第6話 精霊姫と義兄王子
ファーファラは義兄たちに呼び出され、大きな天幕の中に入る。
「さすが精霊姫だ。あの馬鹿共もさすがに恐ろしさが分かったようだな。あっさりと逃げて行ったぞ!」
天幕の真ん中に置かれた、地図が広げられたテーブルの向こう側で、ティレノが満足そうに微笑んだ。
「精霊姫のところにユースカディが攻め込んだとか聞いたが、本当なのか?」
エヴァートンがやきもきして、ファーファラに詰め寄った。
「はい」
「あ奴はどうなった?」
「すみません、倒すことは出来ませんでした。誰か……銀髪の若い人が助けにきて、連れて行きました」
「まあよい。だが無傷と言うわけではなかろう?」
「ええ。それなりに傷は負ったかと」
ファーファラが答えると、エヴァートンはニヤリと笑った。
「ふぅむ……ならばやはり、ユースカディを倒すには今が好機だな。大体反乱軍など、奴がいなければ烏合の衆。奴が負傷している今こそ、攻め込む時だ。このまま一気に、王都を取り戻す!」
エヴァートンが拳を突き上げる。周りの将軍たちからも力強い声が上がる。反乱軍には今までずっと辛酸を舐めさせられてきたのだ。それが今日、ようやく勝つことが出来た。彼らが高揚するのも無理はなかった。
エヴァートンはティレノと顔を見合わせ、何やら暫く言葉を交わしていた。ファーファラにはよく聞き取れなかったが、やがて話がまとまったらしく、二人がファーファラの方に向き直った。
「精霊姫、お前はオーラタムに帰れ」
「え? どうしてですか?」
ティレノに帰れと言われ、ファーファラは納得いかずに聞き返す。確かに今回の戦闘は勝った。ユースカディにも深手を負わせた。だが、ファーファラにはこれで勝ったとはどうしても思えなかった。
「お前の不在を聞きつけ、フォルモロンゴが動くかもしれん。最近では王都内でも不穏な動きがあるようだ。お前を長い間、王都から引き離しておくわけにはいかん」
ティレノはもっともらしく答えたが、本当の理由は別だった。勝つためにファーファラの力は必要であるが、ユースカディを討ち取り勝利を手にするのが彼女ではまずいのだ。それはエヴァートンでなければならない。今回、ユースカディとファーファラが直接戦うことになったのは予想外だった。
もう一つ、オーラタムとロンギフロラムの友好という意味ではファーファラの支援でも良いのだが、ティレノ個人としてはこのままファーファラだけに手柄を取られたくはないというのもあった。反乱軍は魔法の恐ろしさを知り、その首領も負傷している。もう勝ちは見えたようなものだ。かつ戦いは王都の近くで行われることになる。そんな場所でファーファラの魔法が展開されれば、やはり精霊姫の力だ、ということにしかならない。ロンギフロラム国民に勝ったのは二人の王子なのだと印象付けることができなくなる。彼らにとって、ファーファラはもう邪魔ですらあった。だから彼らは、それらしい理由をつけてファーファラを追い返すことにしたのだった。もっとも、実際オーラタムに懸念はあるのだから、全くの嘘というわけでもなかったのだが。
「でも、あのユースカディとか言う男は危険です。まだきっと、何かあるような気がします。ここは皆で向かった方が――」
「黙れ。大体、ユースカディを倒すことができなかったお前に、何ができるというのだ?」
ファーファラは抗議したが、ユースカディにそう言われてしまっては何も言い返せなかった。確かにあの時、ユースカディを討ち取ることは出来なかったのだ。
「……わかりました、ティレノ殿下」
納得は出来なかったが、ファーファラは大人しく頷くよりほかなかった。
「帰りの馬車は手配しておく。今日は近くの村で休み、明朝出立するがいい」
「ありがとうございます。ご武運を、エヴァートン殿下、ティレノ殿下」
彼らに考えを変えさせることができないと悟って、ファーファラは諦めて彼らの下を辞した。
「ファーファラ様! それで、殿下は何と?」
天幕を出たところで、ジョエラが覚束ない足取りで近づいてきた。
「ジョエラさん! まだ休んでいないと!」
治療は受けたようではあるが、まだ苦しそうな従者の姿にファーファラは駆け寄り、彼女を支えた。
「いえ、水魔法による治療は受けましたし、大丈夫です。それで、今後はどうするのですか?」
「オーラタムに帰れと言われました。フォルモロンゴのこともあるし、王都でも不穏な動きがあるからと……」
ファーファラは先程義兄から言われた言葉を繰り返した。
「そう……ですか……。ファーファラ様は、納得されているのですか……?」
従者の問いに、ファーファラはドキリとした。納得など到底できなかった。
「あのユースカディという男、危険です。指揮官なのにわたしを狙って、一人で突っ込んでくるんですよ? 頭がおかしいです。そんな人がこのまま、大人しくやられているなんて思えないんです。絶対に、何かありますよ!」
「ファーファラ様もそう思われますか」
「ええ。でも、フォルモロンゴや王都の動きが気になるのも事実です。それに……わたしはあの時、あの男に止めを刺せなかった。わたしが今更、何か言えるわけじゃないんです……」
「ファーファラ様……。とにかく今は、明日の出発に向けて休みましょう。ティレノ殿下たちなら、大丈夫ですよ。きっと反乱を鎮圧することでしょう」
ジョエラがファーファラを促した。二人は晴れぬ気持ちを抱えたまま、指定された村の宿を目指した。
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