第9話 精霊姫の外遊

「精霊姫! まさかユースカディに惚れたのではあるまいな⁉」


 アルセックが去った後、国王がバン、と玉座のひじ掛けを叩き、立ち上がった。他の者の目があれば別だったが、知った者だけになれば国王は常にファーファラに対して横柄だった。


「陛下! まさかそのようなことはありません! 先程答えた通り、わたしが参るのはあくまでロンギフロラムとの友好のためです。向こうが水に流してくれるというのなら、それに乗った方が良いと存じます。フォルモロンゴが攻めてくる可能性は、ゼロではないのですから」


 ファーファラは平伏し、正論を述べた。ユースカディのことが気になって、つい色々と聞いてしまったのは事実だ。だがそれは、彼を好きだからとかそんなものではなかった。ただ単純に、彼がファーファラの周りに見たことのないタイプだったから知りたいと思っただけだ。

 他人のことや事象や物事を純粋に知りたいと思うことは、ファーファラにとってはごく自然なことだった。だが彼女の周りの多くの人間には理解できないことであるらしい。彼女が疑問に思うたび、彼らは何か他の意図があるのだと決めつけるのだった。そのことは、ファーファラには辛かった。


「それにわたしは、精霊様のご寵愛を失うようなことは致しません。わたしはこの力を授かったことを誇りに思っております。また、この力をオーラタムのために役立てられることを。ですからご安心ください。陛下がご懸念になるようなことは、何一つありません」


 黙ったままの国王を納得させるべく、ファーファラは言葉を継いだ。


「まあ、良いわ。確かにお前が裏切るとは思わん」


 ファーファラの真剣な様子に、国王もようやく納得したようだった。


「ジョエラ! ファーファラの護衛としてお前も行け。精霊姫にその気がなくても、向こうがどう出るかは分からん。しっかり精霊姫を守れ」


「はっ!」


 ジョエラは膝をつき、恭しく国王の命を受けた。

 ファーファラとしても、彼女が一緒に来てくれることは心強かった。



 二人はロンギフロラムへと向かった。この間の戦で行った、オーラタムとの国境付近の南部地方を抜け、さらに北上して王都ヴァサンタを目指す。

 ついこの間まで内乱があったとはいえ、治安はおおむね落ち着いているようだった。ファーファラたちの一団は、特に問題なく王都へ向かうことができた。

 王都の城壁が見えてきた。戦闘のあった南部とは異なり、王都は無傷で佇んでいた。ユースカディ率いる反乱軍が北部各地を制圧し、王都に進軍してくるとの報を受け、ロンギフロラム王家が早々と逃げ出した結果だった。王都で激しい戦闘が行われなかったことは、ロンギフロラムにとって幸運だったと言える。

 ファーファラは流れていく大通り沿いの街並みを馬車の窓から眺めていた。街には活気があった。武力による王位の簒奪、などという一大事が起きた割には平和な様子だった。元々、ユースカディは王政に不満のある平民を引き連れ反乱を起こしたのだ。王都の一般市民としては、そんな新しい王に対する期待の方が大きいのかもしれない。多くの人市民は喜んでいるようだった。

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