劣等感 side花梨

小さい頃、私と叶人は仲が良かった。それはもう本当に。どこに行くのだって一緒だったし寝る時だって一緒だった。


私は自分の事を慕ってくれている弟のことが可愛くて仕方なかった。喧嘩することもあったけど嫌う、ましてや憎むなんてこと絶対になかった。


でもそれは叶人が小学生の頃までだった。


叶人が中学生になって私と同じ学校に通うようになった。私は可愛い弟が同じ学校に通ってくれるようになって嬉しかった。


朝起きて一緒に登校して一緒に朝ごはんを買って一緒に食べる。そんな当たり前の日常が嬉しかった。でも学校ではそうはいかなかった。


叶人が中学生になってから初めてのテスト、中間テストがあった。私はお世辞にも成績が言い訳ではなかった。でも叶人は違った。いきなり上位十位に入った。私はそれを誇らしく思っていた。私の弟は凄いんだ。


でも周りは違う捉え方をした。


「なぁ、一年生の篠宮 叶人ってお前の弟なのか?」


クラスの男子にそう聞かれた。だから私は自慢するように


「そうよ」


と言った。叶人が誰かに褒められている。それが嬉しかった。でもそいつの次の言葉で私のそんな気持ちに陰りが差した。


「へぇー、お前とは違って優秀なんだな」


きっとその男子にとってはそんなに深い意味は無かったのだろう。でも私にとっては違った。初めて誰かと比較された。そして劣っていると言われた。


私は途端に恥ずかしくなった。それでもその時は弟が褒められた事の方が嬉しかった。


期末テストが終わった。叶人は前よりも順位を上げ学年五位になっていた。今回は私も真剣に勉強してみたが順位は学年全体の真ん中くらいの順位。


その時は単純に順位が上がって嬉しかった。


密かに喜んでいると友達が寄ってきた。


「ねぇねぇ、あの一年生の篠宮 叶人って子、花梨の弟なの?」


「そうよ」



「へぇー、弟君は優秀なんだね」


弟君。今なら分かる。きっとあの子が言った言葉に私を貶める意図は無かったのだと。でも中学生の私はそんな言葉で更に暗い感情が増した。


なんで?どうして?叶人ばかり褒めるの?いや、分かっている。こんなのただの嫉妬だ。こんな感情、表に出さないようにしなければ。


そう分かっていた。なのにその考えとは裏腹に行動は伴わなかった。家に帰る。嬉しそうに弟が近づいてくる。


「お姉ちゃん!僕テストで五位に入ったんだ!」


その瞳には自分が惨めに写った。それに鬱陶しさを感じてしまった。


「あっそ、良かったわね」


私は何を言ってるの?叶人に当たったところでなんにもならないでしょ?そう頭では分かっているのに。なのに自分の感情をそのまま表に出してしまう。それが中学生故の未熟さだった。


「お姉ちゃん?」


叶人はそんな私を疑問に思ったのだろう。まだ小学生から上がってきて数ヶ月の幼い弟の顔が私を不思議そうに見ている。その顔が私の感情を更に揺さぶる。


「っ!早くどっか行きなさいよ!」


私は


「お、お姉ちゃん?」


叶人は困惑していた。当たり前だよね。いきなり不機嫌に怒鳴られたんだから。


「…」


私が無言で叶人を睨みつける。


「ご、ごめんなさい…」


叶人は肩を落としながら自分の部屋に戻って行った。…何をしているんだ私は。叶人はただ学校であった嬉しかった事を私に話してくれただけだ。お母さんは仕事でほとんど家に居なかった。だがら叶人が学校であったことを嬉しそうに話すのは決まって私のところだった。私は物心着いた頃にお母さんに可愛がって貰っていた。でも叶人は自我を持ち始めた頃からお母さんは働き詰めだった。


そんな叶人が嬉しそうに話してくれたのに私は…こんな態度を取るのは今日で終わりにしよう。私はそう自分に言い聞かせた。


でもダメだった。次の日、学校に行くと私に別の友達が声をかけてきた。


「一年生に花梨と同じ苗字の子いるよね。あの子って花梨の弟なの?」


「そ、そうよ」


私は次に続く言葉を聞きたくなかった。聞いたらきっとまた醜い感情を抱いてしまうから。


「凄いね。テスト五位だって」


「えぇ…」


友達はそれ以上何も言わなかった。でもどこかで比較されていると感じてしまった。それから何度も叶人は私の弟なのかと聞かれる。その度に叶人と私の差を見せつけられている気になった。


ダメ。こんな感情、叶人にぶつける訳にはいかない。


「あ、篠宮、ちょっといいか?」


そんな時、担任の先生に話しかけられ。


「どうかしましたか?」


「一年の篠宮、お前の弟な」


もう嫌。またテストの話をされるの?


「あいつに陸上部に入ってくれって頼んでくれないか?」


「…え?」


帰ってきたのは予想外の言葉だった。そういえば私の担任は陸上部の顧問だった。


「ど、どうしてですか?」


私はそう聞く。心臓の音が早くなっていく。なんだか嫌な予感がする。聞きたくない。


「あいつ、めちゃくちゃ運動できるんだよ。あの人材は是非とも陸上部に欲しくてな。それじゃあ頼んどいてくれ」


そう言って担任は私から離れて行った。


「…」


私はただ立ち尽くすことしか出来なかった。


それから私は叶人にキツく当たった。分かってる。叶人が悪いわけじゃない。でも叶人に対する劣等感は日に日に強まっていく。


そんなある日、私の親友が家に遊びに来た。


「それにしても花梨ちゃんの弟の叶人君、成績優秀だねぇ」


その言葉に私は今まで抱えていた感情が爆発してしまった。


「やめて!」


「か、花梨ちゃん?」


「みんな私と叶人を比較する!みんなみんな!」


「お、落ち着いて花梨ちゃん」


そして私は言ってはならないことを言ってしまった。


「私は叶人が憎いの」


言ってしまった。決して越えてはならないと思っていたラインを越えてしまった。そこからは止まらなかった。


「何もかもが比べられる!私だって頑張ってるのに!こんな惨めな気持ちになるのなら、こんな劣等感を抱いて生きていくのなら叶人なんてっ!」


私の部屋にパンッという乾いた音が響いた。それと同時に私の頬がジンジンと痛みを訴えかけてくる。


「花梨ちゃん、そこから先は許さないよ」


親友は私を睨みつけている。


助かった。私は何を言おうとしていたの?この子に止められていなければ私は…


そう考えると身体が震えた。


「花梨ちゃん。人と比べるのは悪い事だとは言わないよ。でもそれで自分を卑下したり相手を蔑んだりするのは違う」


そこで私は今までの叶人に対しての態度に吐き気を催した。謝ろう。


親友には感謝の言葉を伝えた。


その夜、私は今までの態度を叶人に謝ろうと思い叶人に話しかけようとした。そこで気づいた。


あれ?私、叶人とどうやって話してたっけ?



あとがき

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