第3話 精霊姫の出陣
「一体、何の音⁉」
辺りに鳴り響く聞いたことのない轟音に、ファーファラはつい大声を上げてしまった。御者台に身を乗り出し音のする方を見やれば、土ぼこりが巻き上がるのが見えた。
「発砲音ですね。奴らの火器を使った時の音です。急ぎましょう。ファーファラ様、スピードを上げますから大人しく座っていて下さい」
ジョエラが馬に鞭を入れた。
「おお、精霊姫様!」
「ここまで持ちこたえた甲斐があったというものだ!」
「これで我らの勝利は間違いない!」
オーラタムが支援するロンギフロラムの正当王位継承者、エヴァートン王子の陣にファーファラが到着するや、兵士たちの間から歓喜の声が上がった。
「遅いぞ、精霊姫」
歓声を上げる兵士たちをかき分け、濃紺のオーラタムの軍服を纏った、中肉中背の金髪の男がファーファラの前に立つと、不機嫌そうにその青い目でファーファラを見下ろした。
「申し訳ありません、ティレノ殿下」
ファーファラは慌てて頭を下げた。義兄妹とはいっても形式だけのものだ。王家の人間とファーファラの間には高い壁がある。ファーファラは彼らに黙って従うだけだったし、それが正しいと思っていた。
「まあまあ、ティレノ殿。じきにここにも敵が攻めてきましょう。精霊姫が間に合ったのですから、ロンギフロラムとしては感謝しきれぬくらいですよ」
義兄、オーラタム第一王子ティレノを宥めるように、黒髪に鳶色の目の、小太りの若い男が彼の肩を叩いた。年はファーファラと同じくらいだろうか。鷹揚に構えてはいるが、どこか気の小さそうなところのある男だった。
「精霊姫、助勢感謝する。反乱軍はここで決着をつけようと、首領であるユースカディ自ら兵を率いてきている。だがこれは好機だ。逆賊ユースカディを返り討ちにし、そのまま王都を奪還してくれる!」
エヴァートンは拳を握りしめ、強い調子で打倒ユースカディの決意を述べた。その様子に、ファーファラはたじろぐ。
「でも……あなたのお兄さんなんですよね……? 本当に、良いのですか……?」
だがファーファラの疑問は砲声にかき消され、エヴァートンの耳には入らなかった。ファーファラたちのいる場所の少し先で、土ぼこりが上がっていた。
「悠長に話している場合ではないな。精霊姫、行って奴らを蹴散らしてこい!」
ティレノが土ぼこりの上がった方を指差す。土ぼこりの向こうで、深緑色の一団が動いている。それは次第に近づいてきていた。
「……はい、殿下」
気は進まないが、はいと答える以外に道はなかった。戦が止められないのなら、せめて味方に被害を出さず早く終わらせるだけ。そう思ってここへ来たのじゃないか。そうファーファラは思い直した。
「カプレット、お前の隊は精霊姫の護衛に着け」
「はっ!」
ティレノが後ろに控える中年の士官に声を掛けた。中年の士官は部下の兵士を連れ、ファーファラに駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。わたしの周りは返って危ないですから、皆さんはティレノ殿下の護衛をお願い致します」
彼らの魔力を集めても、ファーファラの魔力には敵わない。だから彼らの護衛などファーファラには不要だった。それに大勢の兵士が近くにいれば、逆に魔法に巻き込みかねない。彼女は一人の方が気楽だった。
「ですがお一人で行かせるわけには参りません。私もご同行いたします」
ジョエラが強い調子で言った。絶対に譲らないという顔だった。
「……わかりました。お願いします、ジョエラさん」
ファーファラはこくりと頷くと、反乱軍の近づきつつある眼前の平地へと駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます