突きつけられた現実 side花梨

家に帰る途中、後ろから声をかけられた。


「花梨」


振り返るとそこにはここに居るはずのないお母さんがいた。


「お母さん?どうしたの?今日早いじゃん」


「実は最近会社側が改革だ!って言って急激に人員を増やしたのよ。それで私の抱えていた仕事が減ってこれからは早く帰れることになったの」


つまりずっと家になかなかいられなかったお母さんがこれならはかなりゆっくり出来るということか。


声をかけてきたお母さんはどこか浮かれているようだった。余程嬉しいのだろう。良かったね。お母さん。


私はそんなお母さんと一緒に並んで家に帰った。


家に着きお母さんが玄関の扉を開ける。そして二人で家の中に入った。靴を脱いでいると


「おかえりなさい。志那さん、花梨さん」


叶人がそう言った。訳あって今は叶人とかなり良くない関係になっている。まぁ全て私が悪いんだけど…というか志那さん?花梨さん?そんな呼び方をしてどうしたのだろう?


「えぇ、ただいま…え?叶人?どうして名前で…」


お母さんもそこが気になったようだ。


…何故だろう。言いようもない不安感が私を襲ってくる。何か良くないことが起こりそうな、そんな気がする。


「帰ってきて早々で悪いのですが、少しお話を聞いて貰えますか?」


それに敬語まで使って…私の中の不安感が一層強くなる。私は叶人を見る。その目はどこまでも真っ黒で何を考えているのか分からない。


「そ、それはいいのだけど…それにどうして敬語で…」


お母さんは狼狽えていた。私も意味がわからない。家族なのにどうして敬語で話しているんだろう。


「ありがとうございます」


そう言った直後、叶人はその場で土下座した。


「ちょ、ちょっと叶人?!一体どうしたの?!」


「な、何してんのよあんた!」


私とお母さんは慌ててそう言う。でも叶人はお構い無しに言葉を続ける。


「お願いします。高校を卒業したらこの家から出ていきます。なのでどうか高校卒業まではこの家で生活させて頂けませんでしょうか?もちろん自分のことは自分でします。お願いします」


そんなことを言う叶人を見て私は頭が真っ白になる。どういうこと?なんで叶人はいつまでも居ていいはずの家から出ていくなんて言ってるの?


「な、何言ってるの?!ここはあなたの家なのよ?何時までもいていいのよ?」


そう。ここは私たち家族の家だ。だから出ていかなくてはならいなんてそんなことあるわけが無い。


「志那さんに疎まれていることは分かっています。花梨さんに憎まれていることも知っています。でもどうか高校の間だけは…お願いします」


そう言われた瞬間、私は心臓が鷲掴みにされた感覚に陥った。思考が定まらない。何も考えられない。


「な、何言ってるの!?私が叶人を疎んでいるなんてそんなこと!」


お母さんがそう言う。続いて私も言葉を紡ぐ。


「そ、そうよ!私だって…その…」


だけど私は最後まで言い切ることが出来なかった。わ、私は…


「気を使って頂かなくて結構です。僕は自分がどう思われているかはちゃんと分かっているので」


叶人の目はやはり黒い。吸い込まれてしまいそうになるほど深い黒。


「あ、あなたはこの家の家族なのよ!好きなだけいていいのよ!?」


「な、なんでいきなりそんなこと言い出すのよ!あ、あんたが悪いことなんてひとつもない!」


そうだ。叶人は悪くない。悪いのは私。あんな感情に飲まれなければ…


「お気遣いありがとうございます。それでは僕は自分の部屋に戻りますね」


そう言った叶人は自分の部屋に戻って行ってしまった。


私は…どうすればいいの?


次の日、私は学校が終わると直ぐに家に帰った。そして叶人の帰りを待つ。現状をどうにかしないといけないというのは分かっている。でもどうしたらいいのか分からない。とりあえず叶人と話し合わなければならない。


しばらく待っていると叶人が帰ってきた。私は玄関に向かい叶人の前に立つ。


「…」


声をかけようとしたが何も言えない。あぁもう!なんでなのよ!


「えっとぉ…おかえりなさい?」


叶人は困ったようにそう言った。


「…ただいま」


それでようやく私は言葉を返すことが出来た。なんて情けないんだろう。


叶人はそんな私の横を会釈しながら通り抜けようとした。


「ね、ねぇ…」


行って欲しくないという想いから咄嗟に声が出た。


「なんでしょう?」


そう言う叶人の傍にゆっくりと近づいていく。何か言わなければ。そうは思うものの頭が真っ白で何も話せない。


「…」


何か、何か言わないと。


「あのー、僕の顔に何か付いてますか?」


そんな私を見かねたのか叶人がそう聞いてくる。


「ち、違うわよ!」


私は途端に恥ずかしくなって大きな声でそう言ってしまった。


「えっと、じゃあ僕はもう戻りますね」


叶人はそう言って階段を上り始めた。


まずい。まだ何も話していない。せめて挨拶だけでも


「…おかえり」


勇気を振り絞って喉から出した声は叶人の耳に届くことなく空気に溶けた。


「…なにやってんのよ、私」


小さくそう言いながらため息をついた。このままじゃダメだ。きちんと話さないと。


私は少し冷静になってから叶人の部屋の前に立つ。そしてノックする。部屋からは返事が聞こえてこない。


…お願い。出てきて。叶人と話し合いたいの。


するとドアがとてつもない勢いで開いた。


「おらぁ!!おんどりゃあ何しとんねん!!」


よく分からない方言で叫んでいる叶人は右手を振り上げて私を威嚇していた。振り上げた右手にはティッシュ箱が握られていた。


「は?あんたなにやってんの?」


素でその声が出た。唐突な意味のわからない行動に私は困惑したが緊張は緩和された。これなら落ち着いて話せそうだ。


「いやほんとすんません」


叶人が土下座しながらそう言ってくる。


「え、いや、うん」


私は意味がわからなさすぎてそう言うことしか出来なかった。


すると叶人は立ち上がりながらそう言う。


「それでなんの用ですか?」


私は一呼吸置いてから話し始める。


「…ねぇ、叶人。私があんたを嫌ってるっていうの、あれ勘違いだから」


そう、勘違いだ。確かに昔は色々あった。でも今は全くそんなこと思っていない。むしろ昔のように仲良くしたいと思っている。


「別に僕に気を使う必要は…」


私はそう言いかけた叶人の言葉に自分の言葉を被せる。


「使ってないから」


「どうして僕にそこまで気を使うんですか?」


それでも叶人は食い下がってくる。


「だから使って…」


「ならどうして」


今度は私の言葉に叶人が言葉を被せる。


「友達に僕が憎いなんて言っていたんですか?」


「ぁ…」


私はその言葉を聞いて全身から力が抜けるのを感じた。もう何度なったかも分からないが頭が真っ白になる。必死に言葉を考える。


「そ、それは理由があって!」


そしてようやく出てきたのがそんな苦し紛れの言葉だった。


「理由があるのは当たり前ですよね?きっと僕が花梨さんに何かをしてしまったんですよね」


「っ!ち、違う!」


それは本当に違う!叶人は何もしてない!悪いのは勝手にあんなことを思ってしまった私自身なんだから。


「違いませんよ」


そう言った叶人の目はまた黒さを増した。あれ以上に黒くなることがあるのだろうか?実際目の前で見ても信じられない。


「花梨さん。気にしないでください!僕は花梨さんに嫌われてもなんとも思っていないので!」


叶人にとって私はその程度の存在だった。それに気づいた瞬間、私は崩れ落ちた。


「う、うぅぅぅうぅぅぅうう!!」


そして私は色々な感情を含んだ唸り声を上げた。


私が、私があんな態度を取らなければ今でも叶人と仲良くいられたのかな。


もう…







わかんないや。



あとがき

次回は花梨の過去です。何故花梨が叶人に憎いと言ったのかが明らかになります。

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