水鉄砲を携えて熱い日差しを忘れて楽しんでいる。すると、陽菜が僕の顔目掛けて水をかけてきた。即座に反撃をする。あちこちに水しぶきが舞ってキラキラと輝く。陽菜も翼を巧みに使ってさらに反撃する。空を舞う水滴には僕たちの笑顔が反射する。そしてこの場には僕たちの笑い声が響き渡る。


 気がつくと水合戦は長いこと行われて、もう第何ラウンドかわからないくらいに勝負している。日が傾いて少し肌寒くなってきた。


 お母さんのそろそろあがろうかという声の後、僕たちの長かった水合戦は終わりを告げた。水でふやけた手を見るとそれは勝負の証だとわかる。勝敗は分からないが、夏の気だるさを忘れることが出来たので2人とも勝利で良いだろう。


「2人ともお風呂沸かしてあるから入ってきなよ、お母さんはお片付けしとくからさ」


 母の厚意に感謝しつつ2人でお風呂へ向かう。僕たちは水着のまま湯船に浸かる。温かいお湯に浸かると体がポカポカとしてくる。極楽だなぁと思いながら疲れをとっていく。


「蒼空、気持ちいいね」


「あぁやっぱりお風呂はいいな。心も温まるよ」


「もっと温めてあげるよ」


「え!?」


 突然、陽菜は大きな翼で僕を包んだ。初めて包まれたそれはすごく温かくて安心できた。雛鳥はこうやって育てられるのかなとか思いながら陽菜の翼を堪能する。


 湯上りにはフルーツ牛乳でしょうと母が気をまわしてくれたのでグビっと飲み干す。風呂上がりに飲むフルーツ牛乳の美味しさを知った陽菜は目を見開いて感動している様子だ。


 お母さんはフルーツ牛乳を用意しながら、陽菜が喜ぶ姿を思い浮かべていた。陽菜のために心を込めて準備することで、自分の愛情が伝わると感じていたのだろうか。この瞬間を共有することが、陽菜との絆が深まるきっかけになるといいな。


 プールにお風呂にフルーツ牛乳までお母さんが計画してくれたことであるし、夏の休日を最高のものにしてくれた母には感謝し尽くせない思いでいっぱいである。


 今日はゆっくり寝れるだろうな。たくさん運動した後のベッドは普段よりもフカフカで…あぁ、これもお母さんの思いやりなのかなと考えると胸がいっぱいになる。いつもありがとうお母さん。僕や陽菜、子供の生活はお母さん、お父さん、大人の生活によって支えられているんだなぁ。

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