第4話 精霊姫と鉄血王子 #1

「火の精霊よ、我に力を貸し給え。炎よ無数の矢となり、我が敵に降り注げ! ファイア・アロー」


 ファーファラの力ある言葉に応え、炎の矢が向かってくる反乱軍に雨あられと降り注ぐ。空を埋め尽くすほどの炎の矢に、反乱軍のあちらこちらで悲鳴が上がる。

 今までに対峙したことのない規模の魔法に、反乱軍の間に動揺が広がっていく。


「あれがオーラタムの精霊姫か。なるほど凄まじいものだな。たった一人でこれほどの魔法を繰り出すとは」


 降り注ぐ火矢の雨と、それに倒れていく自軍の兵士を冷たい深緑の瞳で眺めながら、反乱軍の首領ユースカディは馬上で感慨深げに呟いた。


「馬がすっかり怯えてしまったな。まあ、無理もないか」


 そう呟くと、彼は足取りのすっかり重くなった馬からひらりと飛び降りた。束ねたゆるいウェーブの掛かった黒髪が、ふわりと跳ねる。


「ユース⁉ どこへ行く気だ⁉」


 彼の隣で馬を進めていた銀髪の副官が、驚いて声を掛ける。


「あの精霊姫さえいなければ、我らの勝利だろう? ならば、排除するまで。アル、後は頼む」


 ユースカディは彼の友人であり、副官でもあるアルセックにこともなげに答えると、さっと踵を返す。


「排除って、この攻撃の中を一人で行くなんて危険だ! それに、後は頼むって――」


「アル、お前なら何が起きても上手くやってくれるさ。信じているぞ」


 ユースカディはもう一度振り返り、ニコリと笑ってそれだけ答えると、また走り出した。彼は兵士の列をすり抜け、あっという間に最前列の先に行ってしまった。アルセックはため息を一つつくと、主君であり、友人でもあるユースカディを援護すべく、軍の立て直しに掛かった。



「誰か、向かってくる……?」


 炎の矢を潜り抜け、兵士たちを置き去りに一人突撃してくる深緑色の人影を認めて、ファーファラは眉根を寄せる。


「馬鹿な奴が功を焦ったのか? ファーファラ様、あ奴は私が。ファーファラ様は攻撃をお続けください」


 ジョエラがすっとファーファラの前に出た。


「ストーン・バレット!」


 ジョエラが呪文を唱える。こぶし大の石の礫が次々と、こちらへ向かってくる男に襲い掛かる。だが男は、それらを全てあっさりと躱し、なおもこちらへ向かってきた。


「退け」


 剣を手に、男がジョエラに飛び掛かる。


「ファーファラ様に手を出させるものか! ダイヤ・シールド!」


 男の剣を魔法の盾で受けると、ジョエラは男の脇に素早く回り込み、斬りつける。


「邪魔だ」


 真っ直ぐなジョエラの一撃は、男に弾かれた。


「なっ……!」


 隙をついたはずの一撃を難なく防がれて、ジョエラが驚きの声を上げる。体勢を崩したジョエラを、男の剣が薙ぐ。


「ぐっ……!」


 掛けていた土の防御魔法のお陰で真っ二つにこそならなかったものの、重い斬撃の衝撃をまともに受けて、ジョエラが地に倒れた。呼吸が荒い。どこか折れたのかもしれなかった。


「ジョエラさん⁉」


 駆け寄ろうとするファーファラを、ジョエラは目で制する。


「申し訳ありません……ファーファラ様……私なら……大丈夫ですから……」


「なんてことを! ファイア・アロー!」


 この男を倒して、ジョエラを救おう。そう考えてファーファラは男を睨みつけ、呪文を唱える。だが、彼女の放った炎の矢は男の剣に叩き落された。


「お前が精霊姫だな?」


 男は剣を納めると、冷たく澄んだエメラルドの瞳でファーファラを見据えて、低く落ち着いた声で尋ねた。


「ええ、そう呼ばれているわ」


「俺と一緒に来い」


「は?」


 男の言った言葉の意図するところが分からずに、ファーファラは攻撃するのも忘れて素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。

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