第8話 精霊姫と鉄の国の使者

 謁見の間でファーファラを待っていたのは、深緑色の軍服を着た銀髪の青年だった。ファーファラの姿を認めると、彼は恭しく頭を下げた。


「あ……あなた、あの時の……」


 見覚えのあるその姿に、ファーファラは思わず声を上げる。戦場でユースカディを助けた青年だった。


「アルセックと申します、精霊姫様」


 彼はそう名乗ると、優雅な所作でまた礼をした。敵対していたにも関わらず、ファーファラに対する敵意などは微塵もないようだった。


「それで、わたしに何のご用ですか?」


 ファーファラは怪訝な顔で尋ねる。


「精霊姫様に、ユースカディ様の晩餐会にご列席頂きたく」


「晩餐会……?」


 ついこの間殺そうとした相手から招かれることが、ファーファラには理解できなかった。


「ええ。王位継承権を巡る争いの中で、貴国とは敵対したこともありました。ですが講和も結ばれたことですし、これからも末永く友好的にお付き合いしたく、お招きしている次第です」


 アルセックは優美な笑みを浮かべて、流れるように述べた。ファーファラを見つめるアイスブルーの瞳はその冷たい色に反して、穏やかで友好的な光を湛えていた。オーラタムと友好的に付き合いたいというのは、ロンギフロラムの、少なくとも彼の本心であるようにファーファラには思われた。


「どうして、わたしなんですか?」


 精霊姫などと呼ばれ、王家の養女ではあるものの、実際のところ彼女はそのような場に出ることはなかった。そういった公式の行事に参加するのは、本当の王家のメンバーだけだった。玉座の上の国王の表情を見れば、ファーファラを呼ぶことを快く思っていないのは明白だった。にもかかわらず、こんなにも強引に彼女を呼ぶのは何故なのだろうか。ファーファラには分からなかった。


「我が主の希望です。ぜひとも精霊姫様にご参列頂きたいと」


「だから、それはどうしてなんですか?」


 聞きたいことには答えていないアルセックの回答に、ファーファラはついまた尋ねてしまった。不躾な聞き方をしてしまったものの、アルセックは特に気分を害した様子はなかった。どう答えたものか、と少し思案しているようではあったが。


「そうですねえ……あの方はすっかりあなたを気に入ってしまったようですので」


「え……?」


 返ってきたのは良く分からない答えだった。彼はニコニコと何か含みのある笑みを浮かべていた。これ以上聞いても、答えてはもらえなそうだった。


「陛下、わたしはどうすれば?」


 ファーファラはすっかり困ってしまって、玉座の上の国王を見上げる。


「お前が決めろ」


 だが、国王は忌々し気にそう吐き捨てただけだった。


「わたしが……?」


「精霊姫様に直接お返事を伺うようにとの、我が主からの命令でして。ですが返事は今すぐでなくても構いませんよ。明日まで、私はオーラタムにおりますから」


 ぶすっとしたまま何も言わない国王に変わって、アルセックがそう付け足した。ユースカディの命令がそうであったにしても、国王がファーファラに選択させる、などというのはどうにも分からないことだった。何か弱みでも握られているのかもしれない。そう考えれば、国王の態度にも説明はついた。


「あの……ところでアルセックさん、ずっと気になっていたのですけど、あなたは精霊魔法を使えるんですよね?」


 国王がもはや諦めてしまったことと、アルセックが肝心な質問には答えないにしても尋ねやすそうな雰囲気なのを見て取ったファーファラは、ずっと気になっていたことを彼に尋ねることにした。


「ええ、そうですよ」


「どうしてユースカディ殿下――あ、陛下でしたね――と一緒にいるんですか?」


 話によるとユースカディは、自分が魔法が使えないことから、魔法が使える者を恨んでいるということだった。にも関わらず、魔法使いのアルセックはユースカディと共にいる。それどころか、この間の様子からすると親密そうですらあった。


「彼は私の大切な友人ですからね」


 アルセックの、この間の二人の様子を裏付ける発言に、ファーファラは眉根を寄せる。それを見たアルセックが、ふふ、と笑った。


「あの方が魔法使いを憎み、根絶やしにしようとしているという噂を信じておいでなのでしょうね。そんな事はありませんよ」


「そうなのですか……?」


「ええ。確かにあの方は王家や、それに従う貴族たちと戦いました。でもそれは、彼らがロンギフロラムに害をなすものだからです。別に魔法使いそれ自体を憎んではいません。出自など、あの方にはどうでも良いことですよ」


 出自などどうでもいい、というのは戦場で相対したときの雰囲気からしても納得できた。だとすれば、彼が大切にするのは……とファーファラは考える。


「大切なのは、自分の役に立つかどうかということですか」


 尋ねてから、随分直接的に聞いてしまったものだとファーファラは後悔した。でも、口にしてしまった言葉を引っ込めることは出来なかった。アルセックはまた楽しそうに少し笑って、何と答えたものかと考えていたが、しばらくして、


「そうですねえ、まあそれもあるとは思いますね。でもあの方は、あなたが考えているほど冷酷な人間ではありませんし、人を利用することが大好きな人間でもありませんよ」


 と答えた。肯定とも否定とも言えないその答えに、ファーファラは首を傾げる。


「興味がおありなら、是非とも晩餐会にお越しください。平和な場所で話せば、きっと精霊姫様もあの方がどんな方かお分かりになるかと存じます」


 アルセックはまたニコリと笑った。その提案に、ファーファラはなんだかうまく丸め込まれたような気がした。


「ええ、わたしは参列致します。……でもそれは、ユースカディ陛下に興味を持ったからではありません。わたしもロンギフロラムとの友好は、大切だと思うからです」


「ありがとうございます、精霊姫様。精霊姫様のお返事をお伝えします。ユースカディ陛下も喜びましょう」


 ファーファラの言い訳がましい一言には何の反応も示さず、彼はただ礼を述べると優雅に一礼して、二人の下を辞した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る