第5話 災いの扉


 ●



 学園に入学してから早3日。来週からは寮生活が始まる。百鬼学園は完全に寮生活のところで、普通科でも先生も皆学校の敷地にある一つの大きなとうに一クラスという感じである。説明もちゃんと受けたし、今日は金曜日だ。真っ直ぐに僕は家に帰る。荷物をちゃんと用意しなきゃ。


 僕は学園から駅で帰路きろにつく。今日、釣瓶君は親の用事で途中で別れちゃったし、僕は1人で家に向かっている。街路樹も町並みも十何年も経てば姿は一様に変わっていた。昔コインランドリーがあった場所は、家になったし。何も無かった空き地に新しいマンションが建った。家の隣の人も引っ越して新しい家族がやって来た。


 人を構成する細胞は約3か月で全部変わるらしい。僕らは何度もそうやって同じを保って新しくなった。環境だって変わってしょうがないか。変わらぬ地に新しいが生まれる。僕も悟川心冶は変わらないけど、中身は変われるのかな。特に悪口とか陰口をスルー出来るようにならないとなあ。はああ。


「(今のところクラスはお互いを忌み嫌って無いから良いけど…)」


 静かな住宅街を僕は歩いていく。ただただ悶々と己の精神の弱さに悩む。いやいや、僕の精神の弱さは能力による問題だ。常に人との心を向こうからは見えない配線で繋がっているから、綺麗な水もドブ水も僕に流れてくる。しかもとっくに僕のもとには綺麗な水が流れない。配管としては最悪な構造をしてる。


「(早く帰って荷造りしなくちゃ。父さんもわざわざ僕の為にお休みとったし…)」


 かつかつ足を進めて行くと、一歩足を踏んだ時に違和感が僕の肌を鳥肌にさせた。違和感じゃないや、嫌悪感というか何か悪いものが今ここに確かに”いる”!!


 僕は住宅街を走る。一体何がこの地に落ちているんだ。心霊現象的なもの、それよりももっと現実的なモノがある。正義感か好奇心か、僕はその嫌悪の存在を探していた。この気持ちの先には絶対にアレがある。


 ”扉”だ。災いを引き起こすあの扉が絶対にある。扉には”強さ”もある。その強さは扉から現れる生物や現象のランク付け。ただランク付けはこっちの世界でやっていて、初めてこっちの世界に現れた扉には何も書かれていない。でも、やばい扉は初見でも異彩を放っている。住宅街から過疎地へ草木を掻き分けて僕は走っていく。



「あった…!」



 本当に扉を見つけた。長い草が生えていて肌に触ってくすぐったい。でも、そんな気分ではいられないくらいに、今この目の前にある空き地の扉が全てを掻っ攫っている。真っ白の扉には何も書かれていない。ランク付けの英文字が無いってことは、初めてこの世界に来たってことだ…!



「(どうしよう。でもこの悪寒は絶対にやばい。…)」



 そんな僕があたふたしている一瞬で扉はギイと音を立てて開かれた。そして扉に向かって爆風が吹き始じめた。僕の目の前で今、扉があらゆるものを吸い込もうとしている。え。



 ●



「い、いやああああ!!!!」


 僕は絶賛大ピンチだった。扉が僕や草木を全て飲み込むと意気込んでいるかの如く吸い取ってる!!まずいこのままだと僕は向こうの世界に連れていかれちゃう!!!無理!!!いや!


『んむ?』

「出”て”こ”な”い”で”!!」

『む!』


 ルナが興味津々と僕の鞄から出そうになった。思いっきり説教したら引っ込んだ。僕は今猛烈に死にそうで涙を浮かべている。長い草を必死に掴んで飛ばされないようにしている。いつ止むかも分からないこの猛攻を何とかしないと…。あ!僕は咄嗟とっさにアイデアがひらめいた。


「ルナ、連絡して!」

『んむう』

「わかるでしょ。いつも人間みたいに読んでたあの本の末尾に書いてあったでしょ!」

『ん!!』


 しばらくすると爆風はなりを潜めた。僕は叫んだし必死で耐えていたしで精神がボロボロだ。何で1人でこんな目に遭わないといけないんですか。涙が止まらないよお。ルナは多分僕のスマホでしっかり連絡しているはず。ルナが人の心の具現化って言うだけで、まさか人のように読書やお絵かきができるとは思わなかった。でも、食事や排せつはしない。今はもう驚かないけど。


 僕が体勢を持ち直し、土がついた部分を振り払う。あーこれ洗濯しないとダメだ。本当に土日があって良かった。つくづく運が良いの                                                                         か悪いのか分かんないよ。


 

 そうやって気を抜いていたら、扉の中から変なのが出てきた。爆風はただ単に余興かお遊びだったのかな。ゆらりと僕が体を動かしてよく観察してみれば、向こうは人狼みたいな見た目だ。狼の顔に耳に尻尾、そしてその歩き方と態度が…超チンピラだ。80年代とかにいたらしいヤンキーの権化を何故かとても感じる…!?


『何ダァあ?お前、ただのガキか』

「(一体だけ…なら僕1人でも…)」

『おっす兄貴、あ、ガキんちょがいやっすね』


 ファミリー!!!!?普通に一体だけだと思ったらまさかの子分を何体も従えていた。いや、人と同じで二足歩行だから1人2人で考えた方が良いのかな…。ううううんでも今はそんなこと考えている場合じゃない!僕は今この場から逃げないと…。複数の敵はきっと禍福課カフカの人たちなら相手ができる。でも今の僕には”見習いの称号”も無い。相手したって僕が深手を負って犠牲ぎせいになるだけ。


 僕は逃げます!


『逃げてんじゃねえよ獲物があああ!』

「ひぃー!」


 向こうは色んなものを投げてくる。僕はその全てを避ける。足を屈めたりジャンプしたり首を動かしたり、とにかく後ろからの攻撃を避ける。何故それができるのか、理由は実に単純明快たんじゅんめいかい。僕は覚の能力者、そして人の悪口や陰口に超が付く程に敏感びんかん。それがどうして敏感かと言えば、人の悪意や殺意を感じ取っているから!僕は人の言葉よりもまず感情を読み取っているのだ!


 だからこうやって向こうは僕に向けて殺意や悪意で飛び道具を投げてくる。そんなもの僕にとっては避けれる物にすぎない。そして民間の被害者が出ないように、僕は森林生い茂る山の方に誘導する。向こうは初めてこの世界に来てるし、きっと分からないはず…!




 ●




 なんでこんなことになったんだろう。僕は今、山の崖に追い詰められていた。いや、僕の知識の甘さと打開の下手が垣間見えただけだ。人狼のアイツらは服を着てるし、投げてきたものは石とかじゃなくて槍や爆弾、つまり文明を持っている証拠。僕たち人類のように向こうは同じくらい世界が発展していると、油断した、ちゃんと冷静に判断できてればこんな危機的状況にはならなかったはず…。



「(ルナ、連絡したの?)」

『んむう』

「(…いいや、録音して)」


『なんの会話してんだあお前』


 向こうは銃口を構えてる。下手に行動や発言をしたら死ぬ。こっそりと僕は鞄にいるルナに声をかける。僕がルナに連絡させたやつは、スマホの位置情報を元に救助を呼ぶもの。声も要らない優れもの。でも、直すぐに応援に来れるわけではない。こんなことあったよって、念のためでも録音しよう。


『そのカバンを置け。そして手をあげろ』


 僕は大人しく従う。命は惜しい。鞄を地面に置き両手を上げる。人狼のリーダーは常に部下を傍に置いてる。妙だな。文明を持っていてこうやって僕に命令をしているのに、何で部下を町に解き放つとかしないのかな。金目当てなら今のうちに暴れさせたりとかあるのに。狼の習性とかかな。確か常に集団で行動して縄張りを守ってるとか。初めての世界で怯えてるのかな。


「僕を襲ったって意味ないですよ」

『あるんだよなそれが。お前、”覚”ってやつだろ』

「へえ??」


 予想の180度違う言葉が降りかかってきた。向こうは僕の能力を当てた。地球に能力があることが解っていることも不思議だが、その世界人口の5割もいる能力者、そして何十種類もある能力から僕1人の能力を当ててくるなんて…。開いた口が、見開いた目が元に戻らない。


「覚って意味わかってるんですか」

『勿論。相手の思考と感情を読むなんて良いもんじゃねえか』

「だからって、わざわざ僕を狙いに来たんですか」

『若い生き物の方が従ってくれるだろう?諸々そういうのも加味して、


 え、選ぶ?誰かによって僕の情報が漏れているのか?年齢と能力、そして顔もばれてる。名前を解っているのかは不明だけど、そんな個人情報が簡単にしかも別世界に伝わっているなんて…。


「だ、誰がその情報を教えるんですか」

『言えるわけないだろ。金払って教えてもらったんだからな』

「…」


『(そう。あの【栄枯隊】にやっと取り入れたんだからな)

『(最初は地球の影武者とほざいていたが、いざ話を聞けば随分おいしい話ばかりだ)』



「【栄枯隊】?」



 僕が思わず彼の考えていた言葉を呟いてしまう。そしてら向こうは烈火のごとく怒ってきた。覚って能力だから読まれるなんてわかってるはずなのに、そこは詰めが甘いみたいだ。でも余裕を向こうに与えて心の声が聞こえないのは証拠を出してくれない。図に乗らせない。一方的に読んで怒りのツボでも何でも突いて、その情報を暴いてやる。


『てめえ心読んでんじゃねーよ!!』(化物みたいな能力だな)

「化物みたいな能力だな…って。確かにそうだよ」


『はあ?

「何言ってんだ…ってね。こっちから見たら貴方も化物って言われるよ」


 一方的に、向こうに余裕を与えないで読み続ける。僕のような覚の能力はもう殆ど地球上に存在しない。アジアにしかもういない貴重な能力。だから狙って来たんだろうし、少ないから狙いやすいと考えて向こうは僕を選んだ。でも、きっと貴方達は知らないと思うけど、この能力を持つ人は、昔よく誘拐されては世界の裏側に連れていかれた。そのせいで今でも恐れられてるんだよ。本当に迷惑だけど。


 一方的に心を読まれるって嫌だよね。自分の秘密にしているものや、口に出していない思いが筒抜けだなんて気味が悪いよ。そんな力を持ってる僕でも自覚をしてる。ねえ怖い?弱いと思った僕に、ずっと思ってること言われるの。今の僕は無意識なのかもしれない。何も考えずに、ただただ向こうが思っている言葉一語一句全てをオウム返しする。銃を持っている手が震えている。


 こういうやり方を僕は肯定したくはない。だって禍福課ゆうしゃらしくないから。でもこうでもしないと打開ができない。それを承知で自分のやりたくないことをするんだ。


『いちいち声を読んでんじゃねえよ!化け物が!!』

「っ!


 人狼の彼は、従えていた部下をひとまとめにして自分にまとわせた。まるで影をまとって自分を大きく見せている。なんて凄い圧なんだ…。鬼の能力者みたいなこの高圧的で重量を感じる、なんて恐ろしいものだ。僕は恐怖で足が後ろに下がってしまう。今自分がいる場所が崖だったことを忘れていた。


 人狼が襲い掛かって来る。その瞬間ガラガラっと大きな音をたてる。崖が崩れる音だった。僕は鞄と一緒に落ちてしまった。真っ逆さまに僕は無抵抗に落ちることしかできなかった。流石に心を読む能力じゃどうにもできないや。




 ●




 結論から言うと僕は助かった。崖に落ちた時に一瞬気絶してしまったけど、誰かに抱き着かれている感触で目が覚めた。目を開ければ機械のようなマスクをした人に抱えられていた。鞄もしっかり手に取っていた。


「あ、あの」

「遅くなったねー。もう大丈夫だよ」


 メタルの銀色に顔の部分は紫のネオンに、スーツのようなカッコいい服。僕はこの人を知ってる。いや組織を知ってるって言った方が良い。この覆面を被っているのは公安の禍福課【おおとり】の組織の人だ。でも、普通は連絡が警察に届いて民営とかの人達が来るはずなのに、わざわざ公安の人達が出向くなんて珍しいことで驚いてしまう。


「えっと崖にいたあの人狼って…」

「もう捕まえたよ。君もよく耐えたね。向こう地球初見勢で危険度も分からないのに」

「(地球初見勢って言うんだああいうの)」


 公安の人は僕や鞄を抱えて崖の場所へ持っていく。足に装備したジェット機か何かで浮遊して僕をゆっくりと降ろす。さっきまでいた人狼を見たら、本当に別の公安の人が既に拘束していた。顔をボコボコに殴られてるしどんなことをしたんだろう…。


「おいっすお疲れー。Γ《ガンマ》君」

「態度がなってないぞΛ《ラムダ》」

「えー可哀想な人には優しく声をかけるべきだよ」


 拘束している人は同じメタルのような銀色に、顔の部分は青色になっている。僕を助けた人とは違って厳格な性格に見える。でも悪い声は聞こえてこない。いつもこんな感じなのかな。そうやって待っていると、また別の人がやって来る。あの人狼が出てきた何も書いていない扉を持っている。顔の部分は朱色だ。



「Ι《イオタ》もお疲れーちゃんと持ってきたな」


「ガンマーこいつ難易度どれくらい?」

「B」

「あいよー」


 イオタと呼ばれた人は何かスプレー缶を取り出して、扉にでかでかと難易度…危険度を表す英文字を書く。真っ黒の文字が真っ白な扉に対してよく目立つ。僕は鞄を貰い中からスマホを取り出す。まだ録音状態だったので停止のボタンを押す。公安の人たちが狼や扉を取り囲んでいる間に録音を再生する。さっきまで人狼と会話してた内容が事細かに残っている。機械からは心の声がしない。流石に無機物からは声も感情も聞こえないから安心する。


「あ、あの」

「どーした?百鬼学園の少年」

「!。その、この狼の人が言ってた【栄枯隊】ってなんですか」


 その言葉を発した時、公安の人たちは皆して僕を見た。覆面だから表情は見えないけど、驚いてる感情は読める。【栄枯隊】なんて一般市民の僕には分からないけど、公安とか政府に関係している人は知ってるのかな。もしかして世界をかき乱す謎の組織ってことなのかな。人狼も地球の影武者って心の中で呟いてたし。


「そいつらの情報を知っているのか」

「えっと、その、…その時に知りました」

「読む…覚の能力かー。今時珍しー」


「一般市民の君には関係無い話だ。だが、…禍福課を目指すならいずれ知る時は来る」

「…」


 僕はその後、家まで送ってもらった。ただ少しもやもやした気持ちが残った。【栄枯隊】という聞いたことが無い組織の名前が、政府関係の人には分かっている。知的好奇心によるものなのかもしれない。自分の知らないところでそんな話があるってことに、それをまだ知れないことに若干羨ましさがあるんだと思う。禍福課の見習いの称号があればわかるのかな。


 そんなことより、誰ですか!!!僕の個人情報を横流しした人は!!!許さないからなー!栄枯隊とかいう奴ら―!!!


 夜の中、僕はそうむなしさで思いっきり叫んだ。父さんに何事!?と部屋まで走って来たけど、迷惑はかけられないから黙った。


 後日、僕の個人情報の漏れを公安の人は発見したらしい。しっかり能力で消してくれたとも報告してくれた。父さんにそんなことあったの!?とまた驚かれたし叱られたけど。やっぱり、能力と扉の超常現象には悪い奴らが付き物だよなあ。その日のニュースも能力者による銀行強盗が起きていたみたいだし、扉による行方不明も流石に減少傾向だけどゼロじゃないし。でも、それを何とかするのが禍福課の組織で、世界のヒーローなんだ。


 ガチで禍福課になろう。そう僕の心にはどこか曖昧を掻き分けてともしび輪郭りんかくが見えていた。

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