第5話 精霊姫と鉄血王子 #2
「なるほど確かに精霊姫などと呼ばれるだけのことはある。聞いてはいたが誇張だと思っていた。恐ろしい魔法だ。だがお前、本当は戦いたくないのだろう? 誰かが傷つくのを見るのが嫌なのだろう? それだけの魔力があるのなら、その気になればもっと効率的に我々を屠れるはずだからな」
「……!」
ファーファラは言葉を詰まらせた。図星だった。魔法の規模に反乱軍が恐れ戦き、降伏してくれればいいと思っていた。こんな魔法を使う相手に、勝てるはずはないのだから。事実、以前戦ったフォルモロンゴの軍はそうやって退き、二国の間には和平が結ばれたのだった。
「大人しく俺に降れ。お前はもう、戦わなくていい」
そうファーファラに語り掛ける男の声は、一人で突撃してきて、ジョエラをあっさりと無力化した荒々しさからは考えられない、落ち着いた優しいものだった。ファーファラは不思議に思って彼を見るが、表情からは何も読み取れなかった。
「そうはいかない!」
相手のことが分からない不安を振り払うようにファーファラが叫ぶ。
「何故?」
「オーラタムを守るためよ!」
「俺の狙いはロンギフロラムに混乱を起こすエヴァートンの排除だ。お前が俺に降るなら、オーラタムと争うこともない」
「わたしを手に入れたいということは、オーラタムを無力化したいということでしょう! 今はエヴァートン王子が狙いでも、その後にはオーラタムだわ! そんなことはさせない!」
ファーファラがキッとにらみつけると、男はふっと肩を竦めた。
「オーラタムを無力化、か。大した自信だな。だが確かにお前の言う通りだ。オーラタムはお前の一人の魔力で支えているといっても過言ではなかろう。お前がいなければ、隣国に介入することもなかったろうにな」
そう言われて、ファーファラはぎくりとした。
「たった一人で軍を壊滅させるだけの力を持ちながら、何故大人しくオーラタム王家の馬鹿共に従っている? 本当の家族を人質に取られているからか?」
「あなたがユースカディね? 自分が王になるために、家族を手に掛けようとする人には分からないわ!」
「俺の前に立ちはだかるのなら誰であろうと容赦はしない、それだけだ。血縁などに、何の価値がある?」
ユースカディは眉一つ動かさなかった。それが本心だということは、ファーファラにもよく分かった。
「ユースカディ! あなたを倒せば、この戦も終わるわ。覚悟なさい! ファイア・アロー!」
これ以上話を続けたくはなかった。ファーファラはさっと後ろに飛んで距離を取りつつ、魔法の火矢を放つ。だがそれらはユースカディに届くことはなかった。彼は剣で、器用に火矢を斬り捨てていった。
「仕方ないな。お前を傷つけたくはないのだが」
ユースカディは剣を手に、ファーファラに向かってくる。
「おあいにく様! あなたに傷つけられたりしないわ! その剣、氷の魔法が付与されているようだけど、わたしの炎には敵わない! ファイア・ウォール!」
ファーファラとユースカディの間に炎の壁が出現する。だがユースカディは構わず突っ込んできた。彼の纏ったマントにもなにがしかの防御魔法が施されていたらしい。炎を抜けた時には燃え尽きていたが、それにくるまった彼は少々焦げているとは言えまだ無事だった。
「ファイア・ボール!」
ファーファラの手から特大の火の玉が放たれ、ユースカディに襲い掛かる。彼はまた剣を振るいそれを防ごうとする。
「ぐぅっ……!」
だが、防ぎきれるものではなかった。彼の体が炎に包まれていく。炎に焼かれるユースカディの姿に、ファーファラは思わず炎を緩めそうになる。だが、それでは駄目だと思いなおす。
「アイス・ウォール!」
ファーファラが炎を強めようとしたところに、涼やかな男の声が響いた。男の呪文に応えて氷の壁がユースカディを包み、炎が消えていく。
「アイス・ジャベリン!」
続けてファーファラに向け、氷の槍が降り注ぐ。ファーファラはそれを自分の炎で相殺した。
呪文の飛来した方を見れば、鹿毛の馬に跨った銀髪の男が近づいてきていた。
「ユース! しっかりしろ!」
馬上の男は炎と氷が消えた中からふらりと倒れてきたユースカディの体をしっかりと支えた。
「アル! ……ありがとう。助かった」
「良いから早く乗れ! 撤退だ。いいな?」
「ああ……」
ユースカディは残念そうにつぶやくと、友人の助けを借りて馬にまたがる。
「精霊姫……今日のところは退こう……。だが……必ず……俺の元へ来させてやる……」
「え……?」
ファーファラが戸惑ううちに、二人の乗る馬はあっという間に走り去っていった。まだファーファラの魔法の届く距離ではある。後のことを考えれば、ユースカディを倒しておくべきだ。だがファーファラには何故だかそれが出来なかった。
「反乱軍が……退いていく……」
周りを見てみれば、ユースカディのみならず、反乱軍自体が退いていっていた。
「そうだ、ジョエラさん! ごめんなさい、大丈夫ですか?」
ファーファラは倒れたジョエラに駆け寄り、助け起こす。
「ええ……。申し訳ありません、あなたの護衛でありながら、あなたをお守りすることができず……。私は……護衛失格です……」
「そんなことは良いんです、ジョエラさん。あの人、強すぎたんです。魔法を持っていないのに、あんなに強いなんて……」
自分の不甲斐なさにがっくりと項垂れるジョエラを励ますように、ファーファラは彼女の肩を抱いた。
「精霊姫様! あなたのおかげで勝利できました!」
「ジョエラ殿! けがをされているようですね。すぐに運びます」
兵士たちが駆け寄ってきて、ファーファラとジョエラを本陣へと引き上げさせた。
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